27.先に行きたいなら俺を倒せと言う老ゴブリン
「ぶち、殺すぅぅぅぅぅうぅ」
もうひとの言葉すら忘れてしまった老ゴブリンのじいやの筋肉が膨張して、服が破けた。俺に向ける圧がすごく、少し狼狽えてしまう。
か弱い老人……なんて言葉が馬鹿らしく思えてくるほどの存在感。こいつ、やばい……。
にしても、一体どうしてこんなことになってしまったのか。
俺は飛鳥が向かった先に魔王軍幹部なるものがいるから、急いで飛鳥のもとに向かいたいというのに。ゴブリン帝国を進めば、距離をかなり短縮して飛鳥のもとに向かうことが出来るということだったのでゴブリン帝国に立ち寄っただけなのに。
ここで強敵が現れる……。
「まって、じいや、話を聞いて」
「大丈夫ですぞ姫様。このじいやが、命を賭してお助けしますぞっ」
「お願い、話聞いて! 本当に、お願い! お願いだから!」
イリーナもこのような状況になるなんて全く予想もしてなかったようだ。不安そうにしながらチラチラとこっちを見てくる。まるでいつ怒鳴られるんだろうと怯えている子供のようだ。
リセもイリーナの様子がおかしいのに気が付いたらしく、イリーナのそばに寄る。
「諸刃を奪おうとして罰が当たったんだわ、ざまぁ!」
「くうぅぅぅぅぅ、リセに言われるなんて、悔しい……。でもやらかしたのは本当で……あああああ、私はいったいどうすれば」
突然、リセがイリーナを馬鹿にし始める。あのバカはいったい何を考えているのだろうか。
というか、イリーナのテンパり具合が半端なかった。先は急ぎたいが、この状況はイリーナのせいではない。
さっきいみたいにバカ騒ぎしてわざと遅れているのではなく、イリーナにとっても不測の事態ということなのだろう。だったら俺はそこについて怒るつもりはない。どちらかと言えば、無駄にイリーナを虐めるリセに拳骨を食らわせてやりたい。
けど、状況的にもそれは難しかった。
このじじい、隙が無い。
俺がちょっとでも気を抜けば、その間に襲い掛かってやろうと虎視眈々と隙を狙っている。
もしかしたら、俺が倒したゴブリンエンペラーよりも強いかもしれない。
「このじいめが姫様の為にたたあーーーーーーーーーーーー」
妙に痛々しい音が鳴ると同時に、じじいが腰に手を当てながらその場に蹲る。
ぷるぷると震えながらも、俺に向ける殺気は相変わらずやばい。そのイリーナの為に命かけます的な姿勢は認めるが、あんまり無理するなよと思ってしまった。
「じじい、俺の勝ちだ。さっさと転移できる場所を教えろ」
「くうぅぅぅ、年には……勝てませぬぅ、ぬおおおおおおぉぉぉぉ、腰がーー」
本当に腰をやったらしく、痛すぎてか、涙まで流していた。
痛みと俺への怒りで表情がおかしいことになっている。
『諸刃、見るのじゃこの表情、チョー面白いのじゃ!』
「のじゃロリ、お前、後で覚えてろよ。リセ、こっちこい、このじじいを直してやってくれ」
『のじゃ! 理不尽なのじゃ!』
慌てふためくのじゃロリを無視する。近くによって来たリセは、じじいの腰の痛みに悶える様子を見て、「っぷ」と噴き出して指差して笑っていた。
こいつものじゃロリと同類だった。
「手助けはいらぬ。絶対に教えぬぞ! 姫様を悲しませるお前を、儂はしぇったいにゆるしませぬぞおおおおおおおおおおお」
腰を痛めてもなおイリーナの為に戦おうとする姿はかっこいいと思うけど、もうやめてほしい。
イリーナの方が困惑しているというか、もうすでにおろおろして涙目になっている。
それに俺も先を急ぎたい。こんなところで時間を食っている場合じゃない。
「はぁ、しょうがないわね。えい……ほら治った!」
「あたたたた…………痛みが、ない!」
じじいはガバッと起き上がって、リセの顔を見る。ちょっとだけ感動している様子が伺える。
「お主は、女神様か?」
「そうよ、私はリセ。女神よ!」
「自称女神だけどな」
「うるさいよ諸刃! でも諸刃は私を構ってくれるからゆるしてあげる!」
自称女神に許してもらっても困る。俺は何もしていないからな。
でもじじいが思ったことは違うようだ。まるで俺が悪魔か何かにでも見えているのだろうか。顔色がだんだん悪くなっているような気がした。
泣きそうになっていたイリーナも、なんだか顔を青ざめる。
「女神様にすらこの仕打ち、このじいが全ての元凶であるこの悪魔を滅ぼしてやりますぞっ!」
「やっぱりそういう勘違いすると思ったぁぁぁぁぁ」
イリーナは顔を手で隠してその場で蹲った。この時のイリーナの姿には、姫の威厳とか、そういうのが全くなかった。
「じいの馬鹿……お願いだから素直に教えてよ……」
もうキャラ崩壊していると言ってもいいぐらい、イリーナは落ち込んでいた。
俺は蹲るイリーナの肩をそっと叩く。顔を上げたイリーナが俺の顔を見て、硬直した。
これは、怒られる前の子供のようだ。だけど安心してほしい、俺はイリーナを起こるつもりはない。だからにこりと笑顔を浮かべた訳だが、なぜだかイリーナの顔が青くなる。
若干体が震えているようだ。なぜに。
『諸刃よ、笑っていない目で笑顔を浮かべられても怖いだけなのじゃ。馬鹿なのじゃ、ばーかばーか』
「お前、後で覚えておけよ。お酢につけてやる」
『のじゃああああああ、酸っぱいのは嫌なのじゃああああああ』
金物はお酢などで洗うと綺麗になるって聞いたことがある。噂で聞いたぐらいで本当にそうなのかは知らないけど、この際だから試してみよう。酸っぱい系は嫌がるからな。
「安心しろイリーナ。俺はお前を怒るつもりはない。さっさとあのじじいをどうにかして、飛鳥のもとに行くぞ」
「う、うん」
イリーナは立ち上がり、涙を拭う。そしてじじいをキッと睨みつけた。
そしてーー
「いい加減にしてよ、このわからずや!」
見事な右ストレートが爺のあごにヒットする。脳を揺さぶられたじじいは白目を向いてその場に倒れた。
「っておい、ちょっと待て、お前気絶させてどうすんだよ」
「っは! ついやってしまいました、ごめんなさい主殿」
ちょっとすっきりとした表情を浮かべるイリーナ。じじいの行動にそれほど心を痛めていたのだろう。気持ち的にはあれか、良い大人になった後で、自分の黒歴史を親から思い出話のように話されるときみたいな? そんな感じでもしたのだろうか。
俺はリセに言ってじじいを直してもらう。
じじいはすぐに目を覚ますと、俺に襲い掛かってきた。
その横からイリーナが割り込んで、胸倉掴んでじじいを睨む。
「ねえ、いい加減に、して?」
怖いよ! 特にその眼力。まるで清純だった生徒がいきなり不良落ちしたみたいだよ。
じじいはイリーナの迫力に負け、肩を落とす。
小さく「申し訳ありません」と言って、転移できる場所を案内してくれることになった。
最初からこうなっていれば特に困ることもなかったんだけど……。
イリーナを可愛がっていただろうじじいには申し訳ないことをしたかもしれない。
俺が反省することじゃないけどな。
それより今は飛鳥を助けることが大事だ。
あいつ、馬鹿な事するんじゃないぞ。
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