Scene:28「拠点強襲」
夜の中を舞う影があった。
影の正体はシュウ。彼は異能で音を消して非常階段に着地すると、すぐさま階段を登りドアの中へと消えていく。
侵入と同時に反響で屋内の構造を把握し、それと並行して足音から敵の位置を把握する。
敵の位置は現在、一階に一人、三階に二人という状態だ。
シュウが現在いるのは四階。その為、そのまま敵をスルーして反対側から出ていく事にした。
別に今回、彼らを相手にする必要はない。今回の彼の役割は潜入工作なのだから。
今回、シュウに課せられた作戦は敵拠点に潜入して所定ポイントに爆薬を仕掛ける事。
作戦完了後、爆破が行われ必要物資を破壊して敵が混乱している中を味方が襲撃していくという段取りだ。
まずは物資の保管されている倉庫各所に、続いて武器保管庫に……
そうして彼は手際良く爆弾を設置していく。
敵拠点は広く敵もその全ての場所に見張りを隙間なく配置する事はできなかったようだ。
ただ流石に司令室や宿泊用施設のある場所の見張りは厳重でシュウもそこに近づく事はできなかった。
作業をしながら思うのはこれからの事だ。
ヒストゥーの支援を受けて態勢を整えた連合は反撃の狼煙として、この敵拠点を強襲する事に決めた。
理由はこの拠点がフォルンに一番近い事もそうだが、ここを潰す事で他の拠点同士を繋ぐ補給路を潰すことにも繋がるからだ。
無論、他にも補給路は存在するので、完全に補給を潰す事はできないが、それでも敵の選択肢を一つ潰している事には変わりない。
一通りの箇所に爆弾の設置を終えて、望遠鏡を使って敵拠点内を見回す。
敵の動きに不審な点はない。どうやらまだシュウの潜入に気付いていないようだ。
余裕はまだある様子。その為、シュウは敵の戦力の確認も始める事にした。
見晴らし良い所に移動し、双眼鏡を構える。
事前に渡された敵の戦力に関する資料。その中の異能者の項目にあった顔が敵拠点内にいないか確認しようとしているのだ。
(一……二、三……四…………五……六人か)
今、見える範囲でそれだけの顔が確認できた。
屋外だけでこれだけいるなら、屋内も含めれば最悪一〇人ぐらいは想定すべきだろう。
(とりあえず身体強化が二人に、遠距離系が三人、それにゴーレム使いが一人か)
ゴーレム使いは一二体の鳥型を生み出す類らしい。身体の為に用いる素材は何でもいいらしいが、前回シュウ達が標的としたゴーレム使いと比べると数が少ないという印象を抱いてしまう。最もそれは前回の敵の最大数が異常なだけの話なのであるが……
(とりあえず索敵向けの異能者は今の所なしか……)
資料と見比べて一安心する。
索敵向けの異能者がいないのはシュウにとっては都合の良い状況である。
異能の存在する現在の戦場ではどれだけベストを尽くして潜入しても、相手の異能次第で即座に発見される恐れがあるからだ。
以前に見た過去視、読心、遠視……
思いつくだけでもこれだけ該当するものが出てくる。
想定していないものまで含めたら、対応しきれないだろう。
何にしても全ての異能者を確認した訳ではない。多少気楽にはなっても油断だけはしないという心積もりをするシュウ。
時間を確認すると、次の見張りの交代の時間まで残り三十分を切っていた。それは同時に作戦のタイムリミットでもある。
外では味方が敵に気付かれぬよう隠れており、彼の爆破を待っている状態だ。
流石にそろそろ潮時。そう判断してシュウは移動を始めた。
爆破後の敵の動きを予想し、敵の目が薄くなりそうな場所で身を隠す。
後は爆弾を起爆するだけ。そうしてシュウは起爆ボタンを押した。
シュウがボタンを押した事で爆弾が次々と起爆し、轟音と赤の破裂、そして黒煙が吹き上がった。
悲鳴と爆発音が奏でる戦いの始まり告げるBGM。そのGBMを合図に隠れていた連合とヒストゥーの部隊が動き出す。
見張りが敵の発見を告げた。
