20.罪悪感しか感じないんだが

「そらよっと」


 俺の一振りがゴブリンエンペラーの首を跳ねる。胴体から離れた首は放物線を描き、地面に転がった。首をなくした胴体からは噴水のように血が噴き出し、地面を真っ赤に染める。

 リーダーを殺されたゴブリンたちの顔が青ざめる。怯えて動けなくなるもの、恐怖からか叫びながら慌てて逃げだすもの、涙を流しながら許しを請うものまでいた。

 とりあえず俺は逃げる奴は殺すと叫んだ。そして、恐怖で動けないゴブリン達を無視して追いかける。ばっさばっさと切り伏せると、逃げなかったゴブリンたちが泣きながら俺に懇願してきた。

 ぶっちゃけ、ぎゃあぎゃあ言っているようにしか聞こえないんでなんて言っているのかよく分からないのだが。


 ちょっとふくよかなゴブリンが一匹の雌ゴブリンを連れて俺の前に差し出した。雌ゴブリンは頬を赤く染めながらキリッと俺を睨んでくるも何もしようとはしてこなかった。

 ゆくよかなゴブリンがぎいぎい言いながら俺に何かを伝えよとしてくる。


「のじゃロリ、こいつが何言ってるかわかるか?」


『のじゃ? 言葉は分からんのじゃが、ジェスチャーで何言ってるか大体わかるのじゃ』


 ジェスチャーでねぇ。おれにはさっぱり分からん。


「なんて言ってるのか教えてくれ」


『OKなのじゃ。えっと、この娘は群れ一番の美女。新たな王に献上いたしますと言っていると思うのじゃ。おそらくゴブリンエンペラーに見初められ、これから皇妃的な立ち位置になる予定だったと思うのじゃ』


「なるほどな」


 俺にこのゴブリンを娶れと。種族違うぞ。俺人間。ゴブリンじゃないし。


 ふくよかなゴブリンが必死に説明している横で、他のふくよかなゴブリンたちがキレイどころの雌ゴブリンを連れて前に出て来た。

 雌ゴブリンたちはなぜか俺のことをキリッとにらみ、ふくよかなゴブリンたちは、必死に何かを説明し始めた。よくよく見ると、このふくよかなゴブリン達は全員ゴブリンキングじゃね?

 俺に何やら説明しているゴブリンキングたち。それらの言葉を制し、一匹のそれはそれは美しいゴブリンが俺の前に出て来た。普通のゴブリンとは違い、姿かたちが人間に近い。ゴブリンだからだろうか、人間の年齢的には12歳前後ぐらいの大きさだと思う。ほかのゴブリンに比べて少し大きい。

 美しいゴブリンは俺の目の前で跪く。


「あたらしい皇よ。お騒がせして申し訳ありません」


 まさか人語を喋るゴブリンがいるとは思わなかった。


「私は皇帝の一人娘でイリーナと申します」


「ゴブリンの皇帝…………。やっぱりあのデカいのはゴブリンエンペラーだったわけか」


 そんなに強くなかったがな。まあしょせんはゴブリンと言ったところか。それにしてもゴブリンの皇帝の娘。ほかのゴブリン達と少し違うみたいだし、種族的にはゴブリンインペリアルプリンセスとでも言うべきか。まあこいつもゴブリンだしな……。とりあえず斬っておくか?

 そこまで考えて一度思考を止める。ここで斬るってなんか人間として終わってしまっているような気がする。とりあえず、他のゴブリンたちは俺にひれ伏しているし、殺すのはひとまず置いておこう。殺したら、なんかこう、人間として大切なモノを失ってしまうような気がする。


「んで、イリーナはどうして俺の目の前に、殺されに来た?」


「人間である皇にお願いがあります。あなたに忠誠を誓いますので、どうか命だけはお助けください。ここにいる者たちは、外からやってきた勢力によって住処を追われた者が多く、このままでは1000年繁栄し続けたゴブリン帝国が滅んでしまいます」


 ここにゴブリン帝国なんてものがあったんだ、というか1000年前からここにあったとかすごいな。現世でも1000年繁栄した国なんてあまりないのに。大体100年辺りを目安に転換期が訪れて、国が新しく生まれ変わったり国のあり方、体制が変わるもんなのによく続くよな。このゴブリンたち、ある意味ですげえよ。


