第51話 氷の令嬢と遊園地
家族連れやカップルの姿が目立つ大型遊園地の入場口で、天に向かって右手を突き出す元気いっぱいな少女が一人。
「今日はとことん遊ぶぞー!」
「おー!」
日菜美の高らかな宣言に千昭も続く。
その微笑ましい光景に人目が集まるが、二人は全く気にしていない様子。
「ほら、二人もおーって!」
「嫌だよ恥ずかしい。なあ、冬華」
「……おー」
「きゃーっ、冬華ちゃん可愛い!」
「氷室さん、ノリいいねー!」
「マジか、やるのかよ……」
隣で控えめに拳を上げた冬華を驚いて見れば、長い髪から覗く耳元がほんのり赤く染まっている。
恥ずかしいならやらなければいいのに、なんてツッコミは野暮なので朝陽は黙って見て見ぬ振りをすることにした。
きっと、日菜美も、千昭も、そして冬華もテンションが高まっているのだろう。
一番最初に乗ると決めたアトラクションに向かう三人の足取りは自然とスピードを上げ、会話は明るく楽しく弾んでいる。
それは、一人冷静を装っている朝陽も同じだった。
「遊園地なんて久しぶりだな……」
記憶を遡れば、最後に遊園地で遊んだのは一年と少し前。エアコンが効いた涼しい部屋から千昭に連れ出され、仲の良い友達数人と一日中遊びつくした中学三年生の夏休み以来だ。
インドア派の朝陽は最初、夏の暑さに辟易していたものの、帰り際には充足感で溢れていたのをよく覚えている。
ニヤニヤと意地悪い笑みを始め、親友はあの時とほとんど変わっていないが、唯一にして大きな変化は隣に日菜美がいることだ。
少し前を歩くバカップルの表情を覗き見れば、幸せそうな笑顔がはじけていた。
そして、朝陽の隣もまた、気の知れた男友達ではなく可憐な少女に変わっている。
聞いた話によると、冬華が最後に遊園地を訪れたのは数年前の事らしく、最新型のアトラクションを見つけては目をキラキラと輝かせていた。
「冬華はジェットコースター初めてなんだよな」
「そうなりますね。前は身長制限で乗れなかったので」
「キツかったらすぐに言えよ。今から絶叫系乗りまくるらしいし」
「お気遣いありがとうございます。でも、私は朝陽くんの方が心配です」
「俺か? 何か心配されるようなことあったっけ」
「透子さんが、朝陽くんはジェットコースターが苦手って」
「また、余計な事を……」
一体いつの話をしているのか。
苦手としていたのは子供用のジェットコースター擬きで、それこそ身長制限に引っ掛かる頃の話だ。
今では気持ちに余裕を持って本物に乗れるし、楽しいと感じるまでに成長している。
そもそも、何がきっかけでその様な話になったのか。
後ほど母親を問い詰める事は確定として、朝陽は轟音と悲鳴が入り混じるアトラクションへと意識を向けた。
「俺は普通に乗れるぞ。苦手だったのは昔の話だ」
「では、緊張しているのは私だけですか……」
「いい事を教えてやるよ。今から乗る奴は日本一速いらしい」
「……それ、いい事じゃないですよね」
「楽しみになって来ただろ?」
「全くの逆効果です。より一層不安になって来ました……」
「ちょっと、朝陽! ふゆちゃんに意地悪しないの!」
開園から間もないために比較的空いている列に並びつつ、ちょっと冬華を揶揄って見れば、すぐさま元気溌剌な声が介入して来る。
「それを言うなら、ジェットコースター三連続を企画した日菜美の方がよっぽど意地悪じゃないか?」
「うっ……でも、ふゆちゃんの反応次第ではプラン変えるもん」
「そのプランは知らなかったな。何で遊ぶつもりなんだ?」
「俺も聞いてないぞ。そんなこと言ってたっけ?」
「そ、それは後でのお楽しみということで……」
あからさまに目を泳がせる日菜美が何も考えていないことは明らかで、こんな事なら作戦会議とやらをもっと真剣にやるべきだったと朝陽は軽く後悔をする。
苦手意識はないとはいえ、朝陽は絶叫系に何度も続けて乗った経験はない。
隣で緊張している冬華はもちろん、千昭も正直怪しいだろう。
「でもね、絶対楽しいから安心して!」
結局、日菜美の根拠のない説得で絶叫系を連続して乗ることになった朝陽たちは、苦笑いと共に最初のアトラクションへと乗り込んだ。
「……朝陽、大丈夫か」
