◀︎▶︎21プレイ

「集計結果が出ました。それでは発表致します。心の準備はよろしいですね?」

 全てのチームがリタイアしたことにより予選通過の二チームを宇野から発表されようとしていた。

「総合総重量一位、四七キロ。赤チームです。おめでとうございます」

 周りからどよめきが起こった。一万円分で四七キロの景品を獲得したということはその数は計り知れない。やはりダンベルの数が勝敗を左右したのではないのだろうか。

「そして、予選通過最後のチームの総重量は三十二キロ、水色チームです」

 僕たちの色が発表された。当然と言えば当然である。なんといっても三階にたどり着いたのは赤チームと僕たちのチームだけなのだから。他のチームは来られて二階が限界だったようだ。

「予選通過した六人の方にはこのまま決勝を行います。そして、決勝からは個人戦となり六人はそれぞれライバルということになります」

 改めて、僕は赤チームのメンツを確認した。一人はスポーツ刈りで左耳にピアスを付けた若い男。一人は特に特徴がない三十代の普通の男。顔を隠すようなファッションをしていて印象がわかりづらい。そして、もう一人は高身長で体格の良い男だった。見た限りなんでもできそうな自信に有り触れた雰囲気がある。おそらくあの男が実力者なのだと僕は勝手に推測する。

「それでは決勝に進む皆様、場所を移動します。私について来て下さい」

「ここでしないんですか?」

 柊祐奈は発言する。

「ここではしません。ここは予選だけです。決勝は隣の建物に用意されていますのでご移動お願いします」

 宇野に誘導され、僕たちは後ろについて行った。

『エブリディ』を出て数分歩いたところにある建物に宇野は入っていった。中に入り、エレベーターで五階に降りてある部屋に入る。そこにはオフィスであるのに数台のクレーンゲームの台が用意されていたのだ。

「おお!」

 僕は思わず声を漏らす。さっぱりとした空間で円を描くように置かれたクレーンゲーム。決勝のようなオーラは出ている。

「では、私たちが用意した名札を付けて下さい」

 僕たちはプレートのタイプの名札を胸に取り付けた。名前と年齢が書かれていたので対戦相手の名前を把握した。


・鈴木裕斗(二十三歳)

・神谷達人(二十五歳)

・柊祐奈(二十四歳)

・高野龍一(十九歳)

・影山雅人(三十六歳)

・早川正太郎(二十九歳)

 

 役者はこの六人で揃った。そして、注目しているのは早川という実力がありそうな男だ。注意しとかなくてはならない要注意人物である。

「それではルール説明です。決勝では個人戦のバトルロイヤル方式。制限時間は十二分。同じ台で獲得できるのは三つまで。より多く景品を獲得した者が優勝です。ちなみに今回の台は簡単に取れないようになっていますので、工夫してください。優勝するためには全ての経験を生かさないと取れませんので頑張って下さい」

 宇野はゲームの説明をした。今回から、神谷や柊祐奈には頼ることはできない。全て自分の力でなんとかしなくてはならないのだ。そのプレッシャーもあるが、心のどこかで興奮が収まらない。クレーンゲームが楽しいと心の底からそう思えたのだ。

 負けてもいい。ただ、楽しめたらそれでもいいと思えたのだ。神谷には悪いが僕は並みの実力しかないのは自覚している。だから負けを認めて潔く散るだけでは終わりたくない。やるからには全力でやりたいとそう思ったのだ。

「それでは決勝のバトルロイヤル、開始です」

 宇野の合図で決勝が始まってしまった。

 制限時間があること、台の景品に限りがあること。迷っている暇はない。僕は目に付いた台に飛びついた。

 アームの大きさに比べて景品の方がかなり大きい。普通に掴んだところで掴むことは容易ではないのは見て取れる。これを取るにはどのような方法が無難か。そして、ある答えが頭に浮かんだ。

