秘密の計画

 夜になっても吹雪が続くベラーエンリッツァは、夜になるとほとんどの人間は家に戻り、そこで家族たちと共に朝まで引きこもって過ごすことになる。それゆえ、この時間帯は、どの職場にも人が全くいないのが普通で、都市の行政を司る政庁も例外ではない。


 だが、この日の夜は違った。

 政庁に隣接する領主の邸宅の二階…………来客さえもめったに招き入れない、領主の生活空間に人が15名集まっていた。


「やあみんな、こんな吹雪なのにわざわざ集まってくれて助かるよー」

「いえ、こちらこそ。空を飛んでくるのも難儀でしたでしょうし、来てくださって感謝しますわ」


 この集団の中心にいるのは、先日開拓村に手紙とマリーシアを届けた郵便配達員のシェマだった。

 それ以外にも、吹雪の中飛んできてくれたシェマに感謝の意を示すテレーゼや、先ほどまでエノーたちと話をしていたスピノラをはじめ、この都市や周囲諸国で生活をしている元二軍メンバーたちが勢ぞろいしていた。

 今いる人たちの中で、少年領主のルドルフだけは元二軍メンバーではないが、この場所を貸してくれている本人でもあるし、彼もまた今回の話し合いには欠かせない人間なので、この場への参加が許されていた。


「ねえねえシェマ君、アーシェラさんと勇者様はどうだった?」

「幸せそうだった? 楽しそうにしてた?」

「もちろんだよー。リーズ様ってばアーシェラの横にいると、いつも腕を組んだり手をつないだりして、ずっと笑顔なんだー! なんかもう、見ているだけで胸がいっぱいになっちゃってさー!」

「あのさ、俺もその話は気になるけど、先に話し合い終わらせないか? そうしないといつまでたっても本題に入れないぞ」

「あはは、ごめんねー」


 集まったメンバーの中で、同じような顔に同じような黒髪のツインテールの少女二人が、早速シェマにリーズとアーシェラの近況を聞こうとするも、かなり淡い水色髪にかなり重そうなコートを羽織った男性にいったん止められる。

 そのあたりの話は、出席者全員が気になるところだが、ここで語り始めると本題そっちのけで盛り上がってしまうため、終わるまでは自重すべきだ。

 一瞬緩みかけた空気を、シェマがきゅっと引き締める。


「まずは中部諸国の仲間たちなんだけど、ロジオンを中心にプロドロモウやシプリアノ、ジェセニーたちが仲間たちと一緒に領地統合を急いで進めてるよー。あの辺の領主さんたちは比較的良識的な人が多かったし、王国の脅威にもさらされ続けてるから、話は早かったみたいだねー」

「そうか……ロジオンたちも大変だろうな。あいつ、サマンサとの間に子供ができたんだろ? ある意味俺たちの中の出世頭だが、派手に動くと王国の連中に目を付けられかねんからな」

「サマンサさんは実家がある田舎で養生しているようですが、ロジオンさんには無理しないでほしいですね。ロジオンさんが物資を運んでくれないと、私たちは飢えてしまいますからね」

「そのために今は、アンチェルやマリヤンが王国に潜入して、身体を張って頑張ってくれているわけだ。彼女たちには本当に頭が下がるな」


 魔神王が勇者リーズによって倒された後も、王国以外の中小諸国は破壊の爪痕からの復興に苦しんでいた。家や畑は焼け、城壁は破壊され、困窮した流民が盗賊や山賊と化すなど、その被害は想像を絶するものだった。

 だが、アーシェラが各地に元二軍メンバーを派遣し、各地で仕事を得たメンバーたちは、彼ら独自のネットワークを生かしてお互いに助け合うことで、困難と思われた戦後の復興は急速に進んだ。

