第40話 氷の令嬢とクリスマス
十二月二十五日、クリスマス。
1LDKの部屋から一歩外に出れば、恋人たちの幸せな笑顔と、その幸せを後押しするイルミネーションの輝きが嫌でも目に入る。
それは、昨日――クリスマスイブと何ら変わらない光景のはずだった。
「……綺麗ですね」
「ああ、綺麗だな」
朝陽と冬華は肩を並べて、同じ感想を呟く。
場所は朝陽宅のベランダ。
目に映るのは真っ白な雪。
どうやら、今年のクリスマスは神様までもが恋人たちの味方らしい。
天からしんしんと降り注ぐ神様の贈り物は、地上を白一色に彩っていた。
「そういや、天気予報でホワイトクリスマスがどうとか言ってたな」
「何でも、十数年ぶりの出来事とか」
「へー、そりゃ珍しい」
「……あまり興味なさそうですね」
「まあ、雪自体は去年も降ったし」
「でも、今日という日に降る雪は特別じゃないですか」
「そういうものなのか?」
「そういうものなんです」
今一つピンと来ない朝陽に対して、冬華はカラメル色の瞳をキラキラと輝かせながら非日常へと目を向ける。
女の子はこういうロマンテックな展開を好むのだろうか。
冬華が恋愛小説を好んで読む影響もあるかもしれない。
ただでさえ、冬の夜は寒いのに加えて雪が降っている状況で、冬華は暫く幻想的な銀世界に浸っていた。
「……くちゅん」
可愛らしいくしゃみが部屋に響き、冬華が恥ずかしそうに鼻をすする。
結局、部屋着姿で十数分もベランダで外を眺めていたために、身体が冷えてしまったのだろう。
朝陽も先程、豪快なくしゃみを一発披露したばかりだ。
上着の一つでも着ておけばよかったと今更ながらに思うが、後悔先に立たずとはまさにこの事。
第一、そんな冷静な思考に至る暇など与えられず、冬華にベランダへと連れ出されてしまったのだ。
「ほら、これで身体を温めろ」
「ありがとうございます」
手早く作ったホットミルクの片方を差し出して、朝陽はソファーの端に座っている冬華の隣に腰掛ける。
「それで、どうして一度帰ったんだ?」
「えっと……それはですね……」
「……話したくない事なら無理に言わなくていいけど」
「あっ、いえ、そういうことでは……」
湯気が立つマグカップを両手で包んで暖を取りながら、朝陽が気になっていた質問をすると、冬華は分かりやすく狼狽えて目を泳がせた。
朝陽が聞いたのは、ローストチキンにホワイトシチュー、生ハムのサラダとクリスマスを意識した夕食を食べ終えた後の事。
冬華が一度部屋に帰って、また戻って来たのだ。
そして、何かと思えば雪が降っているとベランダに連れ出された。
恐らく、戻って来た理由は雪ではない。
外に出た時に、偶然気づいたのだろう。
戻って来た理由は他にある。
そう睨んで冬華の言葉を待つと、隣からコトンと静かな音がした。
朝陽もまた自然と身体が動き、同じ音を響かせる。
二つのマグカップが隣り合って、ソファー前の長机に並んだ。
「……少しの間、目を瞑ってくれませんか?」
「目を? ……こうか?」
「そのまま、私がいいって言うまで開けないでください」
以前、同じような事を日菜美に言われ、訳も分からずデコピンをされた思い出が蘇るが、まさか冬華がそんな悪戯をするはずがない。
言われるがまま目を閉じて暗闇に意識を投じると、小さな足音が遠ざかり、やがて近づいて来る。
そして、膝に僅かな重みが加わった。
何かを乗せられた、そう理解したのと同じくして「目を開けてください」と声がかかった。
「……これは?」
真っ先に目に映った細長い長方形の箱は、赤と緑、二色のストライプ柄をした包装紙で綺麗に飾られていた。
白い髭を蓄えた赤い服のおじいさんの姿がふと思い浮かぶ。
これは? と聞いた一方で、薄々答えは分かっていた。
「……クリスマスプレゼントです」
「だよな……悪い。俺、全く考えてなかったわ……」
「気にしないでください。私が勝手に用意したものですから」
正直に言えば、冬華は少し目を伏せながらニコリと笑う。
「開けてもいいか?」
「はい。気に入ってもらえるか分かりませんが……」
今度は不安げな表情を浮かべた冬華に許可をもらい、テープ貼りの包装紙を丁寧に開ける。
中から顔を出したのは、見覚えのあるシャープペンシル。
機能性、デザイン共に朝陽の好みで愛用している製品だ。
しかし、通常のカラーが赤、青、緑の三色なのに対して、手に取ったシャープペンシルの色は黒。
それは、発売十周年を記念した限定モデルで朝陽が密かに欲しがっていた物だ。
ただ、数量限定生産の上に人気が凄まじく、購入を断念した過去がある。
後からネットで売っているのを見かけたが、どれもプレミア価格が付いていて、なるべく節約スタイルの朝陽には到底手が出せなかった。
「どうしてこれを? 数量限定だし、そもそも凄く高いだろ」
「期末テスト前に、お気に入りのシャーペンが壊れたと凹んでいたので、限定モデルを贈れば喜んでくれるかなと思って」
「そりゃ嬉しいけど……本当に貰っていいのか?」
「ええ、もちろんです」
だって、と小さなサンタクロースは言葉を繋げる。
「私は朝陽くんに貰ってばかりですから。少しでもそのお返しをさせてください」
「……俺、何か冬華にあげたっけ」
記憶を辿っても冬華にプレゼントを贈った覚えはないし、思い当たる事と言えば昨日の夕食くらいだが、あれは親の厚意であって朝陽は何もしていない。
しかし、冬華には色々と思うところがあるようで、何故か少し照れ臭そうに頬を染めながら頷いた。
何故か食い違う記憶を不思議に思うが、せっかく用意してくれたプレゼントを無下にする理由はない。
「ありがとな、大切に使うよ」
素直にお礼を伝えると、冬華は嬉しそうに穏やかな微笑みを浮かべた。
昨日とは違い、いつも見慣れている姿のはずなのに、どうしてか冬華の笑顔に胸が高鳴る。
最近は、冬華を見ると妙に胸がざわつき始めるのだ。
そして、思わず目を逸らしてしまう――その先に、隣り合う二つのマグカップがあった。
天高く立ち昇る白い湯気はいつまでも消える気配がなく、途中で一つに混じり合って仲睦まじく揺らめいていた。
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