13:まったりしました

 聖子は朝からいつものように泉に潜り、聖結晶をせっせと運び上げ、その日のノルマを終わらせ、薬草畑で薬師たちに愛想を振りまき、こっそり羽虫を見つけておやつにした。


 いつもの光景。いつもの役割。それでも聖子はどこかしらドキドキ、ワクワクしていたのは否めない。何せ今晩は、精霊と約束したハーナのミルクを飲み続けた最終日だからだ。


 グラハムの検査の後、アダムは自分の跳ね上がった能力に感激し、魔力の練り方を自力で調べ練習したりと忙しく過ごした。


「それでは聖子さん、私は聖女たちを迎えに行ってきますから、泉でおとなしく待っていてくださいね」


「はいはあい」


 いつものように、朝方聖女たちは神殿を出て騎士団について治療テントへ出張する。大体朝10時ごろに送り届け、3時ごろに迎えに行くのが、ここ最近のアダムの仕事になっていた。


 元々は聖女たちは朝も明けぬうちから泉を囲んで祈り、ポーションを作ってからそれを届けるために騎士団の駐屯地へと向かい、そこでポーションだけでは足りない怪我人を治したり、祝福を与えるという仕事があったのだが、聖子が来て以来、イモリに仕事を奪われプライドを傷つけられたと、泉での祈りをボイコットしたため、駐屯地での出張治療という新たな役割を得ていた。


 若くて逞しい騎士がいる駐屯地での聖女の扱いはお姫様と同様で、聖女たちは嬉々としてその仕事についたわけだが、いかんせん魔力がそれほど多くないため丸一日というわけにはいかなかった。

 そこで、アダムが中間地点まで赴き、聖女たちと引き換えに研究所で作られたポーションや万能薬を箱に入れて持って行くことになったのだ。


 騎士たちにとっては、可愛く清楚だがあまり役に立たない聖女たちよりも、万能薬とポーションの方がありがたかったのだが、それでも華があるのとないのとでは若い騎士たちのやる気が違ってくる。

 やることのない聖女を神殿で遊ばせておくわけにいかないアダムと、薬も欲しいが華も欲しい騎士団の両者にとってウィンウィンの案ということで、聖女たちについては落ち着いた。


 もちろん聖女たちも、アダム対数人の聖女というハーレム的状況よりも、数人の聖女対数十人の騎士状況の方が現実の乙女問題としてありがたく、戦地とは別なる戦いを繰り広げているのだが。


 ハーナのミルクを飲み出した頃からアダムの聖魔力が膨れ上がり、元々強かった水魔法や白魔法が自在に操れるようになったおかげで、一日中働いて(とはいえ、10時から3時でお昼休みは1時間付きというもので、聖子に言わせればパートタイムの仕事時間だが)疲れた聖女たちを水魔法で癒し、結界をはり安全に連れて帰って来れるため、ここ数日は魔法薬を届けるのもアダムの役割になっていた。


 ちなみに中継地点に来た騎士たちには、祝福の祝詞や結界も忘れず、怪我も疲れも治し万全の状態で戻ってもらうため、聖女を中継地点へと送り届ける騎士の役割も争奪戦となっている。


 そして聖子はというと、聖女様たちがイモリを嫌うという理由から、アダムがいない時間は泉にいるということになっている。


「なんていうか、こういうまったりした生活っていうのも悪くないわよね」


 羽虫や薬草を食べすぎると太るわよ、と精霊に言われてから、なんとなくバツが悪いというか罪悪感が湧いて、思わず辺りを見渡してからこっそり隠れて食べるようになった聖子だが、ダメと言われるとますます食べたくなるのが心情というもの。

 そういえば、仕事をしていなかった友人たちが、掃除や洗濯は午前中に全て終わらせ、午後は昼ドラをみながら家族に隠れて自分だけ美味しいお菓子を頬張ってるせいで太ったのよ、という気持ちがわかったような気がした。シフト制で働き詰めだった聖子にとって、のんびり昼ドラの時間があったら寝ていたいと思っていたので、ここに来てのんびり泉に浮かんでいるというのがひどく贅沢な気がした。


「でもこれ、毎日はしたくないわね。早くアダム帰ってこないかな〜」


 今晩は満月だ。


 つまり、精霊との約束の最終日。アダムが戻ってきたら、ハーナに会いに行ってミルクをもらい最後の万能薬を飲むのだ。それで何が変わるのかわからないが、何かある。そして聖子のバイトも終わるのだ。


 そういえば、徳が溜まったらとか言ってたけど、どのくらい溜まってるのかしら。あの水晶玉どこやったんだっけ?神様が持ってるのかしら。次のフォームは何かなあ。


「ああ、いたいた聖子殿」


 イモリの後ですぐ人間ってことはないのよねぇ。でも、ここにいる聖女たちとか見るとイモリのままでもいいかなと思ったりもするわねぇ。イモリって結構便利だし。


「聖子殿、ちょっと手伝っていただきたいことがあるんですが」


 水中でも息できるから溺れる心配ないし。魚じゃないからずっと水中ってわけにはいかないけど、人間の時よりよっぽど自由だし。体調が30センチっていうのもいいわよね。羽虫でお腹が膨れるって食糧難も速攻解決するし。温暖化で水嵩ましたからなんぼって感じだし。


「聖子殿?」


 あ、でも塩水だと無理なのか。イモリって淡水生物?だよね。井戸なんだもの。シャケみたいに出世魚なら問題ないのかしらね?イモリは両生類だから、今度は爬虫類とか?嫌だわぁ。爬虫類はなんか嫌だわぁ。


「聖子さん!」


「はあい?」


 思考の渦から顔を上げてみればそこにいたのは何か追い詰めたような顔をしたグラハムがいた。薬師たちがいるところでは、聖子は神の使いではあるがただのイモリとして無言を徹しているため、人語は無視することが通常になっていたため、気がつかなかったのだ。

 迂闊に返事をしたりすれば腰を抜かしてしまうし、悪用しようと考える人もいるかもしれないからだとアダムが言っていた。


 周囲を見渡すと、薬草ばたけの手入れをしていた薬師たちの姿はない。もうそんな時間なのかと思いふとアダムの帰りが遅いことに気がついた。


「大神官様は少々聖女様たちとお話があるということで、遅くなるそうですよ。なので私が代わりに迎えに参りました」


「そうなの?」


「ええ。それで、ついでと言ってはなんですが少々手伝っていただきたいことがあるのですが、よろしいですか」


「え。血を抜いたりは嫌よ?」


「そ、そんな罰当たりなことはしませんよ。ちょっと鳥居について気になったことがありまして」


「鳥居って、ハーナの?」


「ええ。お付き合いいただけますか?」


「ええっと……」


 アダムからはここで待ってろって言われてるけど、グラハムさんだしな。


「わかりました」


 聖子は泉から岸辺に上がり、グラハムの用意した水槽にするりと入った。


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