暇なし騎士と戦女神のストラグル

亀吉

バディ復活は果たし状の予感

 季節は巡る。


 今年も戦女神の闘争アドーレア・ストラグル――二人一組バディの学生たちが熱狂する祭典の季節がやってきた。


 いつまでたっても金欠から抜け出せない俺にとって、条件付きで一緒に戦った元相棒に頭を下げる季節だ。


「一生のお願いがあるんだが……!」


 授業が終わってすぐ放課後の煩い教室の中、昼寝によさそうな窓際の席に座る元相棒に、俺は勢いよく頭を下げた。


 しばらく元相棒……昨年までは鋼鉄の戦女神と名高かったアルネアは、少しの間を置いて小さく息を漏らす。


 声もなく笑ったのだ。


「なんだ? 求婚プロポーズか?」


 突拍子もないことばに顔をあげると、仕方ないなと彼女は笑っていた。その笑みにかつて血も涙もない刃物のような美人といわれた面影はない。小粋な冗談まで飛ばして……と元相棒なりに目元をわざとらしくおさえたい変わりぶりだ。


 だがのんびりとしている余裕は俺にない。


「ちがっ、相棒! 戦女神の闘争アドーレア・ストラグルの相棒になってもらいたいんだよ!」


 慌てて手を振り否定した俺に、アルネアは声を上げ笑った。


「ふふ、冗談だよ。その気があるというならやぶさかではないが」


「だから……!」


 人気絶大の女神様、アルネアにうっかり求婚したとあってはその日のうちにいくつも果たし状を頂いてしまう。俺はまだ果たし状を手に襲い掛かってくる連中をちぎっては投げる覚悟はできていなかった。


「ないのか、残念だな」


 からかって笑っているだけなのにアルネアの笑顔がまぶしい。もっと俺たちに関心のない平和的雰囲気の空間ならば、俺だって笑っていられた。しかし今は急いで首を振る。


「今回はない!」


 強い、美しい、頭いいの三拍子そろった俺の元相棒は、昨年まで張り詰めた雰囲気が難点で特殊な方々に好かれていた。俺が戦女神の闘争アドーレア・ストラグルに優勝するという条件で相棒になって貰った時も大変な騒ぎになったものだ。


「なるほど……ならばそちらは待つとして」


「どうしてそう一言多いんだよ、戦女神の鋼鉄さはどこにいったんだ……!」


 大げさに地団太を踏んでも彼女は笑ったまま、もう一言付け足す。


「膝に矢でも受けてすっかり骨抜きで……この場合は身も心も溶かされてという方がいいのか?」


 まだ冗談は上手く使えないとアルネアは口元を照れ臭そうに隠す。すると俺とアルネアの会話を一語一句漏らすまいとしている教室に居る連中からため息が漏れる。元鋼鉄の戦女神が照れる姿はありがとうと謝礼を用意したい可愛さがあった。


 可愛さまで備えた女神を相棒にする。昨年以上の困難がこの身に降り注いでいるのではないか。俺は自らに問わずにはいられない。


 しかも昨年の戦女神の闘争アドーレア・ストラグルの後から態度が柔らかくなったアルネアはまさに女神の雪解けだとか春の宵だとか、とにかく大人気だ。


 それは教室内から『求婚……?』『なしだろ』『アルネア様っ』『許さなくってよ』と聞こえてくるのも仕方ない。こうなると通りすがりに果たし状も手袋も投げ放題だ。きっと相棒になる前にひと悶着するだろう。


 俺も俺で優勝する約束を守れず五位入賞に終わり、いくら次の機会があればまたバディを組む約束があっても申し訳なさで地の底まで埋まりたい。金さえあれば次の機会……今回の戦女神の闘争アドーレア・ストラグルの参加さえ考えなかった。


 だが、五位入賞の金は一年で消え、弟妹の進学を控えた今、戦女神の闘争アドーレア・ストラグルの賞金を目当てに相棒に戻ってもらうしかない。

 最低だと落ち込みながら、せめて俺から出向いてきちんとお願いしなければと放課後訪ねてこの結果だ。


「お願いだから冗談はさて置いてくれ」


 顔を隠してうつむく俺に、アルネアはやはり小さな声で笑うばかりだ。俺は申し訳なさでいっぱいでもアルネアは約束通り相棒になりに来たことが嬉しいのだろう。義理堅くて素直な人なのである。


「一生のお願いをきくのに、おまけのお願いまできくのか? 私に否やはないが」


「ってことは、俺とまた……」


 嬉しさのあまり再び顔を上げた俺を待っていたのは女神さまの微笑みだ。冗談はいうけれど最初から彼女は否定的な態度ではなかった。元より彼女からの約束である。断るつもりはなかったのだろう。


 俺だって申し訳ないけれど相棒になるのならアルネアしかいない。約束通りの答えでも応といわれたら嬉しさのあまり頬が緩む。


 これで幸福な結末ハッピーエンドとなれば良かった。


「ちょっと待ったぁ……!」


 なるわけがなかった。

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