「凄く罪悪感を感じるけど、皆殺しかな……。鬼は敵だし」


『のじゃ、鬼畜過ぎるのじゃ。鬼を狩るための刀である儂でも、こ奴らを助けてやりたいと思ってしまうのに、諸刃はキ・チ・ク・なのじゃー』


 のじゃろり喋る刀の声が雑音になり、俺の言葉がゴブリンたちにあまり伝わっていなかった。ただ、ゴブリンインペリアルプリンセスであるイリーナにはすべて聞かれていたようで、額を地面にこすりつけ、懇願してきた。


「どうか、どうかお願いいたします。私はどうなっても構いません。好きにいたぶっても、慰みものにでもなりましょう。どうぞ私の体をお好きなようにお使いください。だから、だから民たちは、民たちだけはお助けください、お願いいたします」


 姫の懇願する姿に、他のゴブリンたちが狼狽える。民を大切にするその心が伝わったのだろう、一部のゴブリンは痛々しいイリーナの姿を見て涙を流していた。

 俺、ただゴブリンを退治しに来ただけなのに、一体どうしてこうなった。

 だけどこいつらをこのまま放置しておくわけにもいかない。まさかこんな重たい判断を下さなくちゃいけなくなるなんて思わなかった。


「助けてやりたいお前の気持ちは分かった。でもこちらもゴブリンたちの被害が出ているという報告が来ている」


「それは誤解です! ゴブリン帝国の民たちは人を襲いません」


「じゃあどうしてお前らはこんなところにいたんだ」


 もし人を襲わないにしても、この規模のゴブリンが1000年間もここにいたとしたら、何度か人間とぶつかっているはずだ。だからこそこうして俺みたいなのが派遣されていると思っている。だけど、イリーナの言葉は俺の考えの斜め上をいっていた。


「ゴブリン帝国は、亜空間に存在するのです。今は私のみですが、ゴブリンは皇族は亜空間魔法が使えるのです。ゴブリン帝国はその亜空間に築かれた国なのですが、それだけでは物資が足らず、狩りや資材採取をこの辺りでおこなっていました」


 なるほどな。要は物資が足りないから輸入しているよ的な感じか。日本も自国の生産量で国民を養えないからな。食材を海外から輸入している。そういった考えと同じとでも思えばいいのかな。


「ですが最近、ここいらを根城にして悪さをするゴブリンたちが現れました。奴らは我らに命令をしてきたのです。魔王軍に降れ、と。我らはその言葉に従わず、ゴブリン帝国と魔王軍なるゴブリンの軍勢で戦争が起きました。まあ我らゴブリン帝国が圧勝でしたが」


「ちょっと待て、敵のゴブリンたちが魔王軍とか言ったのか」


「? はい、そうです」


 まてまてまて、ちょっと待て。じゃああれか。国内でゴブリンが異常発生しているのって敵である魔王軍のせいということか?

 だけど敵の目的が分からない。いくらゴブリンを大量繁殖させたって、たかがゴブリンだぞ。漫画やゲームに出てくるように悪智恵が働くわけもなく、敵に向かって一緒に覗きしようぜとか言っちゃう頭の悪い存在だぞ。そんな数だけいてもどうしようもないだろう。

 でも、魔王軍にも何か考えてきなものがあってのことかもしれない。一度飛鳥達と合流したほうがいいだろう。

 そうと決まれば行動に移したいところなんだけど、さてこいつらをどうすればいいか。ゴブリンたちはおとなしくしながらじっと俺のことを見てくる。イリーナに至っては期待の熱いまなざしを向けていた。


 何故熱いまなざしを向けてくるのか俺には理解できなかったけど、まあいいだろう。

 俺は笑いながらイリーナを含むゴブリンたちを見下ろした。


「分かった。お前らの命は取らない。だから俺に協力しろ」


 馬鹿なゴブリンたちと比べてこいつらは頭がいい。鬼は敵であるが、こいつらみたいな頭のいいゴブリンはかなり危険だ。この規模なら俺だけでもどうにかなるだろうが、他の冒険者だったら多分死んでいただろう。

 だったら危険が及ばないように、一其こと俺の仲間にしてしまえばいい。幸い、こいつらは俺のことを新たな皇としてみてくれている。鬼狩りの俺が鬼を仲間にするのもあれだが、この際プライドだって捨ててやるっ。


『鬼狩りが鬼を従えるとか、ちょっと引くのじゃ……』


 一言多いのじゃロリは後でお仕置きだな。

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