Scene:13「逆用」

 二人の少年少女が建物の中から飛び出し、こちらに向かってくるのを狙撃手の少女――ファム――は肉眼で確認した。

 彼女がいるのは丘の裏側の影。顔を出しているとはいえ少年と少女がいる建物までは距離があり、普通の人の眼では気付く事もなかっただろう。

 だが、それを可能にしているのが彼女の異能。『遥か遠くのものまで肉眼で視認する事ができる』という力だ。

 ただ純粋に視覚を強化したのか、あるいは視覚情報取得に何らかの手が加えられているのかどちらなのかはわからない。

 それ故に彼女の異能は遠視系、あるいは身体強化系という二種のカテゴリーを得ていた。

 やってくるのはどちらも年の功は十歳ぐらい。この年齢で戦場にいるという事は異能者である可能性が高いだろう。恐らく事前に話に聞いていた音使いと光線使いだ。

 音使いの方は探知を行う事ができるという情報がある事から、先の狙撃である程度狙撃地点を絞られていると考えていい。

 こちらに来た以上、狙いは狙撃手である自身のはず。であるなら放置する事はできない。

 故にファムは狙撃銃の銃口を彼らの方に向ける事にした。

 最初に狙うのは索敵能力のある少年の方。流石に初撃の一発で精確な位置が割れているとは思えない。せいぜいが大まかな方向ぐらいだろう。

 恐らく向こうの段取りとしてはこの丘に登り、そこからこちらの精確な位置を探るつもりなのだろう。

 つまりはまだ狙撃を行えるチャンスはあるという事だ。ただし、外せば今度こそこちらの精確な位置を掴まれてしまう。

 外せないというプレッシャー。だが、ファムはそんな事などお構いなしに標的へと意識を集中させていく。

 そもそも彼女はあまり感情の動く事が少ない少女である。表情もほとんど変わらず、声も常に平坦。そのため、彼女を知っている者達は皆、彼女を無関心な少女だと評価していた。