 そのため、二軍メンバーは各地の領主や有力者に重宝され、中にはプロドロモウや先ほど名前に上がったシプリアノなど実際に指導者層に収まったメンバーもいたことで、それこそ以前は領地同士で対立していたところも、次第に地域同士で強調しようという動きがみられるようになったのである。


「南部諸国はミティシアやヴォイテクが中心になって、ライネルニンゲンを中心にする連邦国家構想がすでに動き始めているらしい」

「ははは……ミティシアらしく動きが速いな。ヴォイテクもあんな見た目でかなりのやり手だし、こりゃ我らも負けてはいられないな!」


 特に、海が近い南部の中小国家たちは、以前から王国の干渉にまとまって対抗してきた歴史があるせいか、復興のめどがついたら一つの国にまとまる動きがすでに始まっているという。

 一方で、昔から地域間対立が深刻だった、ベラーエンリッツァをはじめとする北方の都市国家たちは、まだまだ一つにまとまるのが難しいのが現状であるが、それでもこの話し合いに参加した元二軍メンバーたちの連携は強固であり、そう遠くないうちに何かしらの形で統合が行われることになるだろう。


 とはいえ、今までバラバラだった国々が一つにまとまるのは容易なことではない。

 確かに一つにまとまればそれだけできることは多くなるが、同時に抱える問題も山積みになるし、歴史的に対立が根深い地域もまだまだ数多く存在する。

 そして何より、一つにまとまって大きな国ができるのは、地域全体で唯一の強国――――すなわり、王国にとっては大問題だった。そのため、今までは中小諸国がまとまる動きを見せると、たちまち王国が動き始め、時には懲罰戦争で正面から叩き潰し、時には裏工作で内部から崩壊させてきた。

 そんな経緯もあり、今まで王国外の中小諸国は統合に消極的だったのである。

 だが、そんな鬱屈とした情勢は、すでに過去の物だ。今や彼らには、心強い味方がいるのだから。


「以前はそれこそ、少しでも統合の動きが見られたら、王国が脅しに来たものだが…………今の俺たちには勇者様とアーシェラが付いている」

「完全に信用できるわけではありませんが――――エノーさんや、ロザリンデさんも、今やこちらの味方ですわ」

「それとさー、王国連中の中にも、勇者様と同じく王国に嫌気がさしている奴らがいるみたい。マリヤンとアンチェルが、内部からの切り崩しを頑張ってくれているんだー。まさか、以前からこっちに仕掛けていたことをやり返せる日が来るとは、思わなかったよー」

「本当に、アーシェラ様様だな」


 元二軍ネットワークに転機が訪れたのは、勇者リーズが突如行方を眩ませ、王国に戻ることなくアーシェラと新天地で過ごす道を選んだと知った時だった。

 今までは、いくら自分たちのつながりが強いとはいえ、リーズをはじめとする一軍メンバーを敵に回しては勝ち目がないことは自明の理であった。だが、リーズがこちら側についたということは、単純に強力な戦力が手札に加わっただけでなく、正義の御旗が自分たちの方に移ってきたことを意味していた。

 しかもそれだけでなく、ロジオンがかの大魔道ボイヤールを味方に引き入れたことで、今まで自分たちに辛酸をなめさせてきた王国暗部が急速に弱体化し、さらにはリーズと同じく勇者パーティーの主要戦力だったエノーとロザリンデさえもこちらに加わったことで、王国とそれ以外の国々のパワーバランスが一気に傾いた。

 それらのきっかけを作ったのが、すべてアーシェラだったというのが恐ろしい話であるが…………


「ということは…………」

「ええ、私たちも決まりですね。この世界の負の歴史は、私たちの世代で終わらせなければ」


 今まで何度も理不尽に虐げられた挙句、魔神王復活の被害のほとんどを押し付けられた中小諸国たちと、王国上層部の身勝手に振り回されて見捨てられた二軍メンバーたち。

 リーズとアーシェラという何よりも心強い味方を手に入れた彼らは、次第に強気な姿勢をあらわにし始めたのだった。

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