第10話 傅くは人、傅かんもまた人である
熾天使。その
ああ、神よ。天上におわす四柱の神々よ。其は偉大なり、其は己が宿敵へ懺悔の
これまでは神など信じることなどなかったニンゲン達がこぞって、その手から武器を、砲弾を、階級章を外していく。止める上官はいない。止める同僚はいない。誰しもが等しく己のしてきた愚かな行為、殺人という愚かな行為にその身が焼き焦がれていくのを恥じ入り、そして自責の念が行動に表れようとする。
あるものは感涙の中、空へ向かって絶叫する。あるものは天上の四柱の神々へおぼつかない聖歌を歌う。迷える子羊、と形容すればいいのか、彼らの行動はバラバラで、しかしそのすべてが神からの慈愛を求めているように見えた。
第一、第二砦のヤシュニナ兵は兵士として死んだ。彼らは軍務よりも神への貢献を優先し、頭を垂れ代行者たる熾天使の審判を静かに待った。待つことすら快楽となり、瞳には楽の感情しかない彼らを天上の熾天使はゆっくりとその瞳で見据えてた。
プレシアの海上に現れた二体の熾天使。その御姿はそれぞれで大きく異なる。
まず、第一砦に現れた熾天使は17の瞳が円形を型どり、それぞれが独立して稼働する。黄金と蒼玉の二色の長髪は海底まで届き、海の青を吸っている。
三対の黄金の手にはそれぞれ教典、鍬、鋤、首輪、鎖、ろうそくを持っており、そのどれもが黄金と銀箔のどちらかが持っている道具に使われていた。反面足は一対しかし長く、海上からみえるのはふとももばかりだ。
四聖教が崇める十大天使の一体、熾天使クロリーネは塩の天使と呼ばれている。塩は生命にとってなくてはならないものであり、塩なくして人が生きることはできない。だが、塩だけで人が生きることは決してできない。
四聖教の教典ではかつて神を軽んじる人々に罰を与えるため、商人に扮して塩を送った、とされている。塩をたくさん甘い酒に入れるとうまいぞ、と言いそれが神を軽んじる人々の間で流行した。しかし、多くの塩を腹に孕みすぎたがために腹が溶け、その人々は死に絶えた、という少々陰湿とも取れる逸話を持つ天使だ。
モンスターとしてのレベルは145。防御能力完全無効化スキルに加え、塩生成、という固有スキルを有している厄介な相手だ。この一体だけでもプレシアに瀕死の大打撃を加えるのに十分な存在だ。
しかも、今回はそれだけではない。もう一体、このクロリーネと同等の天使が座しているからだ。
第二砦でに現れた熾天使は、そもそも人の形をなしてはいなかった。ヘテロクロミアの黄金の銅色の双眼を抱くのは無表情な鋼の仮面。首はアーチ状に長く、根本から顎の下にわたって縦長の口があんぐりと開かれ、何段にも重なった牙が姿を表していた。
体はまるでホルンをそのまま持ってきたかのようで、総計19の人と獣の手が独立して稼働する。足はなく代わりに花崗岩が臀部をはじめとした下半身を歪な円錐状に覆っていた。
四聖教が崇める十大天使の一体、ポタシウムは錬成の天使と呼ばれている。人々を支え、その信仰心に対する褒美として鉄や銅の錬成技術を人々に伝えた、と四聖教の教典で語られる一見すればすばらしい天使だ。
しかしその実、その錬成はどれもが人が争いのために行おうとすれば不出来な武器ばかりできるというなんとも呪いがかったものであり、遠回しに争いをするなかれ、と伝えるという若干めんどうくさい伝説を持つ天使でもある。
モンスターとしてのレベルはクロリーネと同じく145。クロリーネと同じく固有スキルを有しており、その名を朽崩、という。クロリーネと同じく今のプレシアにはどうすることもできない最強の熾天使の一体だ。
そしてこの二体には共通して三対の純白の翼があり、その翼は常時強力な障壁を熾天使の周りに展開している。これにより、熾天使の攻略はより一層難しくなっていた。
また、この二体には共通して信仰付与、というスキルがある。精神作用系のスキルであり、神のありがたみをその威光を以て伝える、という能力がある。もっとも、二体のスキルレベルは10であるが、通用するのはレベル80以下のニンゲンだけだ。
それでもその威力は絶大であることに変わりはない。現にスキルの効果によって第一、第二砦の兵士達は指揮官も含めて全員が従順な四聖教のシンパへと心変わりしていた。
