第95話 リヴァイアタン

 甲板かんばんに出ると、多くの船乗り達が右舷に群がっていた。

 彼らは、魔物の襲撃に備えて戦闘準備をしている。


 この帆船には、強力な攻撃魔法を付与した魔石が装備されているのを彼らは知っていた。

 それなのに、見張り台から聞こえてきていた魔物の名前で、戦闘準備をしているみたいだ。


 彼らから、張り詰めた緊張感が伝わってくる。

 メインマストの上の方にいる見張は、大声で甲板にいる人達に伝えている。


「レヴィアタンが、近づいているぞ〜〜!!」


 レヴィアタンだって!!

 そ、それってもしかして……。


 母ちゃんの言葉を思い出す。


『陸で最も手強い敵はベヒモス。

 空で最も手強い敵はジズ。


 そしてね、トルムル。

 海で最も手強い敵はレヴィアタンなのよ。


 クラーケンより巨大。

 どんな武器も貫通しないと言われている硬い鱗。


 そして、口から猛火を吐くと言われている。

 でもねトルムル、伝説上の魔物だから坊やと戦う事はないわ』


 か、母ちゃ〜〜ん!

 伝説上のレヴィアタンが、この船を襲おうとしているよ〜〜!


 まさか、現れるはずのないリヴァイアタンがここにいるなんて!!

 もしかしたら、巨大蛸足クラーケンレッグの攻撃でも倒せないかもしれない。


 リヴァイアタンはここからではよく見えなかったので、一段高い船長の居る場所まで俺達は移動する。

 ヒミン王女とウール王女、そしてスィーアル王子達が既にそこに居て、真剣な表情で話をしていた。


 ヒミン王女が心配顔で俺に言う。


「あれは間違いなく伝説上のリヴァイアタン!

 トルムル様、勝機はあるのでしょうか?」


 やっぱり、リヴァイアタンなんだ!

 古い文献が沢山ある城で育ったヒミン王女の言う事なら間違いはない!


 リヴァイアタンと戦ってみないと勝敗は分からない。

 けれど、ニーラの言葉が正しければ、戦わなくてもすむはずだ!


 俺の周りには王族と船長だけだったので、ニーラからもたらされた情報を、エイル姉ちゃんが彼らに伝える。

 彼らは驚き、ニーラを見つめる。


 ニーラは真剣な眼差しで彼らを見つめ返して言う。


「リヴァイアタンを人間は恐れていますが、本当は優しく、お茶目な所があるんです。

 トルムル様が戦う前に、私にチャンスを下さい。


 本来のリヴァイアタンに戻してみせます!

 どうか、お願いします。


 お父様の幹部ですが、リヴァイアタンは私にとても優しかったんです。

 あまりにも、リヴァイアタンが可哀想……」


 え……?

 リヴァイアタンが、お、お茶目〜〜!!


 伝説では、凶暴で、凶悪。

 それが、お茶目な性格だなんて信じられない……。


 しかも、魔王の幹部!

 弱いわけがないよな。


 ニーラは間違いなく真実を言っている。

 彼女の心の中に入ったけれど、嘘を言う子では決して無い。


 とにかく、リヴァイアタンがどんな性格にしろ、ニーラの能力を最初に試す価値はある。

 しかし、もし失敗した時の作戦も考えないと、ニーラが魔王側に奪われてしまう。


 危険だけれど、ウール王女に手伝ってもらうしかない。

 王女の、はやぶさのごとく空を飛ぶ能力ならば、捕まることは無いはず。


 魔王の支配からリヴァイアタンを解放できなければ、即座にニーラには帆船に戻ってもらう。

 そして、エイル姉ちゃんの魔法を使って全速で逃げる。


 俺がリヴァイアタンと戦っている間に、出来るだけ遠くに逃げてもらうのが上策。

 俺が抑え込めなかったら、ニーラを奪いに帆船を追っかけてくるのは間違いない。


 作戦を、みんなに伝える。

 話し終えると、みんなは真剣に考えを巡らしている。


 エイル姉ちゃんが意を決して言う。


「それしか手はないわね。

 加えて言うなら、トルムル達が帆船を離れたら、すぐにこの海域から全速で離れるのが良いわね」


 ヒミン王女がエイル姉ちゃんに頷いて言う。


「エイルに賛成です。

 それと最悪の場合、ウールは帆船に戻らないでニーラを連れてアトラさんの城に行って!


 陸に行けば、リヴァイアタンは襲ってこれない。

 トルムル様以外では、アトラさんが現状では最強の人!


 それとトルムル様、これを使って下さい」


 胸の中に手を入れて出した布から、強大な魔法を感じる。

 間違いなくそれは、ヒミン王女の王家に代々伝わってきた、大賢者が使っていたピンクダイアモンドだ!


 想像を絶する程の魔法が入っているピンクダイアモンドは、前に2度使わせてもらった事がある。


 1回目は、多くの怪我人を治した時。

 そして2度目は、ワイバーン戦の時だ!


