第82話 火傷

「や、やった……」

 康生はリングに横たわっている隊長を見て呟く。

「康生っ!」

「大丈夫かっ!」

 そんな呆然としている康生の元に、エルと時雨さんが駆け寄る。

 二人はその勢いのまま康生に抱きつく。

「ふ、二人共苦しい……」

 強く抱きしめられた康生は小さく呟く。

「ご、ごめんなさい!」

「す、すまない!」

 二人はすぐさま康生から離れる。

 だがそれでも康生を心配そうに見つめる。

「あっ、康生手が!」

「ほ、ほんとだ!」

 その中でエルが康生の手が火傷をしている事に気づく。

 それを見て時雨さんは慌てふためき出すが、エルは冷静に康生の手をとる。

「ちょっと痛いかもしれないかもだけど我慢してね」

 エルは康生の手をとったままスッと目を閉じる。

「――『ヒール』」

 エルが唱えると康生の火傷の傷はみるみるうちに消えていった。

「あ、ありがとうエル」

「どういたしまして!」

 康生にお礼を言われ、エルは上機嫌に答える。

「うぅ羨ましい……」

 とそんな二人を見て時雨さんはボソリと呟く。

 と、そこまできてようやく三人は周囲のざわめきに気づく。

 それもそうだ。隊長が倒され、目の前には異世界人がいる。

 人間は異世界人を目の敵にしているからそれは仕方のない事だ。

 だからこそ、ここで正せねばならぬ。

「皆の者!話を聞いてくれ!」

 そうして真っ先に時雨さんがリングで声をあげる。


「確かにこの子は異世界人だ!だがしかしこの子は我らに危害を与えるつもりはない!」

 時雨さんはまずはエルが危害を与える者ではないことを説明する。

 しかしそれでも人々はエルに向ける視線を変えることはなかった。

(どうすれば……)

 と康生が考える。

 だがその時、時雨さんの前にエルが歩き出した。

「皆!私の話を聞いて下さい!」

 あろうことか、エルが人々に向かって声をあげたのだった。

「私は皆に対して危害を与えるつもりはありません!むしろ私は皆さんと仲良くしていきたいと思っています!」

 エルは言葉を続ける。

 しかしそれでも人々の視線は変わることはない。

 それもそうだ。今この生活をしているのは異世界人のせいだから。人々の心の中に異世界人の傷は深く残っているのだ。

「お願いです!信じて……信じて下さい!」

 それでもエルは必死になって呼びかける。

 体を震わせながら、必死に戦うように。

「――私は信じるよ、お姉ちゃん!」

 とそんな中、人々の中から声があがる。

 一瞬にして人々の視線を集めた声の主は、まさかの一人の女の子だった。

「あなたは……」

 エルはその少女を見て、何かを思い出したように呟く。

 康生もエルも視線を追い、少女の姿を確認する。

「あっ」

 そうして康生も思い当たる節があるように声をあげる。

 そしてその少女は注目を集めながらも、怖じ気付くことなくエルに向かって声をかける。

「お姉ちゃんは私におにぎりをくれたもん!だから私はお姉ちゃんを信じる!」

 少女はそう言って手に持っていたおにぎりを取り出した。


 それから時雨さん、エル、康生の説得に人々はエルと共存することを承認したのだった。

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