第94話 勝負(1)
高宮は本来の目的を思い出し、
「・・ここにいる加瀬夏希さんと結婚をしたいと思います。 結婚の許しを頂きたいと思います。」
と、キチンと父に頭を下げたので、夏希も慌てて頭を下げた。
すると高宮の母が冷たい表情で
「あなた。 わかってらっしゃるわよねえ。 隆之介と結婚するということは、高宮の長男の嫁になるということなの。 ここにいらっしゃる本家の方々にも認められて初めて高宮の人間になれるのよ。 失礼だけど、軽く考えてらっしゃるんじゃありません? 確かに隆之介は主人の跡を継いで政治家にはなりませんでしたけど、高宮の跡取りであることには変わりありませんから。 二人の問題じゃないのよ。」
ものすごく厳しい言い方をされた。
夏希は思わずうつむいた。
「・・あの、」
そして顔を上げて言葉を発しようとした時、
「あなたには無理だと思いますよ。 まだお若いし、学歴も、体育大学をお出になってらっしゃるし。」
母は遮るようにそう言った。
あんまりの言われように斯波が助け舟を出そうとすると、
「彼女の話を聞いてやって下さい、」
高宮が少し大きな声でそう言った。
親戚たちもその声に驚いた。
夏希はゴクっとツバを飲み込み、
「・・お母さまの言うとおり。 あたしは三流体育大学をやっと出て。 頭が悪くて教職も取れなかったし。 ホクトに入社できたのは奇跡だと思っています。 英語とかもしゃべれるわけじゃないし、計算も漢字も苦手で。 ほんっとどーしようもないんですけど。 とりえがなくて。 料理もヘタクソだし・・掃除だって得意じゃなくて・・」
あまりにもマイナスなことばかり話し始め、高宮はちょっとヒヤヒヤした。
「こんなあたしなんかが・・りゅう・・じゃなくって、えっと、『隆之介さん』と結婚しようだなんてムシが良すぎると思っています、」
夏希はいつものようによく通る声で、高宮の両親をまっすぐに見て言った。
『隆之介さん』・・・
高宮はそこに萌えポイントを感じてしまい、ちょっと嬉しくなってしまった。
「きっと、あたしより隆之介さんに相応しい女性はたくさんいるでしょう。 だけど、この世界の中であたしだけが隆之介さんを幸せにしてあげられるって。 ・・思っています。」
斯波も
高宮もハッとした。
今までの夏希を考えると、とても信じられない言葉だった。
「あたしは今まで25年生きてきて。 これからの人生、もっともっと長い時間になると思うんですけど、隆之介さんと一緒に生きていこうって・・決めました。 血の繋がった親よりも、もっと長い時間を一緒に過ごしたいんです、」
アレ?
高宮は鼻の奥がツンとしたかと思うと、涙がじわっと瞳を覆った。
彼女の
これからの長い長い人生を
おれにくれたんだ。
ふっと横を見ると
斯波も鼻をすすっていたので驚いた。
斯波さんも?
「隆之介さんはお兄さんが亡くなってから、自分を見失いそうになって、あたしと会った頃はずうっと悩んでいたみたいです。 難しいことはあたしにはわかりませんけど。 これから先も隆之介さんに困難があったりしたときには、あたしは自分のことよりもきちんと支えてあげたいって思っています。 あたしはそのためにこれからの人生を生きます・・」
も~~~
ちょっとやめてほしい・・
高宮はこらえ切れずに目をちょっと指で拭った。
そして
「・・お願いします。 もう何もいらないので。 彼女だけおれに下さい・・」
高宮は涙を見せて、生まれて初めて
両親にこんなに頭を下げた。
その後
「この子にとって、これが一番幸せなのか?」
大きな山が動くように父がしゃべり始めた。
「やはり身の丈に合った人生を送るのが一番なんじゃないか? おそらく彼女が生きてきた人生とウチに入ってからの人生は180℃違うものになるだろう。 隆之介は政界とは関係ないとはいえ。 『ウチの』人間だ。 おまえは住民票も長野から東京に移し、良や恵たちの味方もしない。 それなのに自分のしたいことだけして。 それは許されるのか?」
厳しい
厳しい言葉だった。
元はと言えば、母のあまりな身勝手さに嫌気がさして、そういうことをしたのに
両親とは別に妹夫婦に迷惑を掛けることになる。
「選挙は家族が1枚岩でないと勝てないものだ。 良は恵の婿であるが、私の息子ではない。 そんな小さなことから地盤が揺らぐ事だってある。」
「お父さん、」
恵は父を諌めるように声をかけた。
夏希はジッと高宮の父の話を聞いていた。
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