 最も、彼女にしてみればそういうつもりはない。無関心なのは周囲に関心がないというよりも別の事に意識をとられているからなのだ。

 銃口先についた照準用の突起を少年に合わせる。

 狙撃を警戒しているのだろう。少年は被弾面積を減らすために身を低くして駆けており、その上で斜めになるように進んでいる。

 視界的には横に動いているため照準を合わせるのが難しいが、ファムにとってはそれだけの話。相手の速度を感覚で掴むと、その先を照準を置いておく。

 そうしてトリガーを引こうとした――その時である。

 少女の方が何かを投じてきた。

 少年の方に意識を向けていたファムだったが、少女の動きも見逃さぬように視界の端には捉えている。

 故に投じた『それ』が何かすぐにわかったし、それが自身の所まで届かない事もすぐに把握できた。

 少女によって放り投げられた『それ』。それは砂上を何度かバウンドしてやがて止まる。

 黒あるいは深い緑色をした物体。大きさは手のひら程のサイズで、独特なその形状は多くの人がパイナップルに例えるだろう。

 そうしてそれ――即ち手榴弾は爆発を起こし、周囲に砂塵と破片を撒き散らした。

 凄まじい爆発と煙。けれども、ファムに怪我はない。当然だ。そもそも両者にはまだ距離がある。あの場所からどう投じた所で届く訳がないのだ。

 爆発地点はファナと少年の間。故にファムが傷を負う事はなかった。だが、ファムを舌打ちをする。

 爆発のせいで砂煙が立ち込めており、そのせいで少年を見失ってしまったからだ。

 煙の左右から出てこないかと待ち構えているが、恐らくはそれはないだろう。何故なら――

 そうしている内に煙の向こうから手榴弾が再び姿を現す。

 少年のものであろう、それは地面に当たると同時に爆発。先程と同様に砂煙の壁が生み出された。

 そうこれが彼らの狙いである。手榴弾を使った目隠し。捕捉できなければ狙撃はできないという訳だ。気がつけば少女の方も砂煙の影に隠れていた。

 だが、それもここまで。ファムの記憶している限り、彼らの保有している手榴弾の数はそれぞれ一つずつ。腰の吊り下げられているのを彼女の目が捉えている。

 故にもう一度同じ事はできない。

 とはいえ、これまでの動きから見るに無策だとは思えない。

 両者の距離はかなり詰まっている。時期に少年の拳銃の射程内にも収まるのも時間の問題だろう。

 ファムは狙撃兵だ。武器は狙撃ライフルと護身用の拳銃があるが、専ら訓練は狙撃に比重を置かれている。無論、通常の射撃戦ができない事もないが、推定される能力で比較した場合、少年の方が優位だろう。加えてそこに少女の異能も加わる。

 位置が割れて射撃戦になればかなりの確率で負けるのはファムの方だ。

 だが、それは最初からわかっている事である。というよりもそもそも狙撃兵が的に近づかれる事自体が問題である。

 それ故にそれに対する備えは既に

 その備えが、今まさに姿を現す。

 周囲の砂が風を無視して動き出した砂粒達。それらはそれぞれ集まり一塊になったかと思うと人の形へと姿を変える。そうここにも砂の人形が隠れ潜んでいたのだ。

 彼らに与えられた命令は『ファナに近づく敵がいたら倒す事』と『それまでは砂になって隠れている事』。少年が彼らの範囲に入った事で彼らが動き出したという訳である。

 数は八体。これだけいれば十分な足止めになるだろう。そうしてその間に狙撃を狙うというのがこの『保険』の存在意義なのである。

 二つ目の砂煙から少年が姿を現す。彼の眼前には砂の人形達。

 ファムは狙撃銃の銃口を少年へと合わせる。砂人形と戦い、足が止まった所を狙い撃つ。その瞬間を逃さぬよう少年の一挙一投足を見つめ――


 ――そうして少年の姿が砂人形の影へと隠れてしまった。


 ふと、己の中に走った奇妙な感覚。違和感、疑問、あるいは警告。それらのような違うような感触が己の頭の中に走ったような感じがしたのだ。

 だが、その正体がわからない。それが走った原因も。

 疑問には思うがそれよりも今は少年と少女を捕捉するのが先決だ。狙撃銃を構えながらファナは捕捉を続ける。

 少年もそして少女も砂の人形の影からでてこない。出てきたとしても一瞬ですぐに別の砂の人形の中に隠れてしまう。

 砂の人形は事前に命じられた命令を遂行するだけでファムの指示に従う事はない。最も、動かせたとしても相手はそれに合わせて動くだけであろうが……

 ここに至り彼女はあの二人が狙撃対策として砂人形を逆に利用している事に気が付いていた。

  少し考えてみれば導き出せる事だ。狙撃手は寄られれば弱い。ならば、それに対する対策をしているはずであると。

 そしてその対策の中で砂人形に守らせるという手段は十分想像できる範疇にある可能性であった。それ故に彼らはそれを利用する事にしたのだ。

 砂人形が少年を倒そうと砂の腕を大きく振りかぶる。

 小さな体躯を狙った大ぶりの一撃は――しかし、両者を捉える事なく空を切る事となった。少年がその内側に飛び込んだからだ。

 飛び込んだ少年はそのまま身を沈め足払い。振り抜かれた鋭い蹴りが砂人形の足を破壊し結果、支えを失った砂人形がバランスを崩し倒れていく事となった。

 それを尻目に少年は砂人形の傍を抜き去り、砂の丘を駆け上がっていく。

 それを追っていたファムは即座に照準を修正。捕捉用の突起を少年の頭部の高さに合わせ、ジグザグに動く彼の移動先へと先回りさせるとタイミングを合わせて狙撃銃の引き金を引く。