「千昭こそ……顔色悪いぞ……」
ジェットコースター三連続にフリーフォール、お昼ご飯を挟んで回転ブランコに、もう一度フリーフォールからのジェットコースター。
これだけ絶叫系アトラクションを乗り続ければ、誰しも気持ち悪くなること間違いなし……のはずなのだが。
「日菜美は凄いな。元気有り余ってたぞ」
「氷室さんもピンピンしてたな。まさか、男二人が揃って脱落するとは……うっぷ」
「おい、ここで絶対吐くなよ」
「それは振りと受け取っても?」
「いいわけないだろ。死ぬ気で我慢しろ」
笑顔溢れる遊園地内のベンチでぐったりとする朝陽と千昭は、ジェットコースター三種類をもう一周と意気込む日菜美に待ったをかけ、休ませてもらっている。
ある程度は予想していたものの、こうして常人がダウンするまで付き合わされるとは思っていなかった。
情けないなー、と手痛い言葉をいただいてしまったが、日菜美が元気過ぎると言った方が正しいはずだ。
そして予想外だったのは、絶叫系初経験の冬華が普段あまり見せない無邪気な笑顔でジェットコースターやフリーフォールを楽しんでいたことだろう。
絶叫系アトラクションは身体構造の影響で、男性より女性が強いと言うが、まさにその違いが表れたと言ってもいいかもしれない。
「そういや、昨日山田に何て言われたんだ?」
「……随分唐突だな」
「だって、せっかく二人きりになれたから」
「その裏声やめろ……うっぷ」
気持ち悪そうな千昭に気持ち悪い言い方をされ、朝陽は思わず吐き気を催しそうになった。
意識を昨日の放課後に持っていき、どうにか気を紛らわせようとする。
ただ、山田との会話を思い出しても、心が休まるどころかモヤモヤするのだから逆効果だ。
「別に、他の奴らと同じような感じだったよ」
「ほー。じゃあ、強力なライバルの出現ですな」
「ライバルって……お前までそう言うのかよ」
「あれ、もしかして山田に直接言われた?」
「……ノーコメント」
「なるほど、了解。いやーしかし、一度振られたらしいのに凄いな……」
無駄に洞察力の高い千昭は何かを察したようだが、朝陽はあくまで無言を貫く。
「いいのか? 山田が氷室さんと付き合うみたいなことになっても」
「……別に俺には関係ないだろ」
「ふーん。その割には険しい顔してますけど」
「それはお前も同じだろ。さっきからずっと」
「確かに、言えてる」
心身共に疲弊した二人の表情が険しいのは本当の事だ。
それは、絶叫系アトラクションの影響でもあり、朝陽の場合は他の要因も影響していた。
「おーい、二人ともお待たせ! 飲み物買って来たよー」
「サンキュー、ヒナ。かなり助かる」
千昭との会話は自販機から帰って来た日菜美と冬華によって打ち止めになった。
朝陽としては良かったと思う反面、胸に若干の黒い靄が残る。
ただ、そんな小さな心の淀みは端正な微笑を浮かべる冬華によって掻き消されることに。
「朝陽くん、これをどうぞ」
「ん、ありがと……うまいな、生き返る」
「それは良かったです」
冬華から受け取ったミネラルウォーターを口に流し込めば爽快感が広がり、身体と心が一気に軽くなる。
流石に午前中のような無茶はできないが、一つや二つの絶叫系は問題なく乗れるだろう。
一番は他のジャンルのアトラクションに乗る事なのだが。
「よーし、二人が回復したところで新しい絶叫系アトラクションにゴー!」
日菜美が提案したのは、やっぱり絶叫系だった。
「……ん? 今、新しいって言ったか?」
「絶叫系はもう全種類乗ったよな」
「そうですね、回転ブランコが最後だと思いますが……」
新しい、というワードに首を傾げる三人の前で、日菜美がニヤリと何やら企み顔を披露する。
その表情は誰に向けられているのか知らないが、とにかく楽しくて仕方がないといった感じだ。
「まだ一つ、絶叫系アトラクションが残ってるんだよ! みんな付いてきて!」
正直、不安しか残らないが、日菜美の後ろに続く以外の選択はない。
朝陽と千昭は顔を見合わせ肩を竦め、冬華は何故か少しだけ血の気の色が引いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます