勇者ちゃんの新婚生活 ~勇者様が帰らない 第2部~
南木
プロローグ:始まりとともに
カーテンの隙間から漏れるわずかな朝の陽ざしに気が付き、ベッドで寝ていたアーシェラはゆっくりと瞼を開けた。
冬の足音がすぐそこまで近づいているこの季節、鼻から吸い込む空気は、澄んでいると同時に刺すような冷たさがある。
だが、顔が冷たさを感じる一方で、首から下はとても暖かい。
羊毛や羽毛が使われた掛布団のおかげというのもあるが、それ以上に――――アーシェラの体にギュッと抱き着いている最愛の妻リーズの熱が、密着するアーシェラの体をしっかりと温めてくれていた。
「リーズ……今朝も心地よさそうな寝顔をしているね。起こすのがちょっともったいないくらいだ……」
彼の胸に顔をうずめるリーズの寝顔は、相変わらず見ているだけで癒されるようなかわいさがある。
何か嬉しいことがあったようなゆるんだ笑顔、半開きの口からはちょっとだけよだれが垂れている。いつもこの形で寝ているものだから、アーシェラの白無地のパジャマの胸元には、所々リーズの涎によるシミが付いてしまっていた。
アーシェラの手が、ツインテールをほどいた紅色の髪の毛をさらりと撫でる。
てっぺんから後頭部、そして肩のあたりまで、ゆっくりと丁寧に撫でていくと、まだ寝ているはずのリーズは嬉しそうに
「んふ……ふふ…………♪」
「ああもう、寝てるだけなのになんでこんなに可愛いかな、うちの勇者様は」
あまりの可愛さに、アーシェラは思わずそのまま強く抱きしめて、唇を強引に奪ってやりたい衝動にかられた。しかし、三日前にそれをやったところ、衝動で起きたリーズに逆襲されてしまい、昼まで仕事にならなかった。たまにはいいかもしれないが、今朝はぐっとこらえて普通に起こすことにする。
「リーズ、朝だよ、起きて」
「ん……シェラ? 朝……?」
リーズの体を軽くゆすると、閉じていた金と銀の瞳がゆっくりと開いた。
寝起きだからだろうか、数秒だけぼんやりとアーシェラの顔を見つめ――――すぐに輝かしい笑顔に切り替わった。
「シェラ、おはよっ!」
「おはよう、リーズ。今日もいい朝だね」
「えっへへ~、今日も愛してるっ」
上体を起こしたリーズは、両手をアーシェラの肩にかけて……唇を重ねた。
毎朝のおはようのキスは、二人が結婚してから今日まで一度も欠かしたことはない。お互いに大好きな人との唇に触れることで、一気に頭が冴えて、一日の活力がわいてくるのである。
かつて魔神王を打倒し、世界を救った勇者と讃えられたリーズと、彼女の仲間でありながら、戦いに貢献しなかったとして栄誉を得られなかったアーシェラ。
少し前まで、リーズは王国で勇者として超一流の生活が約束され、王族と結婚するとまで噂されていた。その一方で、アーシェラは二度と手に入らないであろう栄光と愛に未練を残さぬよう、人類世界の片隅にあるこの地に村を作って隠遁していた。
もう二度と交わることがないだろうと思われていたリーズとアーシェラの道は、ちょっとの奇跡と、多大な勇気と努力により、合流して一本の太い道となった。
何も遮るものがなくなった二人は、こうして朝から甘く幸せいっぱいの生活を送っているのである。
「村もずいぶんと寒くなってきたね。まだちょっと……シェラとくっついていたいかも」
「この地方は比較的暖かい方なんだけど、それでもさすがに冬が近づいてくると、布団から出るのも億劫だよね。でも、起きないとご飯を作れないからね」
二人が寝るベッドのすぐそばにある小さな鏡台の前で、椅子に腰かけたリーズの髪をアーシェラが櫛でとかしていく。さっきまで存分に撫でまわしたリーズの長い紅色の髪の毛は、櫛で整えることでよりサラサラになっていった。
アーシェラが髪をいじっている間に、リーズは薄く簡単に化粧をする。村の住人の一人、ミルカに教わった簡単なお手入れで、そのままでもとても可愛いリーズの顔が少しずつ大人っぽくなっていくように見えた。整え終わったら、リーズのお気に入りのリボンで髪を左右均等にまとめ、ツインテールにすれば完成だ。
「はい、じゃあ次はシェラの番!」
「うんお願い」
リーズが整え終わったら、次はアーシェラ。とはいっても、アーシェラは化粧の必要もないし、髪も男性にしては長い方だが、そこまでしっかりとかす必要はない。
しかし、リーズはアーシェラの髪の毛の手入れをすることが毎朝の楽しみの一つであり、特に後ろ髪を白い刺繍が入った青い布で纏めるのは、絶対に自分以外の人にさせたくないと心に決めている。
「はい、できたっ! じゃあリーズは朝の訓練に行ってくるね!」
「ありがとうリーズ。今日もおいしい朝ごはんを用意するから、しっかりとお腹を減らしてくるんだよ」
こうして、身だしなみが整うと、リーズは村の南に広がる森に訓練に向かい、アーシェラはその間に朝食の用意を始める。
二人の一日は、ゆっくりとはじまっていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます