◀︎▶︎1プレイ
疫病神のあいつは毎日のようにゲームセンターに訪れた。
開店から閉店までの間、少なくとも疫病神は店に入り浸っていた。常にいるというわけではないが、僕の就業時間である朝の十時から夜の二二時までは毎回のように見かける。僕が週五日働いているのでその五日は必ず疫病神はいる。僕が休みの時ももしかしたら来ていると考えたら毎日ということになる。平日の昼間でも来ていたので疫病神は普段仕事をしているのだろうかと疑問を感じていた。毎日ゲームセンターに来ているということは暇なんだろうか? ゲームセンターというところは遊ぶところであって働くところではない。働いていると言えば店員である僕のことを指す。毎日ゲームセンターに入り浸って遊んでいるということは普段の収入源が謎である。ここに来るということは少なくとも遊ぶ為の金を持ってきていることになる。その金の経緯はどこから来ているのだろうか。まさか良い歳をして親のスネをかじっているのか、それとも犯罪に手を染めたやばいことをしているのか――と、悪い予感しか思い浮かばない。
そういえば、こんな話を聞いたことがある。あるサラリーマンが宝くじで六億円当ててゲームセンターに入り浸っている話をテレビでやっていた気がする。もしかしたら疫病神は宝くじで高額当選をしたのかもしれない。それなら辻褄が合う。時間もあるし金もあれば毎日のようにゲームセンターに来ていても不思議ではない。しかし、例え将来働かなくてもいい金額を手に入れたとしてもゲームセンターで過ごすというのもどうかと思う。僕なら少なくとももう少しマシな生活をすると思う。と、言っても実際に生涯働かなくてもいいほどの金額を貰ったことがないので、どのように生活するかはわからない。と、まぁ疫病神の懐事情はさておき、どのような経緯で店を閉店させたのかが問題である。
疫病神は開店と同時に何もクレーンゲームに真っ先に向かう訳ではない。むしろ、クレーンゲームは終盤にプレイするのだ。では、来店時には何をするのかといえば初めに格闘ゲームをするのだ。勝てば百円で長いこと遊ぶことができる。疫病神は百円で何時間もプレイをするのだ。ひたすら勝ち続けている。そして、飽きたらわざと負けるのだ。つまり、実力では負けなしということになる。横目で覗いたことがあるのだが、疫病神は慣れた手つきで十字キーとボタンを組み合わせて操作する。ゲーム好きの僕の目から見ればその操作の仕方は並のレベルではない。
そして、次に行うのは車のレースだ。まるで本物を操作しているかのようにハンドル裁きが凄い。ハンドルが壊れるのではないかというくらい激しく回しているのだ。それもひたすら勝ち続ける。やはり飽きればわざと負けるのだ。実力では必ず勝つと言ってもいい。そして、その後も店内を巡回するようにリズムゲーム、太鼓の達人、メダルゲームと様々なゲームをプレイしていく。メダルに関しては百円で数十枚両替できるのだが、疫病神はその百円で何千枚と膨らませることができるのだ。まさに驚異的な実力である。メダル持ちといったとこで溜まったメダルはカジノのように遊ぶことができるので店では注目の的である。現金ではない分、多少負けても傷が浅いのでカジノ気分を味わうのであればおすすめである。
と、まぁ疫病神は午前中から夕方にかけてそのように過ごしていた。お腹が空いてどこかのファーストフード店に行く以外はずっとゲームをやり続けているのだ。よくもまぁ、そこまでゲームをやっていて飽きないものだと言いたいところだが、残念ながら同じゲーム好きの僕からしたらその気持ちはわからなくもない。一度遊びだしたら永遠にやっていられるのではないかと言うほどハマってしまうものだ。僕も昔経験があるのだが、学生の時、RPGのテレビゲームを買ってプレイしてみたらハマってしまったのだ。三日三晩ぶっ通しでやったこともある。流石にそこまでやれば精神的に疲労が半端なかった。風呂に入ることやご飯を食べることや寝ることの欲求なんかよりもゲームをしていたのだ。我ながら恐ろしいと感じた出来事だ。学生ということもあり、そのような過ごし方ができていたが、今となってはそのような生活をしたら死ぬと思う。働き出して二十歳を超えるとなかなか学生時代の過ごし方をするのは厳しいものである。時間がないというのももっともだが、なんと言ったって体力が衰えるのだ。集中力もなくなるし、欲求が強くなるのだ。お腹が空いた時にはしっかり食べたいし、眠りたい時にはしっかりと寝たいものだ。だから今はゲーム好きではあるが、程良く自分の身体と相談しながらしている。
