欲
ボスコーエンがベースキャンプに着いたのと同じころ、リーズとアーシェラはキャンプがある丘から北東の方角にある森に来ていた。
こんなところで二人きり、何をしているかと言えば――――
「せーのっ! ちょいやっ!」
「おぉ~……いつにも増して見事な切れ味。大木がまるで熱したバターのようだ」
リーズが剣を横薙ぎに一閃すると、樹齢百年はありそうな大木が音を立てて倒れる。
さらに、倒れている最中にも追撃で剣を振るうと、十数メートルある木の幹があっという間にいい感じの長さに等分された。
魔神王を倒してからもう2年以上になるが、勇者の超人的な剣技は衰えるどころかさらに凄みを増しているようだ。
「シェラ、これだけで足りるかな?」
「足りないということはない、と思うよ。けど、必要分積めるかな。とにかく積むだけ積んでみようか」
「えっへへ~、野営のためのお風呂を作るって言ったら、みんな喜ぶかな?」
二人がこんなところまでわざわざ伐採に来たのはほかでもない、木製の簡易風呂を作る材料を手に入れるためだ。
冬真っただ中の長期野営は、メンバーの体力を確実に奪いつつある。
焚火だけでは体を温めるのに限界がある以上、風呂は数少ない頼れる手段となるだろう。
リーズが切り落とした木材は結局全部乗せることはできなかったが、新しい荷車の積載限界まで積み切ったほどの量があれば、簡易風呂を作るのには十分だろう。
「これで全部かな? じゃあ早速これを持って帰って、お風呂を作ろう!」
「うん、そうだね。……………」
「ん? どうかしたのシェラ」
「ああいや……その、こんなこと言っていいのかわからないけど」
荷物を積んで意気揚々と出発しようとしたリーズだったが、アーシェラがちょっとだけ物足りなそうな顔をしていた。
何か忘れ物をしただろうかと首をかしげるリーズに、アーシェラがゆっくり近づくと……………真正面からいきなり唇を重ねた。
「っ!!?? しぇ……シェラ!?」
「ふふっ、久しぶりに二人きりになったから、ちょっとイケナイことしたくなってね♪ リーズの方からくるかなと思ったけど、流石に仲間たちが近くにいると、なかなかね。じゃあ、帰ろうか」
「シェラずるいっ! もういっかいっ、もう一回してからっっ!」
「うわっと!? ご、ごめんって!?」
珍しくリーズがしてやられたからか、それとも急にスイッチが入ってしまったのか…………恥ずかしさをごまかそうとするアーシェラを、リーズは容赦なく押し倒して彼の唇を奪った。
だが、結局それ以上は戻る時間で怪しまれてしまいそうなので、出来なかった。
二人で荷駄車を引きながら戻る道中でも、アーシェラはしばらく頬と耳を真っ赤にしたままで、リーズも心の中で悶々とし続け、珍しく二人の間にしばらく沈黙が流れ続けた。
(なんでだろう……確かに、いつものリーズなら二人きりになってすぐに……ううん、流石に仲間たちがいる間は我慢しないと)
とはいえ、リーズが悩んでいるのは「消化不良」というわけでなく――――長期探索中の二人きりというシチュエーションだったにもかかわらず、アーシェラに唇を奪われるまでそういう欲望が湧かなかったことだった。
もちろん、アーシェラのことは世界で一番愛しているし、夫の匂いや温もりが何よりも愛しいのはずっと変わらないどころか、今まで以上に増している自覚さえある。
だからこそ、リーズが感じた正体不明の違和感が、なんとなく怖く感じた。
(なぜだろう、リーズから不安を感じる……)
一方すぐ隣にいるアーシェラは、リーズが無意識に手を握る力をわずかに強くしたことで、一瞬のうちに心の中の不安が伝わった。
だが厄介なことに、その原因がアーシェラにもわからなかったのだ。
いつもならほとんど以心伝心でリーズの気持ちがわかるのに、今日に限ってはその正体がつかめない。
だが、本来なら他人の気持ちなどそう簡単にわかるものではない。アーシェラはリーズの不安を少しでも和らげるべく、続いていた沈黙を破った。
「リーズ……」
「あっ……どうしたのシェラ?」
「探索がひと段落して村に戻ったら…………また、二人だけでピクニックデートしようか。どこに行きたいか、今のうちに考えておいてほしい」
「デート! うん! リーズもシェラとデートしたい! えっへへ~、今度はどこに行こうかな?」
今は応急処置でしかないが、いずれ原因はわかることだろう。
どこに行こうか話し合っているうちに、二人は拠点に戻ってきたのだった。
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