その光景を目の当たりにしたヴェーザーは歯ぎしりをする。第一、第二砦はもう砦として機能しない。それどころか、容易に敵軍を上陸させる麗しき隣人となってしまった。一瞬で砦内の半分の兵士が敵に寝返った、という事実は久しく忘れていた屈辱という苦湯を彼女へと味合わせた。
だが、彼女がただのその苦湯を味わうだけか、と言われれば答えはノーだ。すぐに彼女は地上と地下の連絡路を閉鎖しろ、と命令を下す。が、すぐに動こうとする兵士は一人もいない。皆畏怖し、状況が飲み込めず思考がフリーズしていた。
ちぃ、とヴェーザーは舌打ちをする。形上プレシアは元がダンジョンであるためいかなる攻撃やスキルの影響を受けない。当然中にいればシステムによって守られる。
しかしそれとプレイヤー自身がショックを受けないかはまったくの別問題だ。早い話、テレビで地震による被災状況を見るのと同じ感覚に陥るということだ。見たものが恐ろしく感じ、当事者でなくてもショックを受ける、そんな状況だ。
現状、会議室内の参謀らの意識はは第一、第二砦の光景を移した立体映像に吸い込まれている。あまりにも信じられない光景に彼らは正常な思考判断能力がオーバーロードして、放心してしまっていた。
これでは命令は出せない。動揺している兵士のほうが動く分まだ優秀と言えた。さきほど、通信が戻った、と喜んでいたところが、一気に絶望に突き落とされた参謀諸氏の気分はいかほどだろうか?想像には難くない。
「貴様らぁ!動かんかぁ!」
だからこそ、ヴェーザーはその意識の方向性を自分へ向けようと、普段のだみ声を一層おぞましいものへと変え、呆ける将兵達を奮い立たせようとした。
突然耳の奥を犯すかのような声がこだましたことで、参謀らははたと我に返った。皆一様に視線をヴェーザーへと向け、ようやくどよめきが室内に響いた。
ここだ、とヴェーザーは思う矢先、次の手段を講じる。
彼女は術士職、ハイラウンドソーサラーと呼ばれる上位職だ。デリーターやディスティネーターと比べると、希少度は低く、純粋かつ正当な上位職へのジョブチェンジをしたと言える。
だが、だからといって彼女が劣っているわけでは決してない。彼女の真骨頂は海上戦にこそあり、このプレシアという戦場はいうなればシドが彼女のために用意したフィールドと言っても差し支えなかった。
「『其は流なれど、乱にあらず。大海のうねりなれど、害にあらず。すなわち、流は臨を超えず!』」
参謀室内で彼女の詠唱が轟くとともに、ゴゴゴゴ、と海底から重低音が鳴り響いた。そして次の瞬間、無数の巨大な竜巻が巨大な渦潮を形勢しながら、海底より無数に現れた。
半径数百メートルはあろう巨大な海の暴威は天をゆるがさん、とする勢いでリストグラキウス軍の艦隊へと押し寄せた。
海流操作。それが彼女、ヴェーザーが長年研究してきた魔術の行き着いた答えだ。海上に限定し、さらに膨大な魔力を消費してようやく発動することができる、というなんとも不便な魔術だが、今のプレシアでこれ以上の魔術を行使できるニンゲンは存在しない。
まさしく天災と形容するにふさわしい、極大の竜巻は容赦なくリストグラキウス軍をなぎ倒していく。
と思われた。
現実とは常に非情かつ理不尽なものだ。
無数の竜巻を前にして、クロリーネとポタシウムの二体の熾天使は動ずることなどありえない。二体はその有り余る魔力を投入して、巨大な障壁を形勢した。それは普通のニンゲンでは決してできない、まさに神の代行者たる二体の力の表れとすら言えるほど巨大な障壁だ。
リストグラキウス軍の船舶のすべてをカバーしてなおあまりあるその障壁はなんなく押し寄せる竜巻を霧散させた。
要塞内でその光景をまざまざと見せられたヴェーザーは歯ぎしりをする。黒板をひっかく音を数十倍ひどくしたような音だ。同時にやはり無理か、と己の能力の不甲斐なさを恥じた。
とはいえ、今の攻撃はあくまで布石に過ぎない。二体の熾天使を前にして、あの程度の攻撃が通用する、など彼女は一ミリも考えていなかった。
「見ての通りだ、我が大魔術もあの熾天使共には通じぬ!籠城ぞ、籠城せぇ!