対する疫病神と言えば、学生時代の僕以上にゲームやっているのだ。二十歳を超えた良い大人にも関わらず(働いているか定かではないが少なくとも社会に出る歳ではある)ゲーム画面と何十時間も向き合っているのだ。目が疲れないのかと聞いてやりたいくらいだ。店内の照明は雰囲気を出す為に薄暗くなっているので、やり続ければ目を悪くするのは避けられない。あまり長時間いるのはおすすめできない。ちなみに僕はゲームのやりすぎで視力が低下してしまい、丸メガネを付けている。陰キャラに見えてしまうのはこの際、認めよう。だが、疫病神はそれをもろともせずやり続けている。メガネはかけていないがコンタクトくらいはしているのかと予想する。
夕方を過ぎた辺りで遂に疫病神はクレーンゲームの方へ動き出す。ここからが本題だ。まず、疫病神は店内の全てのクレーンゲームの台を一台一台、目を光らせながら巡回する。その動きはハイエナが獲物を探すかのような動きである。疫病神はすぐにプレイをしたりしない。まず、他の客がプレイする様子を影から伺うのだ。僕が思うにその行動は難易度を調べているのかもしれない。アームの強さや景品の配置といったありとあらゆる分析をしているようにも見える。自分では挑戦せず、まずは他人の軍資金で情報を得ようとするのだからなんともいやらしいと言えばいいのか意地汚いと言えばいいのか微妙なところである。もしかしたら他人がプレイするのを夕方まで待っていたのかもしれない。基本、ゲームセンターは夕方になってくれば客が増えて来る。学校終わりや会社終わりの人が暇つぶしに来るのでこの時間帯が遊ばれやすいのだ。疫病神はそれを狙って来たのかもしれない。そう考えるとますます意地汚く見える。じっくりと観察した疫病神は他人が諦めた台にお金を投入する。観察したかいもあり、その動きに迷いはなかった。的確な位置にアームを止めて下降させた。アームは景品を引っ掛けるようにして落とし口に弾き飛ばした。まるで自分の手のように正確に景品の隙間をピンポイントで捉えたのだ。まさに神業とも言える。先程まで頑張っていた人は十回以上も賭けていたが取れる気配がなかった。しかし、疫病神の手にかかれば一回、百円で取れてしまうのだ。諦めた人が見れば嫌がらせのようにしか見えない。「お前は何十回挑戦しても取れなかったが、俺にかかれば一回で取れるんだよ」と言っているかのように疫病神の顔はドヤ顔だ。取れなかった人の気持ちを考えると腸が煮え返るほどだ。疫病神はどこをどの辺りに狙えばいいのか熟知しているようであった。狙った獲物は逃がさないと言ったもので必ず獲得しているのだ。初心者向けの簡単な台であろうと上級者向けの難易度が高い台であろう疫病神の腕を持てば取れないものなどない。店を出るときは両手いっぱいにして景品の袋を束ねて帰るのだ。それはまるで衝動買いをした後のように満面の笑みで帰る。夕方を狙った理由としてもう一つ考えられるのは、獲得した景品の置き場所に困るということ。早い段階で手にいっぱいの景品を持っていると閉店までいると考えれば、かなり邪魔である。毎回、移動する度に獲得した景品も持ち歩くとなればかなり大変である。そのことも計算に入れているのか、疫病神は帰りが近い夕方を狙ったと考えられる。まさに一石二鳥の行動と見える。ある意味尊敬してしまうほどだ。疫病神が帰った後は必ず台の景品は無くなっているのだ。跡形もなく。難易度を高くしているのだが、それでも取られてしまう。かと、言ってこれ以上難易度を上げてしまうと誰も取れなくなってしまうのでそこは留まっている。
ちなみにゲームセンターの景品の原価は八百円までと決まっている。最大八百ということなので一番の大物の原価は八百円である為難易度はそれなりに高い。つまり、店としては八百円以上使わせれば儲けられるという仕組みになっている。しかし、疫病神は原価以内で景品と取ってしまうのだ。最大でワンコイン五百円以内で取られてしまう。そうなってしまえば店としては赤字ということになる。疫病神はそれを毎日原価以内で取るということはどうなるか、もうお分かり頂けただろうか。店泣かせだ。クレーンゲームだけに留まらず、店のゲームを少額で遊ばれ、帰る時には両手いっぱいの景品の数々……。それは店に取って疫病神そのものである。
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