第183話 呪文

「時間を稼げって言われても……」

 飛び去ってしまった翼の女を見送りながら康生は呟く。

 時間を稼ぐという事はどういう事なのか。それはつまり目の前の軍勢を足止めしろという事。誰一人殺さずにだ。

「はぁ……」

 あまりにも無茶な注文に康生はため息を吐くしかなかった。

 しかもそうしている間に敵は一刻と迫ってきている。

「しょうがない。やりますか」

 どこまで出来るか分からないけど、大人数相手の戦闘は多少は慣れたはずだ。

 相手は鎧を着ていないが、それでもやりようはいくらでもある。

「ちょうど魔法の練習もしたかったし」

 そう呟いて康生は地上へと一直線に降りる。

 敵の目の前に降りてきたこともあり、敵は足を止める。

 しかしそれも一瞬の事で、康生の姿を確認した瞬間、皆武器を持ち一斉に斬りかかってきた。

「死ね!!」

 兵士の一人が戦陣をきってこちらに突進してくる。

「はっ!」

 拳に力を入れ、向かってくる兵士をすぐに吹き飛ばす。

 多少加減をしたので、致命傷にはなっていないはずだ。

「やれ!我々は死ぬことはないのだ!このまま数で押し切るぞ!隊長達の元へ行かせてはならないっ!」

 一人の兵士が叫びながら、数人の兵士と共に突撃してくる。

「よっ」

 しかし康生はそれを軽い身のこなしで交わす。

「ばっ!?」

「ちょっ!?」

 康生が交わしたことにより数人の兵士が勢いを止められずに目の前の兵士に向かって斬りかかろうとしていた。

「くそっ!」

 それを目撃した康生はすぐさま間に入り、それぞれの武器をへし折る。

(くそっ。やっぱりきつい!)

 敵も殺さずという誓いは、やはり康生の中に重くのしかかる。

 全ての敵に配慮しながら戦闘を行い、かつ自分もダメージを食わないようにしないといけないために余計に精神を使ってしまう。

 そして何より兵士たちの言葉から、自分達の作戦が漏れている事を知る。

(……一体誰が?)

 なんて疑問が浮かんだが、すぐにこちらに向かってくる兵士を無力化することに頭を使う。

「――ちょっとは温存しておきたったんだけどな」

 あまりに戦いずらくて、とうとう康生は魔法を使うことを決意する。

 魔力を残した状態で隊長と戦いたかったが、どうやらそれをしてしまうとその前に負けてしまう。

 出し惜しみをしている場合ではないと判断した康生はすぐさま魔法を発動する準備に入る。

「こういう時は……これだっ!」

 まっすぐ向かってくる数人の兵士たちに向かって手を差し出す。

「ウィンド!」

 呪文を唱える共に、魔力を一瞬だけ手に通す。

 すると康生の手のひらから、強烈な風が吹き荒れ兵士たち数人を巻き込んで飛ばしてしまう。

「よし、これならっ!」

 エルに魔法の使い方を教えてもらい、最小限の魔力で魔法を放つ方法を取得した。

 これで康生はまだ戦える。

 皆が作戦の修正をするまでの間なんとしてもここで食い止めようと康生は決心した。

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