敵の襲撃に消火をしようとしていた幾人かが現場を離れていく。
爆破の炎は今なお続いており、既に数分経過している現状で火の勢いが弱まる様子がない事から水や炎を操るといった異能者がいないとシュウは当たりをつける。
敵の中にこちらに向かって動く姿もない。
爆破があった以上、潜入されているのには気付いているはずなので、恐らく向こうにシュウを探す手段がないのだろう。
と、なれば向こうは周囲を警戒しながらの防衛を務めるしかない。
爆破の方はかなり上手くいった。仕掛けた倉庫、武器庫はどちらも派手に損壊しており、今も尚燃え爛れている。あれなら中身はほとんどが使い物にならなくなっているだろう。
混乱の声や動きは未だに続いているが、既に戦いは始まっている。
そんな中でシュウは己の異能と耳に意識を集中させていた。
今、彼が動いた所で効果的な打撃を与える事はない。精々が数名の戦力の減少が関の山だろう。
だから、彼は待つ。己という存在が一番に活きるタイミングを……
と、前線の方で動きがあった。聞こえてくる音が変化したのだ。
それは戦い方が変わった合図。経過時間を考えると敵の異能者がようやく迎撃に参入したのだろう。
向こうにはオルストやヒストゥーの異能者もいる。異能者が参戦した所ですぐに崩れるとは思えないが、侵攻速度は落ちるのは間違いない。
聞こえるが音が大分、戦場の方に寄ってきた。
敵の戦力の大部分が向こうに回ったと考えてシュウは動き出す。
まずは重要施設の様子を探る事にした。
司令部のある建物の警戒は流石に厳重のままだ。ただ、それ以外の警戒はかなり手薄になっている。やはり、前線を抑える為に戦力を回しているのだろう。
火の手も大分収まっており、そこには既に人の姿はない。
今なら前線の背後を突く事も可能。ただ、それでも効果は限定的だろう。
手持ちの武器は残り少ない爆薬と信管、そして短剣、針数本とサイレンサー付きの拳銃だ。
(さて……どうするべきか?)
一番効果的なのは司令部を壊滅させる事だが、流石にシュウ単機では荷が重すぎる。
衣服を奪って変装しても怪しまれるだろう。
残りの爆薬の量では司令部のある建物を外から潰せるかは怪しい。
やはり、どう考えても司令部の壊滅は現実的ではなかった。
(と、なれば別の所だな)
そう結論を下してシュウは次案の検討に入る。
急所を狙えないなら、次に弱い所を狙う。
当然の考え方だ。それが駄目なら次の箇所へ……
そうして検討と破棄を繰り返して、下された結論は『前線に干渉して味方を突入させる』という案だった。
現状、優位に進んでるシュウ達、連合とヒストゥーの混合軍だが、それは時限式の優位だ。
時間が経てば敵の増援が到着し、戦力差は逆転されてしまう。
つまり、それまでにこの拠点を破壊しないといけない訳である。時間を掛けてはいられない。
前線側に移動して高所より戦闘の状況を観察する。
現在、戦場となっている前線は敵によってバリケードを張り巡らされていた場所で、敵はその設置をしたバリケードを使って耐え凌いでいた。
味方側は攻めあぐねており、敵側の異能者の投入もあって侵攻が完全に停止してしまっている。
状況的に押し返さられる心配はなさそうだが、それでも時間は味方ではないのだ。早々に突破して敵拠点内に侵攻したい所ではある。
陣形を眺める。
混合軍は戦力を集中させての正面突破を目論んでいるらしい。対しカルセム側はバリケードを盾に攻撃を防ぎ、的確に反撃して混合軍の足を止めさせていた。
混合軍側には遮蔽物がなく、そのせいで迂闊な突撃をすれば敵の反撃によって蜂の巣にされる状態である。これでは進みにくいだろう。
敵が優位になっているの原因はバリケードの存在だ。それが取り除かれれば敵が優位な条件は消える。
奥を見ると敵はさらに新たなバリケードを構築している最中だった。突破された時を見越して準備をしているようだ。