『紐掛け』

 そう、景品に取り付けられている紐をアームに引っ掛けるやり方。これはアームの位置を確実に合わせないと取れない方法であった。

僕は自分なりに紐掛けに挑戦した。紐の位置、アームの範囲、止めるタイミングなど全てを計算して僕は所定の位置にアームを止めた。

「ここだ!」

 アームが降下して、紐はうまく入った。この一時停止が長く感じる。知らずの間に額から汗が流れるのがわかった。緊張がピークに達しているのが見て取れた。

 アームは掴む動作をしてゆっくりと上昇しようとする。

「いけいけ!」

 僕は念じるようにアームに呼びかけた。

 景品は引きずられるように引っ張られた。するとそこでミラクルが起きた。引きずられた反動で周囲にあった同じ景品が巻き込まれるような形で取り出し口に落ちたのだ。そして、引きずっていた景品も取り出し口に落ちていった。驚異の二個取り成功である。自分でもびっくりするほどだ。

「おっと! 影山選手、雪崩が起きて驚異の三個取りだ!」

 僕が二個取りを成功した矢先、もっとスゴ技を披露する者に僕は目を見開く。まるで存在を消されたかのように影沼という選手が目立っているのだ。

 注目を浴びた影沼はまるで当然の結果というように余裕の表情を浮かべていた。僕もたかが二個取りくらいで喜んでいるようではダメのようだ。もっと取っていかないと勝てない。

「おーっと! 神谷選手、確実に景品を取って稼いでいきます」

 遠くで神谷の名前が呼ばれた。神谷も神谷で順調に獲得しているようだ。

 実況の宇野から名前が上がっているのは影沼と神谷の二人。おそらく赤チームを引っ張っていたのは早川ではなく影沼の方であったのかもしれない。各チームの代表とも言える二人の優勝争いのように見えるこの展開。時間は刻一刻と過ぎていく。

「残り五分!」

 やばい! やばい! やばい!

 制限時間が迫っていくことに対し、僕は焦りを感じていた。何度プレイをしても取れる気配がない。最終的には景品から遠ざかった場所にアームを止めるという凡ミスまで発生する始末に僕は悔やんだ。クレーンゲームで一番大事なことは冷静な判断力だ。焦りや興奮は負けフラグ。そう、まさに今の僕の状態である。

「終了! プレイを辞めて下さい」

 掴んだ景品を落とした時である。僕は驚異の二個取りをしてから全く取れずに終わってしまった。

 スタッフ総勢で獲得した景品の集計にあたった。数分後、宇野が前に立ち、結果発表が行われた。

「お疲れ様です。結果はこちらに掲示しましたのでご覧下さい」

 宇野は後ろに掲げた掲示板に手を向ける。結果は以下の通りとなった。

・鈴木裕斗(二十三歳)獲得数二個

・神谷達人(二十五歳)獲得数十七個

・柊祐奈(二十四歳) 獲得数十三個

・高野龍一(十九歳)獲得数八個

・影山雅人(三十六歳)獲得数十七個

・早川正太郎(二十九歳)獲得数六個


「これって……」

 神谷と影山の獲得数が並んでいた。と、いうことは二人が優勝という意味なのだろうか。

「神谷選手と影山選手の数が並びました。本来、同率優勝となりますが、今回は単独優勝ではないといけません。よって二人で優勝争いをしてもらいます」

 宇野は提案した。これが本当の決勝戦であることに……。

「ルールは簡単。同時に同じ景品を取ること。少ない回数で取れたら勝ちです。同じ回数で取れた場合は別の景品で再チャレンジしてもらいます。いいですね?」

 神谷と影山は頷く。これが本当の最後の勝負となる。

「あれ? どこ行くの?」

 僕はその場から立ち去ろうとする柊祐奈を呼び止めた。

「私は負けたの。負けたなら負けたで潔くこの場を去るわ」

「ちょっと待ってよ。せっかくここまで来られたんだし、神谷のこと見届けてあげようよ」

 僕は後ろ姿の柊祐奈に語りかけるも振り向いてはくれない。

「誰があんな奴。私は自分に都合が良かったから手を組んでいただけ。用が済めば赤の他人に過ぎないわ」

 柊祐奈の冷たい発言に僕は悲しくなった。先程まで彼女は心から楽しむようにプレイをしていた。それなのに今の彼女にはそれが感じられない。本当にその程度のものだったのか、僕はそうは思えなかった。

