21.どうやら魔王軍の幹部がいるらしい

「アッシュ、その情報、詳しく」


「あ? なんだ諸刃、知らなかったのか。まあ知らない仲じゃないし、教えてやらないこともないが…………俺に勝ったらなっ!」


「よし、奴をぶっ潰すぞ、桜花っ!」


『都合のいいときだけ名前を呼ぶ、なんとも悲しい関係なのじゃ。でも、やってやるのじゃっ! うっひょおおおおおおおお』


 のじゃロリの刀身が桜色に変化し、俺の身体能力が上がった。のじゃロリの始解状態にして、俺は全力でアッシュを叩きのめした。初めてこの状態になった時は、まあいろいろとあったので、使いこなせていなかった部分もあるが、あれからこっそり修行したのだ。


 アッシュも十分修行して強くなっていた。だが、この世界に刀なんてなく、それどころか剣を持って前に出て戦う文化がない世界で、アッシュはおそらく我流で修行して強くなっていたのだろう。並大抵の修行ではここまで強くも慣れないだろう。元々の身体能力がすごいという訳ではない。アッシュの剣筋、技、そのどれもがこの前戦ったよりもさらに強くなっていた。戦うことに対する執念の強さは、ある意味尊敬するに値するほどのものだと思わせる。


「はっはっ! 楽しいな、おいっ」


「俺は楽しくないけどなっ! さっさと潰れろっ」


「そう簡単につぶれるかよっ! もっとだ、もっと楽しもうぜっ」


 激しく打ち合い、互いに全力でぶつかっていく。お互いに一歩も引かない状況、時間だけが過ぎていった。


「先生、頑張ってください!」


『のう諸刃よ。生徒に応援されてまんざらでもないんじゃろ? じゃろ?』


「ああもう、気が散る。アッシュ! やっぱり戦うのは後にしてくれ。今は、そこにいるシンシアの実地訓練中なんだ。あまり時間をかけ過ぎると成績に関わる」


「うむ、俺はまだ戦いたいが……そうだな、分かった。あとにしよう。気になることが何もない状態で全力でやり合いたい。お前と戦っている時が一番楽しいからな!」


 アッシュは本当にいい笑顔を浮かべた。互いに切磋琢磨しているライバル剣士のようにも思えた。

 魔法主体の世界で一人だけ剣で戦ってきたのだ。同じく剣を武器に戦う俺と戦うのはさぞ楽しいことだろう。しかも自分の訓練にもなるからな。


「んじゃあ、俺もお前たちについていくわ! 別に良いだろう。俺はもう魔王軍の幹部じゃない、ただの鬼人だ」


「先生、なんか不穏な言葉が聞こえて来た気がするんですが」


「大丈夫、割と正しいことを言っているから」


 シンシアは、不安そうにアッシュと俺を交互に見比べる。そして小さく「魔王軍幹部……」と呟いた。確かに魔王軍的なのは恐ろしいだろうが、こいつは、なんていうか、そうだな……熱血馬鹿って感じしかしないからとりあえず今は大丈夫だろう。


「諸刃ー、終わった?」


「主殿、お疲れ様です。ささ、こちら冷たいタオルになります。主様の為に冷やしておきました」


 リセは元気よく近づいて、無駄だと分かっているのに俺に回復魔法をかける。回復魔法は霧散して消えていき、全く意味をなさなかったけど、なぜかリセはやり切った表情をしていた。

 そしてイリーナはと言うと、ひんやりと冷たいタオルを運動系の部活のマネージャーみたいに渡してくる。これがひんやりとして気持ちいいのだが、一体どうやって冷やしたのかが気になるところ。これもゴブリン帝国のすごい技術的なモノなのだろうか?