余り時間を掛けていられる状況ではない。
思考は数秒。それでシュウは大まかな方針を決定した。
高所から降りて前線へと近づいていく。
途中、鍵の刺さったままの車両を見つけた。付近には敵兵士の存在は見当たらない。
それを見てシュウは車両を利用する事にした。
燃料部に残りの爆薬を仕掛けて信管を仕込む。
後は瓦礫を座席に持ち込み、車両を発進させる。
車両は一旦、前線が見えるが敵に見咎められない所でストップ。そこでシュウは運転席に工作を施す。
工作の内容は単純でアクセルを押しっぱなしするというもの。これでシュウが飛び降りても車両は進み続ける事ができるだろう。
後は発進するだけだ。敵の様子を伺い、そうしてまだ敵がこちらの存在に気がついてない事を確認するとシュウは車両を発進させた。
最初は味方の車両が近づいてきているだけだと思って敵側は誰も気にもとめない。
だが、止まる様子を見せず前線へと突入してこようとしている様子を見て、ようやく異変に気がついたようだ。
まずは止まるように呼びかけて、それで止まらないと悟るとすぐさま射撃を放ち無理矢理車両を止めようとした。
顔をできるだけ伏せて車両の向かう方向を定めていく。
そうして車両が安定したのを確認すると、車両から飛び降りる。
後は敵から逃れながら起爆するだけだ。
車両がバリケード地帯に到着する。
背後から攻めってきた車両に隠れ潜んでいた敵が反応し逃げ出していく。
暴走していた車両がバチケードの一つと激突した。それを見てシュウはスイッチを起爆する。
直後、車両が派手な爆発を起こしてバリケード地帯を吹き飛ばした。
突然の爆発で混合軍も敵も地面に伏せている様を見ることができる。
この爆発の最中にシュウは前線より離脱。敵の目から逃れようとしたのだが、その目論見は上手くいく事はなかった。
彼を追いかける足音が聞こえていたからだ。
足音はペースが早く、そして踏む力が強い。恐らく追いかけて来ているのは身体強化系の異能者だ。
速度で振り切るのは不可能。故にシュウは迎撃を選択することにした。
十字路を曲がり拳銃を構える。
敵の位置は足音を増幅した事で把握している。
後、数歩の内に曲がり角から飛び出すだろう。シュウはそれを持ち受けて狙うつもりである。
だが、敵は意表を突く方法をとってきた。
足音が壁から聞こえたかと思うと、敵が高い位置から飛び出してくる。
壁を足場にした跳躍。予想よりも遥かに高い位置からの飛び出しにシュウの銃口は追いきれない。
待ち伏せを読まれていたのだ。恐らく潜伏していた事からシュウが件の音使いだと感づいていたのだろう。
待ち伏せを避けた敵は持っていた銃火器でシュウを狙い、放つ。
左腕が撃ち抜かれた。
痛みで身体が硬直するが、固まる身体に鞭を打ってシュウは懐からスモークグレネードを投じる。
煙が吹き出すと同時に敵が後ろに下がった。それと同時に持っていた手榴弾を全て投げつける。
「!? まずっ……」
わからないなら広域に攻撃を仕掛ければ良い。単純明快な敵の一手にシュウは逃げる選択肢しかない。
各所で爆発音が響いた。
どうにか爆発の届かない路地へと逃れる事に成功したシュウであったが、油断はできない。
そのまま逃走を決め込んで敵との距離を離そうと全力で路地を走り抜ける。
しかし、逃走先には兵士の待ち伏せがあった。やはり、シュウの手の内が読まれているらしい
「流石に見せすぎたか……」
シュウの得意とするのは異能を使った奇襲。
音で敵を見つけ、音を消して潜み、死角や気を緩んだ所を仕留めるという手法だ。
この戦法は初見や警戒していない相手には有効的であるが、逆を言えば知られてしまえば対策を打たれやすい。
今がそうだ。
変則的な角からの飛び出し、手榴弾の全投擲に、逃走先を予想しての兵士達の配置。
爆破までは上手くいっていたが、交戦に入ってからは劣勢が続いている。
