残念なイケメンしかいない件

和泉 沙環(いずみ さわ)

婚約破棄ではなく、結婚を前提に決闘を申し込まれる

 学園の卒業式の前夜に催される舞踏会プロム

 ダイアナは第三王子エリックからされる婚約破棄を今か今かと待っていたのだが──。


「ダイアナ・フォン・イシュトヴァーン! 俺はお前に、結婚を前提に決闘を申し込む‼︎」

「──は⁉︎」

「……え?」


 婚約破棄の場面のはずなのに、何故か目の前の王子は左手の白手袋を外してダイアナの足元へ投げつけ──。わけがわからない。


(え? 王子は主人公ヒロインが好きなんじゃないの? というか、何で結婚を前提に決闘?)


 婚約破棄されると思っていたダイアナは困惑する。王子にエスコートされている令嬢もダイアナと同じように驚愕しており、王子の顔を二度見していた。


「……婚約破棄をされるのではないのですか?」


 婚約破棄した後、その令嬢と新たな婚約を結ばれるのですよね? と訊くつもりだったダイアナは、心外だと言わんばかりの王子にその機会を妨げられた。


「何を言っている? 俺はお前と決闘して勝利する事で婚約を盤石なものにし、お前を妻に迎え入れるのだ」


 王子が告げる内容はある意味愛の告白のようなものだったが、婚約者ではない相手をエスコートしながら言うセリフではないし、婚約を盤石なものにする為に婚約者に決闘を申し込むなど斜め上すぎて──というか、ツッコミどころが多すぎた。


「だからそれを拾って俺からの決闘を受けろ」


 決闘を受けるかどうかを決めるのはダイアナであるというのに、王子は白手袋を拾うのを強要してきた。ダイアナは軽く頭痛を覚えながら渋々足元のそれを拾う。


「──では何故、婚約者ではない方をエスコートされているのです?」


 ダイアナが少し皮肉を込めて言うと、何故か目の前の王子は顔を赤くした。


「そっ、それは……!」


 言い淀む王子。その時、王子の傍にいた令嬢が慌てたように口を開いた。


「ダイアナ様、よろしいでしょうか」

「どうぞ」


「ダイアナ様は誤解されています。わたくしは先程、階段で足を踏み外してしまい右足を捻ってしまったのです。その際、ちょうど階下の踊り場をエリック殿下が通りかかられまして……。

 お優しい殿下は、医務室まで付き添って下さったばかりか、手当てが終わるまで待っていて下さいました。

 それだけでなく、私のパートナーのところまで送り届けて頂けるとのことでしたので、ついお言葉に甘えてしまったのです」


 怪我をした現場に王子が居合わせただけなのだとしたら、パートナーがいるという令嬢にそこまでする必要はないし、お付きの騎士に令嬢の送迎を頼むかパートナーを呼んできてもらうなりすれば済む話だった。


「まさか、このようなことになるとは……」


 令嬢はそう言いながら、ダイアナの手にある白手袋を見ている。王子が拾えと言った、白手袋を。


(ええ、拾いたくはありませんでしたとも!)


 そう内心つぶやきながらも、ダイアナは表面的には冷静を装う。

 通常、手袋を投げる行為は相手との断交を目的としたものであり、投げられた手袋を拾うことは、決闘の受諾を意味する。

 ゆえに、決闘は決定事項になってしまった──。


「その決闘、ちょっと待ったー!」


 ダイアナにとって聞きなじみのある青年の声が、その場に割り込んで来た。

 カツカツとヒールの音を響かせて、ドレスの裾をつまみながら早足で近付いて来たのは、淡いグリーンのドレスを纏った金髪碧眼の長身の美女。

 その姿は男女問わず、すれ違えば思わず振り返ってしまうほどの美貌だったが、皆思わず違和感を覚えて首を傾げてしまう。


「兄上⁉︎」

「アルバート殿下──」


 異口同音に、美女の名称を口にするエリックとダイアナ。皆の違和感の正体は、麗しの美女から発せられたのがハスキーボイスと誤魔化せる類ではない、若い男性の声だったからだ。


「この件は第二王子アルバートが預からせてもらうよ。折角のプロムに水を差すようなことして悪いけど、兄である私がちゃんとエリックにはきちんと言い含めておくから、みんなさっきの事は綺麗さっぱり忘れてくれると嬉しいな」


 老若男女が思わず魅了される極上の笑顔で“お願い”する第二王子アルバート。皆、彼の“お願い”を拒むことはできず了解したと言わんばかりに首を縦に振る。


「私のお願いを、聞いてくれて嬉しいよ」


 会場を見回してそれを確認したアルバートはにっこりと微笑んだ。女装した王子だと知りながらも、その微笑に胸を撃ち抜かれてしまう、不幸な紳士が数名いた。


「じゃ、皆は続きを楽しんで」


 そう言うと、アルバートは会場の楽団の方を見て指揮者のように腕を振った。王子の指揮で演奏が再開されると、アルバートはエリックとダイアナの間に立ってそれぞれの手を繋いで、二人を引きずるようにして会場を去った。

 やがて、会場の空気が何事なかったかのように通常に戻っていく──。

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