焼きそばパン大戦争

第四十五話 駆け抜ける遊歩道

　暗く人気の無い遊歩道を駆け抜ける。土と落ち葉を踏みしめていく。

　荒くなる呼吸と激しくなる鼓動が耳を打つ。

　冷たい夜風が頬を撫でる。熱くなる身体には一層寒く感じる。

　遊歩道と遊歩道を繋ぐ横断歩道を駆け抜ける。

　車の通りが無かったので信号を確認することなく突き抜けた。今はそんな余裕が和美には無かった。

　全速力だ。全速力で和美は走っていた。剣道部時代から続く稽古前のランニングで足の早さにはある程度自信があった。陸上部には勝てないが、他の運動部員にはそこそこ張り合える程度には足が早かった。

　しかし、振り返る必要もなくわかる。少年は和美の後ろについてきている。 背中の寒気がずっとついてきている。

　 気を抜けば追いつかれる。振り返ることもなく背中からナイフを突き立てられる。

　一歩一歩をより早く前に出すことを考えながら、和美は流れていく景色の中でパトカーの姿を探した。

　これだけ立て続けて事件が起こっているのだからもしかしたらパトカー以外にも覆面パトカーなる一般の乗用車にも警察官は乗ってパトロールをしてるかもしれない。

　夜の遊歩道を制服を着た女子高生が黒いレインコートに追いかけられてる様を目撃したら誰かは反応してくれるだろう。

　呼吸が荒くなる。脇腹が痛くなる。

　全速力で走れる距離なんて限られている。体力には自信があったとしても限度がある。

　後ろをついてくる少年からは荒れた呼吸音が聞こえない。

　二つ目の横断歩道を駆け抜ける。車の通りが無かったのでまた信号を確認することなく突き抜けた。

　どれだけ走ったかわからなくなってきた。呼吸はどんどん荒くなってきて、肺が痛くなる。一歩一歩前に突き出すごとに重くなっていく。落ち葉に足を滑らしそうになるのを必死に耐えた。

　視界に続いていく暗い遊歩道に人気が無い。静寂な夜道に鼓動が響いていく。

　和美の足音と少年の足音。

　和美の呼吸に交じって少年の微かな笑い声。

　二人の音が静寂な夜道に響いていく。

（･･････！？）

　和美が思い至ったことは言葉にもならなかった。

　三つ目の横断歩道を駆け抜ける。

　車の通りが無かったので信号を確認することなく突き抜ける。

　車の通りは横断歩道にも遊歩道に沿う車道にも無かった。

　一台足りとも車が走っていなかった。

「なんで、と思った？　お姉さん、今、なんで、と思った？　感づいたよね？　気づいたよね？　そういう動きしたよ、今。後ろからでもわかるよ、お姉さんの気づき！」

　静寂な空間に少年の声が響く。まるで辺りを囲まれたように反響している。

「これ、ボクの遊び場なんだよ。結界って言うんだってカレはそう言ってたよ」

（結界･･････カレ･･････）

「お姉さんとボクだけの遊び場なんだよ！ 誰の邪魔もさせない、誰の助けも来ない、誰も助けられない！！」

　少年が吠える。気持ちの昂りがまるで歓喜してるかのように声に乗る。

　和美は一歩を強く踏み込んだ。前へ進む為ではなく身体の勢いを止めるための一歩。地面を削り身を翻した。

　急ブレーキから振り返り和美は少年の姿を視界に捉えるより先に拳を突きだした。予想での先制。顔面めがけてのストレート。突きだされるナイフより素早く少年を叩くための一撃。

　和美の急停止に少年はナイフを突き出すために構えるも振り向き様のストレートに身を捻った。

「いいねー、やる気満々じゃん」

　身を捻った少年はそのまま半回転し逆手に持ったナイフを裏拳のように振る。和美は慌てて身をひいたが頬を剣先が撫で、血が垂れた。

　後ろによろける和美を追撃する少年。身を低くして駆け出し肩から体当たりを仕掛ける。

　和美はよろける足をどうにか踏ん張り少年の体当たりをその場で堪える。少年の軽い身体ではそれほど強い衝撃は無かった。少年の両肩を掴んで押し返した。

　銀閃が少年の影から和美の顔面に迫る。

　和美は足を突きだした。前蹴り。少年の身体を押し飛ばす。少年は後ろによろけてそのまま仰向けに倒れた。

「お姉さん、ほんと、いいねー。こういうの馴れてるの？」

　倒れた直ぐ様に少年は飛び上がる様に立ち上がった。レインコートのフードの影に隠れた顔からは何の表情も読み取れない。

「正直、馴れたくないの、鬼に対して──」

　闇夜の鬼ごっこ。ごっこなんて生易しい事態じゃないと異様な遊び場は語る。

「でも、鬼絡みって言うなら助けれるかもしれないから。被害にあった人達を助けれるかもしれないから、アナタの遊び付き合ってあげる」

　鬼が絡むのならば鬼を祓うことが出来たら全てが都合よく元通りになる。

　この通り魔が鬼主であるならば奈菜が駆けつけてくれるはずだ。それまでの時間稼ぎ。それまでの鬼ごっこ。

「いいねー、お姉さん！　さぁ、遊ぼうか！！」