恐らく潜入までの対策を諦めているのだ。
全ての異能による侵入をブロックするだけの力を持っている勢力等どこにもない。寧ろ、すればするほどその為に支払うコストと見合わなくからだ。
そもそも古今東西、守り側の情報はどれだけ慎重に隠蔽を施したとしても、いずれは
そもそも完全にブロックそのものが理想論なのだ。
ならば、初撃は諦めて受け入れ、その後は情報収集と態勢を整えて迎え撃つ。
それが敵のスタンスなのだろう。
爆破まで上手くいったのは相手がシュウの潜入を認識してなかったが故、認識してしまえば対策を打つ事ができる。
その結果が現状であった。
奇襲だけの手札では通じない。
早急に新たな一手の必要性を感じ取るシュウであったが、それも今の窮地を脱してからの話だ。
方向転換を諦めて兵士へと肉薄する。
身を低くしての接近。これには逃走、もしくは銃撃での反撃を想定していた兵士も戸惑った。ただ、それでも銃口を合わせて引き金を引こうとする。
感に任せてのサイドステップ。それで一射目が頬を割いた。
薬莢が排出され装置が次弾を装填する頃には既に接近戦の間合い。
近づいている間に抜いていた短剣が線を描いた。
狙いは銃を構える手首。
筋を切られた腕から力が抜け、兵士の手から銃が地面に落ちる。
片腕をやられた兵士は過ぎゆくシュウへと身体を回して追いながら残った片腕で短剣を抜く。
しかし、シュウは戦闘の継続ではなく離脱を選んだ。
使っていた短剣を投じて牽制すると、そのまま兵士との距離を開きに掛かる。
「!? 対象はこっちだ!!」
逃げられると判断した兵士は仲間を集めようと大声を張り上げた。
ただ、シュウのやる事は変わらない。
そもそも兵士を殺すまで戦ってしまえば他の兵士達に囲まれるのは自明の理。今、彼がすべきは敵の包囲網を突破であるのだ。
ただ、少しは意地悪をすべきかもしれない。
「騙されるな!! その声は罠だ!!」
異能で同じ声にして叫ぶ。
どっちを信用するかはわからない。あるいはどっちも信用せずに対処する手だってある。と、思ったら相手が対抗手段を講じてきた。
「『東部の怒り』!! 最初のが俺の声だ!!」
秘密の合言葉で真偽を確かめる。恐らく合言葉は一度きりの使い捨てだろう。だからこそ、一度だけ確かに効力を発揮する。
異能で足音だけに限定して増幅してみると、周囲からこちらに近づいてくる複数の足音が聞こえてきた。ご丁寧に全ての通路を潰してきているようだ。
用心深いことだと思いながら周囲を見やる。
手を掛けるものが多い、この路地の地形なら上に登る事はできるが、恐らく兵士が配置されている可能性も高い。飛び出せばその瞬間に火器に晒される事になるだろう。
ならば、とサイレンサー付きの拳銃を取り出して窓に射撃。三発で窓が割れ、崩れたのを確認するとシュウはそこから建物の内部へと侵入した。
後は向かい側の窓を同様の方法で割ると、そこは通らず二階に上がりベランダからベランダ、排水管や突起物を足場に別の建物に飛び移っていいく。
当然、音は異能で消しているし、敵の頭上を通り抜ける時は相手が過ぎ去ったのを確認してから行動している。
敵は向かいの窓からシュウが出ていったと勘違いしてくれたのだろう。
そのまま見当違いの方向へと移動していってしまった。
敵の動きを把握して、シュウは簡易医療キットで傷を塞ぎながら、これからの方針について考え込む。
このままほとほりが一旦覚めるのを待つか、この場所から急いで離脱するか。
敵の考えが読み切れない。勘違いしたまま去ってくれたなら御の字だが、シュウの異能への対策度から考えると、報告を鵜呑みにせず『シュウはまだこの区域に留まっている』と仮定して対処してくる可能性も十分ありえる。
しかし、移動するとなると見咎められる確率が潜んでいる時よりも高くなってしまう。
(!? そうだ。戦況は?)
