じゃじゃ馬

 イサベルが剣を降り、テールがそれを受ける。テールが剣を降り、イサベルがそれを受ける。それを何回か繰り返した。最初は恐る恐るだったイサベルも、徐々に慣れて様になっていく。


 テールは、イサベルの負担にならないよう剣を受けるとき軽くクッションをしている。打ち合っているうちに彼女にもそのことが分かった。


 初心者である彼女を気遣ってくれてのことなのであろう。しかし、イサベルは何か馬鹿にされているような気分になった。


 "カーン・カーン"と剣を打ち合う音が響く。


 テールが油断したのかイサベルが力んだのか、イサベルが降った剣は思うように振り下ろされず空を切った......テールはスッとよけたが、イサベルの剣はテールの顔を僅かにかすっていた。ツと赤い血が流れる。彼女は「あっ」と思ったが、テールは血を指で拭うと「すまない、油断した」と言った。


 大騒ぎしたのは騎士団修練長であった。


「だ、大丈夫でございますか。テール王子殿下」


「大丈夫だ。これくらいどうということあるまい」


「しかし、テール王子に傷を負わせたとなればジュノー王の逆鱗に触れましょう」


 修練長が心配しているのはテールの父王の怒りであった。


「あははは、あの父王が俺のことで怒るものか。俺の心配などせぬであろう」テールはおかしそうに笑った。


 イサベルは、気がつくとぐっしょりと汗をかいていた。



***



 イサベルは自室へ、テールは大公国宮殿の客間へとそれぞれ戻された。イサベルはお付きの女官にドレスを着替えさせられた。


 この大公国宮殿で働く女官は多い、イサベルのような大公家の者や貴族はいちいち彼女達に着替えさせてもらわねばならぬしきたりであったし、その他、もちろん宮殿の清掃であったり食事の準備であったり女官達の仕事は多い。


 彼女達は噂話が大好きであった。それが唯一の憂さ晴らしの方法でもあったからだ。


"イサベル様がテール王子殿下の顔を剣で切ったのですって......"


"まあ、なんと恐ろしいこと。その......じゃじゃ馬にも程というものが......"


"しっ......じゃじゃ馬なんて誰かに聞こえましてよ。おほほほほ......"



 イサベルは自室の鏡の前で髪をとかしていた。イサベルはくせの強い自分の髪が嫌いだった。そして、彼女は女官達が自分を"じゃじゃ馬"と言って笑っていることを知っていた。


 自分は兄上や姉上に比べたら、賢くも無いし綺麗でもない。イサベルはそう思っていた。


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