第二十八話 激化する乱闘

 和美に倒された人々はさながらゾンビのようにのっそりと立ち上がろうとする。立ち上がろうとするものの、それを邪魔するのは同じく倒れて立ち上がる人々だった。暴力の向け先が和美から逸れる。体勢もままならぬまま、赤く瞳を揺らし殴りあっていた。


 和美は目の前の凄惨な光景を今すぐ止めたいと思ったが、自分一人ではどうすることも出来ないと思いとどまり、今がチャンスだと考え直して赤い瞳の人々からゆっくりと距離を取った。急に駆け出して注意を引く訳にもいかない。


 ゆっくりゆっくりと後退りながら距離を取る。柳原達も何とか西出入り口に向けて進めているようだ。那間良が和美の前に立つ集団の後ろから集団を殴りつけていた。他とは違う俊敏な動きからボクシングか何かを学んでいるようだった。しっかり構えて一人一人を射抜くように殴っていた。


 先程和美に襲いかかった集団はある意味那間良から守ってくれる壁のようになっていた。直接対峙するとなると、那間良は脅威だ。和美は周囲を警戒しながら後退る速度を上げた。


 センタースペースで行われている乱闘騒ぎは他の売場でも行われているようだ。すぐ近くの靴や鞄を売っている売場でも商品が倒れる音と怒声と悲鳴が聞こえる。いや、すぐ近くの売り場だけではなく館内から怒声と悲鳴が聞こえる。追いかける人と逃げ惑う人があちらこちらで駆けていた。


 小鬼の姿など柳原達を掴んだ腕ぐらいだというのに影響の広がり方が矢附の時に比べて異常な速さだ。岡田と佐山の口論が発端となったのか、笠原の話が関わるのならもっと以前から少しずつ広がっていたのか。


 エル・プラーザは喧騒に飲まれた地獄絵図に陥っていた。誰もが誰も殴り殴られを繰り返していた。顔を腫らし血を吹き出しそれでも目の前に立つものへ怒鳴り殴りかかる。正気を保てるものは必死に逃げた。必死に必死に我先にと。西出入り口、東出入り口の自動ドア、ガラス張りが粉砕され散らばっていた。


(皆死ぬって奈菜は言ってたけど、鬼に食べられるとか殺されるってことじゃないの? 皆、殺し合うの? 溢れた感情が人を殺すってこと?)


 和美が襲われ瀬名が喰われた、つまり皆が死ぬとはそういうことなのだと思っていた。だから鬼を見つけて鬼を退治すればそれで済むのだと、鬼が現れない限りはまだ猶予があるのだとそう思っていた。


(ダメだ、ゆっくりしてる場合じゃない)


 注意を引かないようになどと考えてる場合じゃない。すぐに奈菜を呼ばなければ、すぐに鬼主を突き止めなければ、死人がいくら出るかわからない。


 和美はポーチから携帯電話を取り出すと奈菜に電話をかけた。携帯電話を耳に当てながら、振り向いて走り出した。


 注意を引かないようになど考えてる場合じゃない、注意を引かなければならない。自分を狙わせて被害の拡大を留めないといけない。


 和美の狙い通り、和美が走り出すや赤い瞳をした人々は殴りあいの手を止めて和美を追いかけだした。よくわからない習性みたいなものが備わっているのかもしれない。いや、考えられる予想は一つある。和美は《珍しい》のだ。《珍しい》と呼ばれた者が大きく動けば鬼の影響が反応した、そういう予想が立たなくもない。


 何度目かのコール音が鳴り響くと電話が繋がった。


「もしもし、奈菜?──」


「ワタシ、ナナチャン。アナタノマウエニイルヨ」


「──今ね、エル・プラーザで・・・・・・は、何言って──」


 電話の声が近い、カタコトで棒読みだが確かにする奈菜の声が近い。


 マウエ? 和美は慌てて顔を上げた。


 空から巫女装束の女の子が降ってきた。


 親方ー、と少年の声が和美の頭に過る。昔アニメで見たシーンが思い出されるが、奈菜は誰かに抱きとめられることもなく和美の近くまで迫った男性客を踏みつけて着地する。


「・・・・・・なんちゃって」


 奈菜は携帯電話を腰につけた巾着に入れながらそう呟いた。


 驚いたのは和美だけではなく和美を追いかけようとした者達も何事かと静止する。


「え、なんで、ここに?」


「なんでって、流石にこの状態、気づかんねやったら仕事にならへんやろ」


 言うなり奈菜は手をゆらゆらと動かし始めた。揺らす手と上から何かを引っ張るように動く手。和美は再び顔を上げる。


 よく考えればセンタースペースから少しばかり離れたので和美の頭上は一階の天井なのだ、吹き抜けのセンタースペースとは違う。ならば奈菜は何処から降ってきたのだろう。空からではない。


 天井が光を放ち白い水溜まりのようなものが広がった。奈菜の手から繋がった光の糸が水溜まりからエル・プラーザの従業員達を引っ張り出す。


「二階三階からでーす」


 引っ張り出された従業員達が落ちてきて和美を追いかけてきていた者達を下敷きにする。


「な、なんてことするの!」


「使えるものは親だろうがクソ上司でも使えとかなんとか・・・・・・言うやん?」


「半分ぐらい言わないし、私、その人達怪我させないように出来ないかって考えてたのに」


「おー、そういう考え方もあるねんね」


 奈菜は悪戯っぽく笑った。笑って誤魔化すにしても過激だった。

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