すぐさま、第一、第二砦の回廊を閉鎖しろ!第三、第四の兵はすべてこの砦に入れろ。砦の中の食料や弾薬の処分を忘れんなよ?それから本土へすぐさまこのことを知らせぃ!もう一度言うが、ここからは籠城戦ぞ、決して討って出るな!出んとすれば、待つは破滅と心がけよ!」
「ゥラァー!」
現実を教え、なおかつ自分に各参謀の意識を集中させる。そして非情にも第一、第二砦の兵士を見捨てる、という判断を示す、まさに軍人らしい行動アルゴリズムを演出することで、兵士の意識を一手にまとめあげる。
命令を下せばヤシュニナ軍の動きは早い。まさに疾風迅雷を絵に描いたように彼らは命令を実行するだろう。
第三、第四砦の人員を大砦にいれるだけなら、一時間も完了するだろうが、資料や食料などの物資の処分を考慮すれば倍の時間がかかるだろう。なにより、そんな大撤退をしている最中、リストグラキウスのガレオン船が砲を吹かない、などあり得るだろうか?
各参謀の頭にはそんな疑念がよぎった。しかし、これ以上第一、第二砦のような犠牲者を出さないためにも急いで人員を回収せねばならない、と各員は迅速に砦内に指示を飛ばした。
その間、ヴェーザーはポールに身体を巻きつけながら、突如として現れた熾天使のことを考える。
そもそも熾天使は最上位レイドダンジョンでしか出現しない準レイドボスモンスターだ。実力だけで言えばそこらのダンジョンボスなど軽く凌駕し、最悪レイドボスにも肉薄し得る最悪なモンスター、として認知されている。
当然、自然にPOPすることなどありえないし、召喚するにしてもアーレスと同レベルの術士職を一体につき10人は必要とする。今いるのは二体だから単純計算で20人必要とするわけだが、そんなレベルの術士がリストグラキウスに20人も存在している、というのは考えづらかった。
となると、やはりアレか、とヴェーザーは喉を鳴らす。
熾天使が現れる少し前、二隻のガレオン船の船首から、二人の男が飛び降りた。二人はどちらもきれいな白い法衣の上に黄金の鎧を着込んでおり、ひと目で指揮官級だと見ていたニンゲンにはわかった。手には四聖教の信徒ならば誰でも持っている灰色のペンダントを握りしめ、自ら進んで海へと身投げしたのだ。
会議室でその光景を見ていたときはなんだろうか、と思った。海に飛び込むなんて自殺行為、するやつがいるなんて連中ヤキでも回ったか、とあざ笑うものさえいた。
ヴェーザーも殉教か、とそこまで気にしてはいなかった。だが、それがあだとなった。
突如海中から光の柱が突き出したかと思えば、現れたのがあの異形にして神聖。見るも神々しく、口の端にのせるのもはばかられる神の実在性を証明する算学の悪魔。
願いをあまさず聞くだけ聞いて、神へ上申などするわけもない、性格ド最悪のサイコヒーローの頂点のような存在だ。
長年リストグラキウスと戦争をしているから、連中の信仰している四聖教にも詳しくなり、外見だけでヴェーザーにはどの天使か言い当てることができた。いきついたのがクロリーネとポタシウム。熾天使級の中でも大物中の大物だ。
四聖教の十大天使にはそれぞれ役回りというものがあり、クロリーネは神々の制裁と怒りの代行、ポタシウムは神々の慈愛と願いの代行を担う類の天使とされている。また、クロリーネの他に同様の天使は五体、ポタシウムの他に同様の天使が三体いる。これらの天使にもそれぞれ逸話があるが、今もっとも重要なのは眼前の二体の熾天使だ。
四聖教の神話でなぞらえるならば、クロリーネはそこまで多くは登場しない分、その能力ははっきり言って不明、しかしポタシウムは頻繁にその名が登場するのでどのような能力があるかは察しがつく。
ポタシウムの伝承として主なものは精錬技術を人々に教えた他にも、いくつかある。例えば、伝承でのみ語られる戦争で四肢を失った男に戦で焼けた家の灰を寄せ集めた四肢を与えた、というのはポタシウムを代表する逸話だ。また、その男が初代四聖教の教皇である、とすら四聖教の教典では語っている。
実質的に四聖教の原典を作り出した天使であり、その存在を見て歓喜の涙で溺死しない信徒はいまい。
そんな天使を顕現させるに至ったのはなんだろう、とヴェーザーは落ち着いて思案を巡らせる。
まず考えられるのは
