第92話 関門(2)

夏希はさすがに緊張していた。


前日にようやくギブスが取れ、なんとか包帯だけで済んだ。



そして


やはり斯波も緊張していた。



しゃべることは


得意ではない。


自分の気持ちを人に伝えるのも苦手だ。



しかし


そんなことは言っていられないのだ。




3人はタクシーで高宮邸に向かった。



すると


門の前で恵が待ち構えていた。



「恵?」


高宮は少し慌てた表情の彼女に声をかけた。



「あ、あのっ。 お久しぶりです。」


夏希は元気に頭を下げた。



「・・ようこそ、おいでくださいました。お兄ちゃん、」


恵は神妙な顔で高宮に向いた。



「ん?」



「・・おじさまたちが来てるの。」



「え、」


高宮は驚いた。



「あたしも知らなくて。 今朝、やって来て。 たぶん、お父さんたちあたしにナイショで呼んだと思うの、」



「おじさん・・?」


夏希が怪訝な顔をした。



「長野の。 本家の、」


高宮も思わぬことに動揺した。


「・・総勢5人。いつもの・・」



恵の言葉に


高宮はますます不安になってきた。



「どういうことだ?」


斯波が声をかける。



「ウチは分家なんですが。 本家はオヤジの一番上の兄が継いでいます。 その他に大叔父や大叔母。 いつも家族会議にはやってくるメンバーです。 そのほかに家族同様にしている、父の後援会長をしていた人も・・」


「まっすますアウエーじゃねーかっ!」


斯波は腹立たしくなり小声で高宮を小突いた。



父は


おれと言う人間と『結婚』するにあたって



それが


普通に


好きだ、愛してるで続かないってことを示したかったのかもしれない。


おれの後ろには一筋縄じゃいかない


大きな壁があるってことを。




いきなり重々しくなってしまった空気に夏希は



「し、心配しないで下さい。 あたしはだいじょーぶですから。」


明るく言った。



「本当に・・ごめんなさいね。」


恵は申し訳なさそうに夏希に頭を下げた。


「いいえ。 それだけ真剣に考えて下さっている証拠だと思います。 わざわざ長野から来てくださってるなんて。」



高宮は


彼女がすごく逞しく思えた。




今までは


あまり深く考えるタチじゃなくて。


危なっかしくてどうしようもなかったのに。




言っていることに


1本芯が通っているように思えた。



萌香にキチンとメイクをしてもらったせいか


いつもの彼女ではないような



横顔がすごくキレイで。



すごく


凛としている。





なんだか


野球やってた頃を思い出してしまった。


武者震いするような。


大会の決勝戦のベンチ裏。



緊張がピークに達してくるのが、ゾクゾクして気持ちよかった。


神経を集中して


自分の力を全て発揮できるように


何度も何度も深呼吸をして。




強くて勝てなかった相手にも


全力でぶつかって、


勝ったときの歓びは今でも忘れない。




同じグラウンドに立ったら


それは


どちらが偉いとか


強いとか


そんなのは



もう


何もないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る