 もしもの時の為に、王妃様から渡されていたんだ。

 助かる〜〜。


 これで、思う存分戦える。

 ヴァール姉ちゃんが歌ったバラードの中で、リヴァイアタンは神をも超える破壊力があると言っていたしな。


 とにかく俺は、全力を尽くすだけだ!!


 部屋に3人で戻ると、食いしん坊のモージル妖精王女が、体と同じくらいの長さのビスコッティを食べている。

 今朝、王女は妖精の国で会議があるので行っていたはず……?


 王女は口一杯に頬張っているので、すぐに話せない。

 代わりに、隣の頭であるドゥーヴルが言う。


『風の妖精から、リヴァイアタンが現れたって緊急連絡を受けたんだよ。

 今回は水の妖精ウンディーネが役に立つと、エイルさんの伝言で連れてきたって訳さ」


 さすがエイル姉ちゃん。

 最近ますます冴えて、弟の俺としてもうれしい。


 ヒミン王女に引けを取らないくらい、思慮深くなったよな。

 王女と親友関係だから、その効果が現れたみたいだ。


 え〜〜と、ウンディーネって海水も操れて、巨大な渦潮を起こせるはず。

 帆船と、リヴァイアタンの間に巨大な渦潮を作ってもらうと、いざという時の足止めになる。


 ウンディーネを見ると、真剣な眼差しで俺に軽くお辞儀をする。

 俺もそれに答えて頷く。


 ウンディーネが参戦すると、思ったよりも戦いやすそうだ。

 ニーラをみると、エイル姉ちゃんの皮の防具を付けてもらっている。


 かなり大きいけれど、俺かウール王女が重力魔法で空中を移動させるので何ら問題はない。

 怪我をしないようにするのが最優先。


 俺も防具を付け、更に厚着をする。

 初冬なので、空はかなり寒い。


 既に防具に組み込まれている魔石に、暖かくなる魔法を発動させる。

 ほんの僅かな魔法を供給し続けるだけで、ずっと防具の中が暖かい。


 以前、エイル姉ちゃんのアイデアで、温める魔法を付与した魔石を組み込んだ毛糸のパンツ。

 履くだけで、全身が暖かくなってくる。


 それを発展させて、防具にこの魔石を組み込んだ。

 これだと、毛糸のパンツを履く手間が省ける。


 最後に、ヒミン王女から借りたピンクダイアモンドを防具に装着する。

 これで準備は完了。


 ニーラを見ると、頭と手が防具から出ているだけで、足は履物しか見えない。

 エイル姉ちゃんの防具なので、足のほとんどは防具の中に収まったみたいだ。


 エイル姉ちゃんの防具にも、暖かくなる魔石が組み込まれているので発動させる。

 ニーラから、魔法が少しづつ魔石に供給しだした。


 防具を付け終わったニーラが、大きな目を、更に大きくして言う。


「この防具、中が暖かくなるんですね。

 これもトルムル様がお考えになったのですか?」


 俺が言おうとしたら、エイル姉ちゃんが早口で言ってくれる。


「最初、毛糸のパンツにこの魔石を付けるのを考えたのは私。

 でもそれだと、緊急時ではパンツを履く時間も惜しい。


 それで、トルムルが防具の方に付けた方がいいってお父さんに言ったのよ。

 私達のお父さんは付与師で、この魔石を防具に組み込んでくれたの。


 この戦いがおわったら、ニーラが驚く物を見せるわね。

 楽しみにしていて」


 ニーラが驚くものって、何……?

 もしかして、ツルとヒドラの折り紙……?


 きっとそうだ!

 魔族だけれど、ニーラはまだ6才の女の子。


 心身が弱っているのを見過ごさなかったエイル姉ちゃんは、ニーラの為に彼女が喜ぶことを考えたんだ。

 忠実に再現したツルとヒドラを見れば、心の傷も少しは癒えるはずだ。


 エイル姉ちゃんを見ると、俺に軽く頷いて言う。


「トルムル、無茶をしないで!」


 強い言葉だったけれど、エイル姉ちゃんの優しさを感じた。

 俺も軽く頷くと姉ちゃんに言う。


「わかーた。

 にーら、いくよ」


 俺はそ言うとハゲワシに変身をした。

 そして、重力魔法を使って俺とニーラは、窓から外に出た。


 俺達は薄曇の中、空高く舞い上がる。

 武者震いで、俺自身緊張しているのが分かる。


 オシャブリを吸って精神統一していると、隼に変身したウール王女が急速に近付いて来る。


 俺の隣に王女が来ると、ニーラを王女に渡した。

 王女は緊張した声で言う。


「トルムルまかして!

 ニーラは、わたしがまもる!」


 ウール王女の力強い言葉に、思わず笑顔で返している俺。

 王女も俺に笑顔をみせてくれる。


 いつ見ても、超可愛いウール王女。

 王女の笑顔を見ると、緊張が和らぐのが分かる。


 いよいよ、リヴァイアタンと対峙する時が来た!


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