公女と王子

 家庭教師であるヨコオ・モギ博士は"二足歩行"についてイサベル・シエナ公女に力説していた。


「直立二足歩行というものは生物の中ではヒトにしかできないものでして......云々」


「直立二足歩行をロボットで実現するには、重心制御機構の開発が非常に難しくて......云々」という内容であった。


 イサベルにとってはまったく"チンプンカンプン"な事柄であったし、そもそも疑問なのはこれは公女である私に必要な知識なのかしら? ということであった。


 外からは、下級貴族の子弟達が行っている剣術の修練での剣と剣を打ち合う"カーン・カーン・キィーン"という音が聞こえてきていた。


「モギ先生、大変その......申し訳ないのですが、私には内容が難しくて先生のお言葉がちっとも耳に入ってこないのです」


「それより私は、男の子達が羨ましいわ。私もあの者たちと共に剣術の修練をしたいくらいです」


「イサベル公女殿下は、あの者たちが羨ましいですか?」


 ヨコオ・モギ博士は、窓から修練に励む少年達を見やって公女に聞いた。


 イサベルは黙って何も言わなかった。


「これからのいくさはヒトが剣と剣で闘うものではなくなります。ロボットとロボットが戦うようになるのですよ。さすれば、人は死なずに済みましょう」とモギ博士は言った。


「ええ、人が死なずに済むなら、それは良いことでしょう」


「しかし、私にとっては同じことですの。剣術の修練もロボットの知識も、私にはきっと必要のないことですわ」イサベルはややムキになって言った。


「おお、公女殿下よ、必要がないなんてことはないのでございます」


「必要ないわ。ええ、それとも必要になるのかしら、何しろ私はあのジュノー王国の王子様と結婚するのですものね。ジュノー王国は軍事大国ですわ。そうねロボット兵器の知識も必要になるわ」


「公女殿下、お言葉ではございますが、ジュノー王家を悪く言うことは......何と申しますか......」


 イサベルは本当に嫌になってテーブルにバンと両手をぶつけようかと思ったとき、扉から少年が入ってきた。


 浅く日にやけた顔に、いたずらっ子めいた二重まぶたの奥には、好奇心に満ちた瞳が輝いていた。決して美少年というわけではなかったが、きっと女の子には人気があるのだろうとイサベルは直感で思った。


「モギ博士、遅くなって申し訳ございません」とその少年、テール・クーン・ジュノーは言った。


「はい。テール王子殿下、できれば時間は守って頂きたく存じます」と博士は軽く微笑み言った。


「おや公女殿下は、ご機嫌ななめでございますかな?」とテールは言う。


 ああイヤだわ、"ご機嫌ななめ"って何? イサベル・シエナ公女にとっては最悪な気分での初対面であった。


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