自身の事で一杯一杯で前線がどうなっているのか疎かになっていた。
異能で音を拾ってみると前線の音がかなり移動している。どうやら味方は突破に成功したようだ。
防衛線を抜けられて混戦の様相を呈しているらしく、戦いの音が先程よりも広くなったように聞こえた。
(この様子なら向こうもこっちにかまけている余裕はなさそうだな)
と、なれば手っ取り早く蹴りを付けようとするだろう。とは言え、多人数を回す余裕はない。
で、あるならば……
(未確認の異能者の中にそれ向けの類がいるなら、こっち割り振ってくるはず……)
直後、シュウのいる戦場が新たな動きを見せた。
足元がぐらいついたかと思うと、突然沈み始めたのだ。
沈みだしたのはシュウだけではなく、周囲の車両や物、果ては建物すら沈み始めている。
しかも、見える限り全て。かなり広域だ。
(戦術級の範囲!? こっちを炙り出す気か!!?)
足の感触が変わったのを感じたと同時に手近な壁に飛びついていたシュウは敵の狙いを悟る。
敵の狙いはシュウがこの沈殿の範囲から脱出しようとするのに合わせて仕留める事。
基本、ここから逃れるとなれば建物の上を移動する事になるだろう。
だが、それを読んで敵達は狙撃を構えているはず。
上に出れば狙撃の的、しかし何もしなければ周囲と同様に地面の中に沈められる事になる。
周囲はゆっくりとだが確実に沈んでいる。このまま二十分もすれば一帯は地面の下に埋まる事になるだろう。
それまでに脱出する方法を考えなければならない。
先程のようにベランダからベランダ。パイプや突起物を使って上に出ずに移動する事は可能だろう。
けれども、その方法では時間が掛かってしまうし、いけるイメージが湧かない。
やるならもう一工夫は必要だとシュウの感が告げている。
(……状況を整理しよう)
今、すべきなのはこの一帯からの脱出。しかし、上へ出てしまえば間違いなく狙われるだろう。
下からは論外だし、そうなると安牌のルートはやはり、その中間。ただし、こちらは時間が掛かる。
周囲に敵の気配はない。恐らく巻き込まない為だ。この異能者がこちらに回されたのもそれのせいで向こうでは出番がなかった為だろう。
(敵の位置は……多分あっちだろう)
悠斗が逃げてきた方向。少なくても真反対側にいる可能性は限りなく低いし、包囲する程の戦力を割けるとは思えない。逃げるならそちらだろう。
倒す妙案がない以上、逃げるのが堅実。
敵側に行ったとしても、万全の態勢で待ち受けているのは必須でもあるのだし……
(……いや、待てよ。状況的に向こうは沈むまで新たな動きを見せる事はないって事だ。逆を言えばそれまでこっちは自由に動けるし、そもそも俺一人で打開する必要はない)
そうして彼は通信機を取り出す。
通信先はオルクスではなく、イリス。現在、シュウやフィアは彼女の麾下で動いているのだ。
『ーーシュウか。どうした?』
「実は……」
そうして現状を彼女に報告する。
それだけで彼女は大方を理解した。
『把握したミュンゼン達を向かわせる』
「ありがございます。なら、こちらからアクションを掛けるので、それを合図に仕掛けるよう伝えておいて下さい」
『ああ、わかった』
それで通信は終わった。
通信が終われば方針が定った事もあって、その後の動きは素早い。
建物のベランダや取っ掛かり、沈み中の車や壁等を移動の足場にして、シュウは瞬く間に敵を把握できる地点まで移動した。
敵は予想通りの方向で待ち伏せていた。
狙撃態勢を整えている者数名と地面に手をつく者一名。
恐らく後者が件の異能者だろう。
狙撃銃には大掛かりなスコープが装着されている。恐らくサーモグラフィー付きの奴なのだろう。
『こちらミュンゼン、アマネやオルナと共に現着。敵の姿は確認できてるぜ』
そこにミュンゼンの到着報告がきた。
これからの段取りを伝えて通信を終わるシュウ。