「イリーナ。ありがとな。あとリセ、俺に回復魔法が効かないって何度言ったらわかるんだ? いい加減にしろ」


「なんか私の扱いひどくない! もしかして、私捨てられちゃうの……」


「いやいや、このぐらいで捨てないから。仲間なんだからもうちょっとしっかりしてくれって意味だ」


「そうなんだ~」


 リセは馬鹿みたいにへらっと笑った。後ろからジト目で見てくるシンシアの視線が妙に突き刺さるが、気にしないことにしよう。


「んで、実施訓練だっけ。俺もついていきたいが問題ないか?」


 そこら辺の学園ルールは分からない。無言のままゼイゴに視線を向けると、彼女はコクリと頷いた。


「私から説明しましょう。ぶっちゃけ、この学園のルールとかって結構がばかばなんで一人ぐらい増えても大丈夫です。最新情報を見ると、現状の最大追加人数は100人ですね。追加投入されたにも関わらず学園側は黙認しています。これを見る限り、学園側はいくら人数を増やしても文句は言わないでしょう」


 適当な学園過ぎてワロタ。だとすると、アッシュの仲間入りは確定か。アッシュは確かに強い。前に戦った時はかなり苦戦したので仲間になってくれること自体はとてもうれしいのだが、命がけで戦った俺としてはちょっと複雑な気分だった。


「それで魔王軍幹部の話に戻るが……」


「む、俺の獲物を横取りする気か? そうは

させねぇぞ?」


「いや俺はお前ほど戦闘狂じゃない。今は何よりも生徒であるシンシアの安全が大事だからな。必要な情報は一通り仕入れておきたい」


「そうか、だったらいいか。この辺りを拠点に活動している魔族がいる。そいつらの名はジェネミーと言う二人で一人という謎生命体な双子の魔族だ」


「二人で一人ってどういうことだよ」


 くっついたり離れたりするのだろうか。こう、裂けるように分裂して、何事もなかったかのようにくっついたりするのだろうか。

 二人で一人、謎生命体、人の探求心を刺激するフレーズがちょこちょこ入っている。


「あいつらはちょっと特殊で、魔王様……いやもう魔王軍じゃないしな。魔王のくそ野郎から単独行動を認められていた奴らだ。あいつらはぶっちゃけ部下を持って戦いに行くより突撃したほうが普通に強い」


「すごい手の平返しだな。それにしても、そんなに強い奴がこの辺りにいるのか」


「俺もどいつがジェネミーなのかまでは分からん。あいつらは人心掌握術と姿を変質させることにたけているからな。もしかしたらそこでうろちょろしているトカゲがジェネミーかもしれない」


 話を聞いているだけでもかなり特殊な魔族であることが分かった。変装と人心掌握……か。敵をかき乱して内乱でも起こさせるのだろうか。

 魔王軍の手のものがいるということだけ覚えておこう。もしうまく討伐できたら……お店が戻ってくるかもしれないしな。


「とりあえず分かった。まだ誰がジェネミーであるか分からない以上、慎重に動いたほうがいいかもな。それよりも、さっさとこの実施演習とやらを終わらせよう。シンシア、リセ、イリーナ。こっちの話は終わったぞ」


 話が終わったので3人の方を向くと、ゼイゴが紙芝居を読み聞かせ、3人が喜んでいる様子が見えた。紙芝居の内容は、ゼイゴのオリジナルっぽい聖女様のお話だ。いや、アレオリジナルなのか? 男装、神の声、軍で功績を出し、仲間の裏切りで捕まって異端とされ、火刑で処刑、その後、彼女の存在が称えられるようになって最終的には異端ではなかったということが500年後ぐらいに認められるって……うーん、フランスのヒロイン様かな?

 異世界でその話聞くとは思わなかった。


「うう、聖女様が可哀そうです……」


「悲しいお話だったよね」


「主殿! この水あめっていうのがすごくおいしいです!」


 一人だけなんか違うこと考えている。あれから、人間とゴブリンとの感性の差という奴だろうか。


「すぐに片づけて出発の準備をいたします。10時間ほどお待ちください」


「よし、シンシア、リセ、イリーナ、準備は出来たか? 出発するぞ」


「ちょっと待って、おいてかないでっ!」


 慌てて紙芝居セットを片付けるゼイゴを無視して、俺たちは先に進むことにした。

 そういえば、後続のグループが追い付くことなかったんだけど、どうなっているんだろうか。そこそこ長くアッシュとかかわってしまったのだが。

 後ろを振り向き、確認するが、他の人間がいるようには見えなかった。だけど少しだけ、妙な気配を感じた。


 アッシュが現れること自体は予想外の出来事という風に考えられるが、これだけ戦って後続が来ないのもおかしいし、妙に静かすぎる気がする。まるで俺たちの行動や実地演習に関わる人達との関係を意図的に操作されているような、妙なむずかゆさを感じた。

 この嫌な感じは、なかなか消えることはなかった。

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