 放たれた銃弾。音を置き去りにして標的へと迫ったそれは――しかし、少年の左耳を抉るにとどまった。

 頭部を狙ったはずの銃弾が掠めるに留まった理由は単純。少年の動きが急に失速したからだ。

 歩幅を急速に縮めての減速。明らかに狙って避けたという証だ。

 狙撃のタイミングを読まれたのか、はたまた単純な感か。いずれにせよ。今ので仕留めきれなかったのはファムにとっては痛い。

 少年が左手で左耳部分を抑えながら右手でこちらの方を指差す。今の狙撃で位置を特定したのだろう。顔は負傷の痛みで歪んでいるがどうにか体は動いている。どうやら年齢の割にタフな精神力を有しているようだ。

 少年の誘導を見て少女のほうが即座に光弾を生み出す。

 この瞬間はファムは狙撃を諦め、撤退へと意識を完全に移行。光線を潜り抜けながら砂の山をすべり台のように滑り下ると、止めていた単車へと跨りすぐさまアクセルを全開にした。

 元々、今回の作戦の目的は敵勢力の評価が主で壊滅は二の字。だからこそ、餌として使い捨てられる強盗団を寄せ集めたのだ。

 見た所、作戦や手際などは悪くない。保有している異能者も十分なものだろう。



 けれども、だからこそ断言できる。この戦いこちらが勝てると。



 ファムは背後を振り返る。

 見えるのはようやく砂の丘を乗り越えてこちらを見下ろす二人の影。流石に単車で逃げるこちらを追いかけてこようという素振りはない。

 通信機は取り出す。周波数は既に設定済み。

 そうしてファムは自身の仲間達に戦いの結果を報告するのであった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「……逃げられたか」

「みたいね」


 悔しげな声色でフィアが視線の先、遠ざかる単車の影を睨みつけている。

 気持ちとしてはシュウも同じであるが、追いつく術がない以上どうしようもない。

 ただ逃げ方が随分と潔いのが気になる。別の狙撃地点へ移動している可能性も考えたが、それなら別の砂の丘の影に隠れた方が行き先を絞られにくいはずだ。

 となれば逃げたと考える方が自然ではある。

 と、その時、二人の背後の方から何かが崩れ落ちていく音が響いてきた。

 振り返って見ると二人を追いかけていた砂の人形達が形を失って次々崩れ落ちている所だった。

 雨のようにボロボロと落ちる砂の塊。最初は小さな塊だったそれが時間経過と共に大きくなっていき、最後は土砂降りの雨のように一気に崩れていく。

 そうして最後に残ったのは落ちた衝撃で舞い上がった砂煙。最早、執拗に追いかけていた人の形はどこにも見当たらない。


「状況的に切れたというより切ったっていう感じだな」

「そうね。『作戦が終了したから切りました』という所かしら……」


 嬉しいニュースではあるのだが、二人の表情は晴れない。

 その理由は相手の早期に撤退を判断した事にある。そうそう諦めきれるのは相手にそれだけの余裕があるからだ。つまり、この敵は再び襲撃してくる可能性が高い。

 それ故に二人共表情を曇らせていたのである。

 とはいえ、戦闘が一段落ついたという事には変わりない。

 警戒を続ける必要がなくなり、ほっと息をつくシュウ。とはいえ、結果は喜べるものではない。

 死者が一名。それも自分達の傍で発生した。

 あの時、彼女の提案を止めていれば彼女が死ぬ事はなかったかもしれない。けれども、その場合狙撃に気付く事もなかった。

 狙撃に気付いた今なら『その可能性を考慮して砂の丘の方を偵察にいく』等の案が思い浮かぶが、あの時はそれすら思い浮かばなかっただろう。

 自然と拳が強く握られ、それと共に今まで無視していた激痛が蘇る。その痛みでシュウは自身が負傷している事を思い出す。


「それ大丈夫なの?」

「大丈夫なっ……わけないだろ」


 肉が抉られ露わとなった神経が空気に触れて過敏に反応する。その激痛を堪えつつシュウは携帯していた応急セットから絆創膏を取り出して貼り付ける。さらに包帯も取り出すと、巻いて絆創膏を固定。位置の関係上に包帯が目に掛かるが戦闘が終了した今ならそれ程支障はない。

