力の帰還
最初に飛び出したのは凛華。
人を超える身体能力を持つ双つ影をも超えるケモノの身体能力で地を駆け、ビルの壁づたいに屋上まで駆け上がる。さらにそこから跳躍して隣りのビルの裏まで一息に降りる。裏を突いて奇襲を仕掛けようとしていた青年が凛華の接近に気がつき、網を広げて動きを封じようとするが、網が捕まえたのは空気だけで、再び手元にたぐり寄せる間を与えずに回し蹴りによってコンクリートの壁に激突させられる。それで奇襲は効かないとみたのか、もう1人隠れていた人物が遠くのビルの屋上で動き出す。モデルガンのスナイパーライフルのスコープをのぞき込んで標準を定めるが、のぞき込んだスコープにまず写り込んだのは迫ってくるナイフ。慌てて身を引いた視線の先で、見事なまでにスコープに刺さるナイフ。さらに飛んでくるナイフは的確にモデルガンを狙い続け、ようやく収まった頃にはモデルガンは使い物にならなくなっていた。
神楽坂の一言に握っていた眼鏡を握り潰し、手のひらから出血しても飛鳥の表情は変わらない。見た目は、今までのまま。一歩ずつ、一歩ずつ歩を進めて道路を横断する。奇襲要因が次々と倒されても、しかし神楽坂には焦った表情は浮かばない。彼だって作戦は考えてきている。元々は飛鳥の下についていた双つ影だ。飛鳥自身の力のことはよく知っている。間合いに入ったもので形があるものならばすべてが、彼の手により投げ飛ばされる。例えそれが飛鳥自身の数倍の容積があるものだろうと。その気になれば建物だろうと投げ飛ばされる。
「だから形の無いものだったらいい! 俺の、炎とかな!」
前方へと伸ばされた手のひらから轟々と音を立て、人の頭の2倍程度の大きさの火の玉が放出される。速度はたいしたことが無く、その代わりに同じ大きさの炎の玉がさらに4つ計5つ。前方から3つに左右からそれぞれ1つずつ、神楽坂に向かってくる飛鳥に飛ばされる。
「アンタのそれは、近づかれなければどうって事はない! それさえちゃんとすればアンタなんか恐れることは……」
にやけて高笑いを浮かべようとしていた口元が引きつって痙攣し始める。
「いや、そんなことはないはずだ! だって前にアンタ……言っていたじゃないか! しっかりと形がないものには使えない。そう言っていたじゃないか!」
現実世界で悪夢を見せられた。そう言い表せるような引きつった表情を浮かべ、向かっていったはずの炎の玉が吸い込まれるように飛鳥の手のひらに向かい、無抵抗のままにあらぬ方角に投げ飛ばされる様を目の辺りにする。5つの炎の玉の内最初の1つと3つ目が相殺させられ、残りは投げ飛ばされて空を飛び続ける。
「アンタ俺にウソを言ったのか!」
「嘘とは人聞きの悪い。私は形の無いものには使わない、そう言っただけだ。使えないとは言っていない」
再度投げ飛ばされた炎を片手で受けて投げ飛ばす。
「クソ! なんでその力をもっとちゃんと使おうとしないんだよ! 俺たちは選ばれたんだぞ!」
近づかれる分だけ下がり出す神楽坂。彼の左右にいた者たちは風や笹良たちとにらみ合っていて近くにはいない。
「選ばれたからと言って、なにをしていいわけではない。こんな力を勝手に与えられて迷惑しているものもいる。私はここを調査しに来ただけだった。それなのに気がつけばこんな力を付けられていて、一般の世界では暮らせなくなっていた。これのなにが喜べる?」
「だったらそれを受け付けられるような世界にしちまえばいいんだよ!」
「残念だが、それを受け入れられる基盤はないんだよ、今の世界には! このまま誰も知らないまま終わるのが一番いい」
「――それはどうだ!」
懐をまさぐっていた手が止まり、引き出された週刊誌。