「でも、せっかくだから……」

 それでもどうしても僕は彼女には最後までここにいてほしかった。例えどんな結末が待っていようと柊祐奈にはここには居てほしい――そう思ったのだ。

「私、クレーンゲームは好き。昔ね、父がクレーンゲームで私の好きなキャラのぬいぐるみを取ってくれたことがあったの。その時は父が格好良く見えた。でも、それが最後だった。他には挑戦していくけど成功した試しがない。全てがカッコ悪かった。だから私はその父が最後に格好良く取ってくれたクレーンゲームをするのが自然と楽しむようになった。単純だけどそれが、私がクレーンゲームをする理由。そして、今回は賞金目当てで大会に出場したけど願いは叶わなかった。でもいいの。またキャバクラで稼ぐから。また……」

 柊祐奈は言葉に詰まった。後ろ姿なのでこちらからは表情がまるでわからないが、悲しい表情をしているのはなんとなくわかった。

「ゆう……ちゃん?」

 僕は恐る恐る彼女のあだ名を口にした。

「何よ!」

 柊祐奈は八つ当たりのように声を荒らげた。

「お父さんの借金は本当なんだね。それにキャバクラで稼いでいることも」

「そうよ。私が好きでキャバクラで働いていると思う? 女を売らないとたどり着けない金額よ。だから私は見た目を変えたの」

 そう言って彼女は頭に手を置いて髪の毛を引きちぎって床に投げ捨てた。いや、引きちぎったのは本物の髪の毛ではなく、彼女が投げ捨てたのはカツラだった。そう、彼女は金髪ではなく、ショートの黒髪だったのだ。そして彼女は僕の方に振り向いてこう言った。

「これが本当の私の姿よ。どお? 真面目そうでしょ? こんな子ではキャバクラではやっていけないからあえて金髪にしたの」

 金髪のカツラを脱ぎ去った柊祐奈は幼く見えてヘタをしたら高校生に見えるくらいだった。金髪の時は色のせいかそちらに視線が行ってしまいコギャルのイメージが強い。女は髪一つでここまでイメージが変わるものだと再確認した瞬間だった。

 でも、やはり柊祐奈は元々顔が可愛いのでどの髪型でも似合ってしまうことは否定できない。そこは素直に認めよう。

「余りにも可愛すぎて腰が抜けたのかな? それは悪いことをしたわね」

 見た目は変わったが中身は元のままである。それさえ無ければ完璧と言えたが、なかなかそんな人はいない。

「もしも、神谷が勝ったら賞金の半分をゆうちゃんにあげるよ」

「え?」

 柊祐奈は惚けたような意外そうな顔をした。

「僕と神谷がペアで参加したということは仮に神谷が優勝しても分け前は僕と山分けっていう契約だったし、その勝ち取った半分の金額あげるから一緒に神谷を応援してくれるかな?」

「あんた、自分の言っていることがわかっているの?」

 自分でもなんでこんなことを言っているのかわからなかった。でも、せめてもの気持ち、僕は彼女の手助けをしてあげたいと心からそう思ったのだ。

「わかっているよ。元々僕にはクレーンゲームの実力はなかった。決勝の中でも断然僕がビリ。僕はお荷物だったんだよ。ゆうちゃんはこの中では実質三位の実力だ。充分素質がある。賞金をもらっても文句はないほどに。だから僕が貰うよりもゆうちゃんが貰うべきだとそう思ったんだ」

 僕は自分の発言に後悔はなかった。これが僕の本心だ。

「……バカね、あんた。そこまで言うなら最後まで見届けてあげてもいいわよ。神谷、勝てるといいわね」

 少し上から目線ではあるが、僕は気にはならなかった。

「じゃ、見通しの良いところに行こうよ」

「そうね」

 柊祐奈は床に投げ捨てた金髪のカツラを付け直して神谷の試合を見に行くことに承諾してくれた。

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