仮にアーレスクラスの術士職が一人で召喚する場合、レベル1のニンゲンを犠牲にするとすれば、最低でも一万人を必要とする。あのガレオン船の人員を合わせれば不可能ではない数字だが、それなら兵士が減る前にやればいい。現状、一万人ちょっとしかいなさそうな兵士をわざわざ犠牲にするのはちょっと考えにくい。
次に考えられるのは
だが、それもアーレスクラスの術士職10人を要するモンスターに果たして有効だろうか、と首をひねる。現実的ではないな、とすら思える。アーレス程度を神の子だ、とか言っている国だしなー、とすらヴェーザーは思ってきた。
改めてヴェーザーは天使が召喚される瞬間の映像を映し出す。二人の指揮官が豪奢な軍服のまま、海へと飛び込んでいく。何度も見たことのある光景だ。神々の御下へたどりつかん、として頑なに四聖教徒の証である灰色の首飾りを握りしめている彼らの光景はいっそ滑稽とすら言えた。
まさか、神への祈りがあの化け物どもを呼び出したとかじゃないだろうな、とヴェーザーは自分の外見を棚の上に放り投げて思った。ソレイユ・プロジェクトはキャッチコピーが理想の自分がどうのこうのだから考えられない話ではない。しかし、あくまでも理想の自分を手に入れるには相当の努力を要する世界であるから、ただ願っているだけで強大な力を得る、というのは
――とにかく、この情報をシドに送るが先決か。
シドならば映像を含め、いくつかの散らばった情報から答えに行き着くことができるかもしれない。シドだけではない。他にも多くの俊英が首都ホクリンには集っている。単純な知識だけのニンゲンでも、あそこでは役不足になることはない。ちゃんと適材適所を考えられた役所配置が成されている。
かく言う自分もまた、シドに拾われなければずっと野良プレイヤーか冒険者をやっていただろう、とヴェーザーは一人心地る。その彼女の妄想空間を遮るように、ある一報が室内に轟いた。
「報告します!アーレス・ドミニカ……が、アーレス・ドミニカが後方に現れました!」
「なんだとぅ!?」
アーレスが現れた、本人が姿を現した、その訃報はヴェーザーの耳のない耳を疑わせるに十分だ。しかも後方だと?ありえぬわ、とヴェーザーは憤りすら覚えた。いくらずっと引きこもりプレイをしていたとはいえ、アーレスの行動を見逃すほどプレシアの索敵が劣っているなど信じられぬ、と。
「どうなっておるのだ!」
「まずいぞ、今第三、第四砦には兵士がおらん!今、移動中だ」
「クソ!なんと間が悪い……!大砦の砲撃でどうにかならんのか?」
「後方に回られる、という点ですでに負けたようなものです。あの男、一体どうやって……?」
今、この場にいるニンゲンはある意味で幸せだろう。本土の首脳部はすでにアーレスがここ最近ヤシュニナの領海内でアーレスが破壊活動をしていたことを知っている。今プレシア後方にアーレスが存在している、とシド達が知れば、戻ったんだなー、と思うだけのことだ。
しかし、それを知らないプレシア参謀部はただただ頭を悩ませるしかない。彼らの頭の中ではアーレスは大きな船を使って後方に回ったのだろう、と考えている分、さらに彼らに着地点のない無限落下的思考をするしかなかった。
「そういえば、アーレスは単艦で後方に回ったのか?」
だが、腐ってもここに集まっているのは長年プレシアを、ヤシュニナを守ってきたお歴々なだけはあり、無限落下の螺旋から逃れるニンゲンは存在する。
声をあげたのは骸骨の鳥頭のスケルトン、いやスケルトン・ジェネラルの将校だ。ジャージャー、というプレイヤーであり、レベルは119だ。プレシアでもヴェーザーを含めて3人しかいない希少なレベル100以上のニンゲンだ。
その彼の言葉に、会議室内では報告を求める声があがった。報告を持ってきた兵士も慌てて確認を取り始める。アーレスの存在だけが強調されすぎて、実際に後方に現れた戦力の確認を忘れていたのだろう、と怒りの目で参謀達は報告した兵士を睨む。
そんな理不尽な、と思うかもしれないが、これは報告した兵士が悪い。なんなら軍法裁判にかけられてしかるべきだ。だが、今は一人でも兵士を多く必要としているので、兵士一人の損耗はあまりに大きい。
「……今、確認をとりました。……ですが……」
「どうした、はやく言い給えよ」
急かされ、兵士は口を開く。
「小舟一隻だそうです……」
なんだと、と動揺が走る。だが、眼前の兵士の怯え、疑念の目を見て、彼の口にする言葉が真実である、と確信した。だがそんなことがありえるのか、と即座に各参謀は疑問を持った。