そうして彼はスモークグレネードを取り出すと、それを敵の方に投げた。
たちまち白い煙が立ち上り視界を覆う。
それに反応する敵兵士達だが、慌ててる様子はない。
スコープを覗き込み、シュウが飛び出すのを待っている状態である。
しかし、ここで彼らが想定していなかった事が起こった。
ミュンゼン達が背後から奇襲を仕掛けてきたのだ。
シュウ達との戦闘に注力していた分、彼らは驚き対応が遅れてしまった。
その隙を逃さず、ミュンゼン達はその機動力を使って狙撃手達を翻弄し確実に仕留めていく。
そんな中、己を狙う者がいなくなった事でシュウが物陰から飛び出す。
沈下使いはというと、周囲に仲間がいなくなったのを認めて後退を始めていた。
それをさせぬとばかりにシュウが一気に距離を詰める。
沈下使いがシュウの足を止めようと彼の足元を沈めてきた。だが、来ることを予想していたシュウは相手がこちらを見た瞬間には付近にあった廃車の上に上っている。
沈む廃車。だが、シュウの速度は落ちない。そのまま拳銃に射程に入った彼は拳銃を抜き彼の胴体へと数発見舞った。
鮮血が路上に池を作る。
ミュンゼン達の方を見ると、あちらも丁度狙撃手を仕留め終えた所だった。
「少年、何か言うことは?」
「……救援ありがとうございました」
煽られたみたいで少し腹立たしい気持ちを抱くが、助けられたのは事実。
礼を返して彼は戦場の方へと意識を向けた。
戦いの音は随分と離れている。どうやら情勢は大方決まったようだ。と、なればこれ以上、何かをする必要はないだろう。
自身が仕留めた死体を見下ろす。
光のない目が光が指し始めた空を見つめていた。
死の瞬間、この人物が何を思っていたのかふと気になったが、殺した当人がそれを気にする資格などないだろうと結論を下して思考を中断する。
戦いが一段落した事で緊張が解けてきたのだろう。疲れが一気に押し寄せてきた。
瞼が重い。心なしか首の後ろも凝っているような感覚がするし、そこから背中、腰、ふくらはぎとまるで連動するように引っ張られるような感覚を感じる。
何かを考えようとしても、思考が霧散していき纏まらない感覚。
これは本格的に疲れがきてるなとシュウは結論した。こうなると、反省と対策は後回しにするしかなさそうだ。
揺蕩う意識が思考の川を流れていく。
今回、敵が手強くなってきていると実感した。
対抗策に加えて、対策装備まで用意されているとなると、流石に厳しいと判断するしかない。恐らく時期に潜入も難しくなるだろう。
ヒストゥーの訓練を受けて確かにシュウは力を付けた。だが、力を付けているのは敵も同じだ。これは当然の話しである。
停滞していては追いつかれてしまう。だからこそ、簡単に追いつかれない為に大きな一歩が必要だ。
その一歩を得るためにはまたもやヒストゥーの手を借りるしかない。
気が付けば迎えの車両がやってきていた。慌てて周囲の見回すと戦闘は終了したらしい。
思考に熱中しているあまり周囲が疎かになった自身を恥じる。
しかし、疲労感には抗えない。何もかも後回しにしたい欲求に駆られて、思考を終わらせると車両の席に座る。
背もたれに背を預けると、意識が内側を向いた。どうやら知らず知らずの内を目を閉じてしまったらしい。
何故かはわからないが、建物から建物へと飛び移って敵を銃撃で倒す一人称画面のゲームをしている幼い自分の姿が脳裏に現れた。
疑問も、矛盾も感じず、ただそれを当然の事としてゲームをプレイする自身を眺めるシュウの意識。
やがて、それは夢となり、そうして彼の意識は眠りの中へと沈んでいくのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
Scene:28「拠点強襲」:完
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