 痛みがなくなる訳ではないが、それでも神経が絆創膏に隠れたおかげで幾分かはマシになった。


「全く……よくあの狙撃を躱したわね」

「砂人形を抜ければ……すぐ狙われるのは読めてたからな。流石に標的の優先順位は先に抜けた方を狙うだろう。後は偏差射撃を見越して速度を変えるだけ。流石に細かなタイミングまではわからなかったから、そこは運を天に任せるしかなかったけどな……」


 結果、左耳を負傷する事にはなったが、接近と敵のより詳細な位置を特定する事に成功した。とはいえ敵の方も判断が早かった。狙撃が失敗した段階で即座に撤退を選択したのは見事だと言わざるを得ない。


「あっさり引いた所から見るに向こうは倒すよりも情報収集って感じかしらね」

「かもな。ゴーレムを解除するのが早すぎるし。俺が向こう側なら戦闘継続でそのまま別の狙撃ポイントに行くな」

「でも、それをせずにあっさり引いたって事は――要するに向こうには今回とは違う別の機会があるって事よね?」

「そういう事になる」


 その機会がいったい何時なのか。情報収集をしてきた以上、それはそう遠くない事のはずだ。

 しかし、それ以上に気になるのは――


「それにしても一体どこの勢力がちょっかいを掛けにきてるのかしら?」


 という点である。

 少なくても用いられた異能は未知のもの。交戦経験もなければそういった情報を耳にしたこともない。

 無論、他勢力の中には異能の内容を隠している所もあるが、それでもこれだけ大規模な異能である。使った瞬間、痕跡を残す事になり自然、手掛かりとなる情報が出回る事になる。けれども、今回の異能に関係しそうな情報は二人共耳にした事がない。

 つまり、今回の襲撃者は近隣の勢力ではないという事だ。


「あのクラスの異能者を情報収集のために切れるとなるとかなりの規模の勢力だろうな」


 あの狙撃手がゴーレムを生み出した異能者かどうかはわからないが、あれだけの数を繰り出せるのはかなり希少で強力である。

 それをこのような場面で使えるとなると他に同レベルの異能者を何人も抱えている可能性が高い。


「……もしかしてカルセムか?」

「え? 何、そっちでも目撃されてるの?」


 そうして連想されたのは随分前に目撃した大勢力の車両。

 思い付きだった故に思わず口に出してしまったが、意外な事にフィアが反応を示す。


「も?」

「こっちでも随分前に車両が目撃されたの。だから、私もその名前が思い浮かんだわ。でも、もしカルセムだったら不味いわね」

「だな」


 大勢力のカルセムが動くとなると、その目的はこの地域一帯の支配に他ならない。

 外れてほしい予想ではあるが、今回の情報収集の事を考えると当たっている可能性のほうが高いだろう。


「……ともかくオルクス達に報告だな」


 敵がなんであれ、まずはオルクス達に自分達の無事を報告しなければならない。二人の予想の話はそれからでいいだろう。

 そうして通信機を取り出そうとするシュウ。けれども、そんな彼を不意にフィアが止めた。


「そうね。でも報告は私がするわ。あなたはその耳でも抑えて痛がってなさい」


 そう言って自身の通信機を取り出すフィア。

 言い方こそシュウにとって腹立たしい内容だが、要は『怪我人なのだから大人しくしてろ』というという意味であった。

 実際、マシになったとは言え激痛はある。そのためシュウは大人しく従う。

 砂の丘に腰を下ろしたシュウ。激しく動いた直後だからだろう。体中から汗が吹き出し、そこに風に舞った砂が張り付いてきた。

 ベタつきとザラザラから不快感に思わず顔をしかめるが、全身砂まみれの今、拭った所でとれる訳もなく我慢するしかない。

 残った片耳でフィアの通信に耳を傾ければどうやらオルクス達が迎えにくるようだ。猫をかぶったフィアの上機嫌な声が聞こえる。

 しばらく待っていればくるだろう。そのため、シュウは目を閉じて軽く休憩をする事にしたのであった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

Scene:13「逆用」:完

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