『モバブ男』

 結婚相手に求める条件ってなんだろう。身体的好みか、金銭的価値か、社会的地位か。

 ちなみに俺はコンセントだと思う。

 俺は生まれた時からへその少し右側に小さな穴のようなものが開いていて、それはなんだか気味が悪いけれど病気でもないし健康に害もないし平気だろうって放置していたんだけれど、それがどんどん縦に伸びてきて、見た目が完全にコンセントの穴みたいな感じになったのが高校一年生の中頃だった。

 ちょっと富岡(俺のこと)いじりが激化した日にクラスメートが冗談で俺の腹にスマホの充電器を差したら、繋がったままのスマホが「ふぉん」って音を出して充電されたのを皮切りに俺のあだ名は「モバブ」になって、それからたちまちクラスの人気者になった。

 仕組みはあんまりよくわかってないけど、人間って帯電するって言うし、俺って結構昔から静電気バチバチな方だし、そういうなんか電気が蓄積されていてスマホが充電されるのかなーとだけ思っていた。しかも結構爆速で充電出来るっぽいので、充電に余裕がないクラスメートから「ちょっとお腹貸して!」って言われることが度々あった。「寝る時充電してなくてやばいからちょっと貸して!」って女子にお腹をまさぐられるのは悪い気分ではないし、俺が充電している間はその子はスマホを使えないので、なんだか支配欲みたいなのが満たされることもあり、元々がクラスのヒエラルキーの下の方にいた俺としては、そうやって頼られるのは嬉しかった。

 しばらくしてタダで電力供給するのもなんかなーと思い始めた俺は、電力供給面白人間としてユーチューバーデビューしようかなとかも思ったんだけど、内容としてはただの一発ネタでしかないし、継続するやる気もないし、ってことで予約制にすることにした。コンセントの穴は一個しかないし、流石の俺もみんなのためにタコ足配線をぶら下げて生きるのは辛いし。だから仲の良い友達とか、可愛い女子とかを優先することにした。

 元は結構いじられ側のキャラだったんだけど、今時スマホの充電が切れるって結構死活問題だし、かと言って学校のコンセントはみんな充電するから使用禁止になっているし、モバブ持ち歩くのもなんかださくねみたいな風潮がちょっとあって、いつの間にか俺は学校中に認識されるほどの人気者になっていた。で、人気者になると苦手意識のあった女子との会話も割とスムーズに出来るようになって、全然普通に腹の穴を触られるようになって、何度か充電させてあげてる女子とも別に充電関係なく話すようになって、その会話の中で冗談めかしながら「この穴って指入れたら痛いの? 血とか付く?」とか言って来たから「うーん、なんかへこんでるだけで穴が開いているっていうよりはへそとかに近いんだよね。だから痛みとかは感じないし、血も出ないと思うよ」って言って「じゃあちょっと指入れてみてもいい?」って言うやいなや指を突っ込んだ女子が「うわーやわらかい気持ち悪い変な感じ!」と言いながらぐにぐに、ぐにぐに、コンセントの穴と穴の間にある肌? 皮膚? 襞? みたいなのを、ぐにぐに、ぐにぐに、としていると「え、なんかめっちゃ指先からめっちゃじんわりしてきた。充電始まったかも」と冗談めかして言ったので、一緒にふふふ、そんなことあるかよ、と笑い合っていたんだけれど、翌日その子が教室に来てすぐに僕のところまで来て開口一番「なんか昨日からすっごい体調良いんだけど」って言ってきて、「今日も指入れさせて」と言ってきて、その子が毎日俺の腹に指を突っ込んで充電して回復するを繰り返すうちに、彼女はほとんど僕に依存して、僕もなんだか好きになってきてしまって、いつの間にかお互いに離れられないみたいな関係になって、気付いたら恋人になっていた。

 その子は結構日によって頭が重かったり内部的な調子が悪かったりしていたらしいんだけど、俺で充電するようになってからは毎日コンディションがすごく良いってことで、なんか目覚めがすっきりして、肌つやも良くなって、髪質も良くなって、もう一生一緒にいたい、離れたくない! みたいな感じになったらしい。俺も実際のところ、日々可愛くなる彼女に夢中だった。腹にコンセント穴あって良かったー、しかもめっちゃ可愛い彼女出来たし、俺人生に勝った! と、めちゃくちゃ嬉しい気持ちだった。

 とは言えそういう俺の才能に否定的なやつらももちろんいて、数年後にはケーブルとかいらなくなるとか、ワイヤレス充電だのソーラー充電だの端末間充電だのが主流になっていくとか、そもそも一日中使ってても充電が切れないスマホが出来てくるだの言ってきた。でも俺の真価は人間充電にある。そういう輩の話は聞き流して、俺は俺の彼女のためにこの力を使い、この便利な身体で生きていこうと決めた。

 しばらくして、いつも遊んでる仲間のひとりがスマホ機種変したと言って自慢してきた。すごく軽くて使いやすいし画面も綺麗だと、まあありきたりなことを自慢してくるので、みんなでかわりばんこにそれを持っていたら、昔の俺みたいにどっちかと言うといじられキャラである安本がそのスマホを持った瞬間に、「ふぉん」って音がして充電が始まった。僕の彼女は、安本の身体をじっと見ていた。

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