「誰が密告したのかはこっちでもわからねぇが、とうとうだ。とうとう俺たちのことが一般人にもばれたらしいぜ」
週刊誌を飛鳥向けて投げ飛ばす。足元付近まで飛ばされた週刊誌の表紙をちらりと見て、そこに書かれていた見だしに、視線を神楽坂に固定させて素早く拾い上げる。
「これは……まさか」
――荒廃都市新宿内で起こる怪奇事件。その影には人知を超えた者たちが暗躍していた――
「俺たちのことがちゃんと書いてあるんだぜ。ここじゃ世間のニュースもなかなかとらえにくいが、今ごろは新宿の中を取材するために新聞やテレビ局が来ているんじゃないか?」
下がるのをやめて前に出る。
「つまり、アンタがどれだけがんばろうとももう無駄って事だ。世の中は俺たちのことを知る! それで世の中が俺たちを受け入れるって言うのならアンタの望んだ世界だろう。受け入れられないって言うのなら構わない。俺たちが俺たちの力で世の中を好きなように変えてしまえばいいんだよ!」
人の数倍の炎が神楽坂を中心に広がっていく。飲み込まれたものは焼けて無くなる炎獄に、しかし飛鳥は週刊誌に書かれていた内容に衝撃を受けてすぐには反応できないでいた。
「その結末を俺が見ていたやる!だからアンタはどっちに転んでも悔やまないよう、ここで死にな!」
広がる炎がビルの壁を焦がし、木材建築物を燃やし、なおも広がり続ける。
「飛鳥さん!」
風の叫びがしかし目の前の今闘っている相手に阻まれ、声だけしか送れない。
「――くそっ!」
闘っていた相手の隙を見て飛び出す笹良。手を伸ばして飛鳥を引き寄せようとするが、たどり着いた頃には炎は目の前まで接近していてそこからどれだけ力を込めて引き寄せようとも、どちらにしても炎の射程距離圏内。笹良自身はそれほど苦もなく炎自体を吸収できるので危険はないだろうが、それでも一緒にいる飛鳥には被害が及んでしまう。そして悩む時間はとうになくなっている。かばうように前に出て炎が2人を包み込み――。
消えた。
目の前にまで迫り体に熱気を浴びさせていた炎が、直前まで迫っていたのに消えた。しかもそれをそうしたのは神楽坂自身ではない。彼ですらなにが起こったのか把握していない表情を浮かべている。いやでも視界に入ってきていた炎の突然の消失に、この場で闘っていた全員が気付けば足を止めて視線をそちらに向けていた。その中で風が、近いビルの屋上に、1人の男の姿を見つめて、手を止めているとはいえ近くに闘っていた双つ影がいたというのにその存在を忘れ、ムチを伸ばしそのビルへと駆ける。
「閻魔ぁぁぁぁ!!」
コンクリートの壁さえ打ち壊すほどにしなったムチが屋上へと届きそうになって、消失した。
「なっ!」
ムチの消失だけではない。跳躍した風の体がバランスを崩し、なんとか地面に着地したものの、荒く息を吐き出す。
「な、なによこれ……。体が……重い?」
風だけではない。人を遙かに超えた身体能力でビルの壁に張り付いていた凛華が、姉と同じようにバランスを崩して数メートル落下する。コンクリートの地面に激突する寸前に嶄に抱きとめられたので痛みはないが、その嶄もそれが精一杯といわんばかりにヒザをつく。
相手から見ればそれは確実にとどめを刺せる絶好のチャンスなのだが、その相手も立っているだけでもキツいかのように胸を押さえ、ある者は座り込んで荒く息を吐いている。
そんな中、ビルの屋上から優雅に見えなくもない降り方で降りてくる閻魔。なんとか立ち続けていた神楽坂と笹良たちとの間に降り立ち
「今までありがとう。キミたちは貴重なサンプルだった。今までキミたちに与えられていた力は、今この瞬間私に元に返ってきた」
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