第110話 嘘

「皆は俺の後ろに下がっていてください」

 康生はすぐに皆に呼びかける。

「何か思いついたの?」

 真っ先にエルが康生の背後へと移動し耳打ちする。

「うん。相手を傷つけずにどうにかする方法が」

 康生の言葉を聞きエルは安堵の表情を浮かべた。

 そうしている間にも時雨さん達も康生の背後へと移動する。

 皆、康生を信じての行動だった。

「何をする気だ……?」

 異世界人も時雨さん達の動きを気にしながらじりじりと距離を詰める。

 向こうも康生の力を見て少し焦っているようで、今にも攻撃してきそうだった。

 いくら康生でも相手を無傷で倒すことは出来ず、何より戦闘になってはいけないとエルが言っていた。

 だから康生は戦わずにしてこの場を切り抜ける方法を思いついた。

 全てはエルの為に。

「くそっ!何かやられる前にこっちから仕掛けるぞ!」

 だがそれよりも先に異世界人達が攻撃を仕掛けてきた。

「ガード!」

 咄嗟に康生は叫ぶ。

 すると次々と攻撃してきた異世界人達の爪が空中、正確には康生の目の前で動きを止める。

「な、なんだ、これは……」

 異世界人達はまるで見えない壁がそこにあるかのように動きを止める。

 そしてその隙を見計らって康生は行動を移す。

 というかは口を動かす。

「聞いてくれ!今はこんな事をしている暇じゃないんだ!」

「なんだと?」

 康生の言葉に異世界人の一人が声を返す。

(よし、まずは成功だ)

 言葉が返ってきたことでさらに言葉を続ける。

「実は今、ドラゴンに追われているんだ!」

「――ドラゴン?」

 勿論ドラゴンに追われているという事は嘘だ。

 だが異世界人は康生の言葉を疑いながらも攻撃の手を休める。

 これは康生の勝手な想像だが、ドラゴンは異世界人にとっても恐れられている存在だ。何故ならあのドラゴンはエルに対しても普通に攻撃を繰り出してきた。

 だからこそドラゴンは異世界人にとって少なくとも畏怖の存在であると予想していた。

「だから早くここから逃げないといけないんだ!」

 だからこそ、その存在を利用しうまくここから逃げようと康生は考えた。

「た、確かに先日、ドラゴンがこちらへ渡ってきたという情報が……」

 すると運良く異世界人の一人が情報をしゃべる。

 それは恐らく康生達が遭遇したドラゴンの事を言っているのだろう。

「それが本当なら確かに大変だ。裏切り者が狙われているならまだしも私達も巻き込まれかねない。……くそっ、私達も早くここを離れるぞ!」

「「「はっ!」」」

 異世界人達はそう言って康生達からすぐに離れていってしまった。

 その速さは康生の想像していた通りとてつもない速さで、やはり逃げるのは無理だったと思わせた。

「――これで大丈夫か?」

 康生は後ろを振り返る。

 するとそこにはほっと息を吐くエルがいた。

「嘘なんかついててっきりどうなるかと思ったけど……まぁ結果的に戦闘にならなかったからよかったよ。ありがとうね康生」

「あぁ」

 本当はドラゴンの名前を出して油断させた所で捕縛用の罠を使おうとしていた。

 だがそれは必要なかったようだった。

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