五年前のこともあるし、アーレスの実力についてはある程度知っている参謀達ですら、小舟一隻が後方に現れた、と言われても危機感をいだきづらい。例にあげるなら、猛毒を持った蜂がプレスチックケースの中に入った状態で持ってこられたようなものだ。
「しかし、放置はできまい。小舟一隻とはいえ、乗るのがアーレスとすればその船には魔導砲がいくつも積んであるようなものだ」
「左様。アーレスには通じずとも、せめて小舟を沈めることはできよう。さすれば海底の化け物共が……」
「それは早計に過ぎるでしょう。あのアーレスですよ?きっと海底のモンスターだって意味を成しませんよ」
「加えて、前方には熾天使が二体、か。絶望的だ」
今この戦場での危険度を鑑みれば、間違いなく危険なのはアーレスだ。後方を取られているからではなく、空の後方にアーレスがいる、という状況が破格なまでに深刻な問題なわけだ。
第三、第四砦に兵士が入っていれば時間稼ぎにはなる。レベルが低くても、ダメージを与え、ヴェーザーやジャージャーなどのレベル100プレイヤーが披露したアーレスを叩く、という戦術が取れるからだ。
しかし、現状アーレスはロッククライミングをするだけで砦内に入ることができ、大砦に殴り込むことが可能だ。無傷の状態でアーレスと対峙する、それはヴェーザーやジャージャーが共闘したとて勝利することができない縛りプレイをすることに他ならない。
無論、問題はさらにある。二体の熾天使、敬虔な四聖教の信徒となってしまったであろう、第一、第二砦の兵士達、そしてリストグラキウスの残存艦隊。言うなれば、地獄の釜に落ちそうな咎人ががんばって身体をブリッジしているようなものだ。釜の縁で手足は熱され、熱くて熱くてたまらない。頭は頭髪含めて燃え盛っている。
「排除は……?」
「プレシアの防備はそもそも、四方の小砦による砲撃で敵の消耗を誘うことにある。それが機能しないとなれば……」
「しかし、このままでは……!」
くそったれ、と各参謀は嘆いた。袋のネズミで本土からの支援待ちであることを歯がゆく思うばかりだ。援軍さえくれば勝てる、という確信はあるがそれまで果たして自分達が保つかどうか。
また、誰もが暗黙の内に察していることだが、食料の問題がある。リストグラキウス軍が攻めてきた時プレシアには二十日分の食料があった。しかし、それはあくまで各砦に分配したものをひっくるめて、の話であって、この大砦のものだけで考えると、保ってあと2日だろう。切り詰めれば3日は、というのが兵站部門も見解だ。
「クソ、せめて……援軍が来れば……!」
「援軍が来ても変わらんだろう、なにせ敵が強大に過ぎる」
「何を弱気なことを!敵前逃亡か!」
「違う!今我々は現状を正しく認識し、決断をしなければならない、と話しているのだ!」
そんな鬼気迫る課題に直面した中、誰か一人でも弱音を吐けばそれはたちまち伝播する。決して広いとはいえない会議室ならば、なおさらだ。参謀や将軍とてニンゲン、心はブレるのはいなめない。
次第に参謀らは胸ぐらをつかみ合い、怒鳴り散らす。これまで押さえつけてきた船底の穴から一気に水が吹き出し、浸水するがごとく、怒涛の勢いでかつてないほどに険悪な雰囲気が流れ出し、それはやがて臨界へと達した。
そもそもあんなものが初めからいるなど知らなかった、プレシアは終わりだ、本国の政治家共がちゃんと交渉しなかったせいだ、外交の犠牲にしおって、と意見は千差万別だが、共通して憤慨するニンゲンは本国への恨みつらみ、引いては政権批判へと変わっていった。
もっと首脳部が戦力をこちらに回していればよかったのだ、最新の魔導砲や魔術兵器、術士職の部隊も常駐させておくべきだった、とさんざんな言いようだ。あたかも今回の窮地は首脳部にある、と言いたげな参謀らにヴェーザーを始めた将軍級の兵士もといプレイヤーは歯がゆい思いをさせられる。
職務上、こういったいさかいはまっさきに止めるべき立場にあるヴェーザーだが、今は彼らに思うがまま吐かせるべきだろうな、と思い手はおろか口すら出さない。彼女の直下にある将軍達もそれを察してか、積極的に事態収集を図ろう、とはしなかった。
かくして、プレシア崩壊を告げるカウントダウンが盛大に鳴り始めた。そして、それはホクリンでもまた、同様のことだった。
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