幕間 枯れゆく樹
幕間 枯れゆく樹
空に届きそうなほど巨大な樹が一本、その空間の中心にそびえ立っていた。空は厚い雲で覆われているため、背景は薄暗く、重い雰囲気が漂っている。
樹の周囲にあった美しく咲き誇っていた草花たちは、あるものは枯れ、あるものは無惨にも踏みつぶされており、見るに堪えない状態になっていた。
そんな中、フードを被っている金色の長い髪の女性は、根から分断された花を一輪拾い上げた。
「状況が変わってしまった。この状況を一刻も早く変えなければならないのに、私の祈りは届かず、魔宝樹から樹の雫を得ることができない。これからどうすれば……」
生温い風が吹くとフードは脱がされ、女性の顔が露わになった。緑色の瞳に整った美しい顔、そして意志が強そうな目をしている。
「影の子が扉を片側だけ開けてしまった。これでは一方通行しか移動できず、循環ができない。そんな状況が続いたら世界は――」
どこからか猛獣や猛禽類の鳴き声が聞こえてくる。このようなところに人間などいたら即座に狙われそうだが、彼女は焦ることなく立っていた。鳴き声が近くなり、やがて過ぎ去ると、不気味な静寂が辺りを包み込んだ。彼女は辛うじて咲いている花を一本ずつ拾っていく。
「正しい循環ができることを、そして正しく鍵を使うことを――私はただ願うしかない」
樹の周りは靄で包まれているが、その中を躊躇いもせず彼女は進んでいく。しかし濃い靄の部分に触れようとした瞬間、突風が吹いた。その風は持っていた花を宙に浮かせ、どこかに飛ばしてしまった。
「私では本当に無理なのね。もうあの子たちがやるしかないのね」
彼女は一歩下がると、両手を握り、願いを大樹に捧げる。
「すべての精霊たちよ、迷い、立ち止まる彼、彼女らに、正しき道への導きをお与えくださいませ」
そしてどこに続いているかわからない空を見上げた。
「――ミディスラシール、リディスラシール、そして扉を開ける者たち――あとは頼みました」
* * *
遠い、遠い昔から――世界創世の時代から暗黙の内で了解をし、人々に言い伝えられていることがあった。
その内容はある樹に関しての扱いについてだが、そこから出た雫についてはあまり知られていない事実があった。それは一つ一つの雫には、精霊による加護が与えられているというものだ。領地ごとに住まう精霊は決まっており、ある領地にいる者は皆同じ加護を受けていると言われている。
凍てつくような寒さの中、冷静な判断をしてから動く――
柔らかに風が吹き抜ける中、その場の状況に応じて判断して動く――
焼けてしまいそうな暑さの中、自分自身の直感のみで動く――
優しいぬくもりを抱く中、自分の意見を持ちつつ周りと共存して動く――
精霊たちは魔宝珠を操る者を見守り、使いこなせる者には自ら手を貸していた。
しかし扉が開かれた今、その関係が大きく変わろうとしている。
突然の状況の変化にざわめきあう精霊たち。
領地を守るために、それぞれの宝珠の中心へ向かう精霊たち。
そして、自ら意志を持って動き出す精霊たち。
扉が開かれてから数日後、あるところでは猛吹雪で荒れ、あるところでは竜巻が発生し、あるところでは炎が燃え盛り、あるところでは土壌の性質が変わった。
奇妙な現象に遭遇する者は多くなかったが、目撃し、精霊の動きによって発生したと察した者は、たいそう恐怖を抱いたという。
そして同時に人間たちは気付く。確実にこれから何かが起きるということを。
しかし、その何かは予言を持ってしても、知ることはできなかった。
なぜなら水晶玉に未来が映らなくなってしまったから――。
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