第3話 救出! 囚われの聖女

『見てくれ。アルフレッド君』


 通気口のダクトに身を隠しながらブレイディがそう言った。

 ミランダたち3人が残って堕天使の集団と戦っている中央広場から、鳥になって抜け出した僕とブレイディ。

 僕らは通気口を通り抜けてすぐに、ジェネットらがとらわれている牢獄にたどり着いた。

 身を潜めるこのダクトからは牢獄の様子が見て取れる。


 牢屋の中には正座したまま目を閉じているジェネットの姿があった。

 良かった。

 彼女は無事だ。

 その姿に僕はつかの間の安堵あんどを覚えたけれど、牢屋の前には何人もの堕天使が武器を手に見張りについている。

 確かにあれじゃあヤモリ姿だろうと見逃してはくれないだろう。

 ブレイディの話によればアリアナはまた別の牢獄にとらわれているらしい。


『ところでエマさんとアビーは? アリアナのところ?』


 ブレイディと一緒にこの牢獄に向かったはずの2人の姿が見えない。


『いや、あの2人には押収品管理室に行ってもらっている。こっちは見ての通りの堅牢ぶりだから、せめて先に武器だけでも取り返そうと思ってね。そちらはどうやら警備が手薄なようだから』


 どうやらアビーたちは押収されたジェネットとアリアナの武器を回収しに向かったらしい。


『アルフレッド君。何とかなりそうかい?』


 ブレイディの言葉に僕は状況を再度確認する。

 この牢獄前にいる堕天使は全部で7人。

 ジェネットを閉じ込めている鉄格子の前に3人。

 残りの4人は牢屋前の通路を巡回するように行ったり来たりを繰り返していた。


 7人を僕1人で相手するなんて普段なら無茶なことだけど、今は戦えるのは僕しかいない。

 ミランダが僕を信じて送り出してくれた以上、何としてもやり遂げなくちゃならないんだ。


『僕がEガトリングを撃ち出したらブレイディはすぐに牢屋を開けて』

『了解。牢屋の解除プログラムはアビーから預かっている。20秒、いや15秒あれば解除可能だ。そのくらいの時間を稼げればシスター・ジェネットが出てきて堕天使たちを一掃してくれると思う。今は丸腰だけど、牢屋から出れば彼女の神聖魔法が使えるから』


 僕とブレイディは顔を見合わせるとタイミングを合わせてダクトから飛び出た。


原点回帰オリジン・リグレッション


 空中で人の姿に戻ったブレイディの手に僕は素早く止まる。

 そして彼女は薬液をすぐに取り出して僕に飲ませた。

 瞬時に人の姿に戻った僕はEガトリングを取り出して起動する。

 そんな僕らに即座に気が付いた堕天使らが襲いかかってきた。


「これでもくらえっ!」


 僕は無我夢中で【Prompt】ボタンに指をかけた。

 Eガトリングの銃身が回転を始めて虹色の光弾を次々と吐き出した。

 最も僕の近くにいた堕天使がその胸から腹にかけて光弾を浴びて吹き飛ぶ。

 まず1人。


「まだまだぁっ!」


 僕は引き続きEガトリングを撃ち続けて鉄格子てつごうしの前にいる堕天使をねらう。

 堕天使らの後方、牢屋の中にはジェネットがいるけれど、彼女はすでにEガトリングの除外リストに登録済みなので光弾が当たることはない。


 鉄格子てつごうしの前に並んでいた3人の堕天使は僕が浴びせた光弾にたまらずに所定の持ち場を離れて通路の奥へと避難していく。

 そのすきにブレイディが鉄格子てつごうし横のパネルに駆け寄り、鉄格子てつごうしを開けるためのプログラムを打ち込み始めた。

 よし!

 後は僕が踏ん張るだけだ。

 

 僕はEガトリングを撃ち続けながら鉄格子てつごうしの前に移動した。

 作業中のブレイディを守らないと。

 僕が撃ち続ける光弾が弾幕となって堕天使らは一定距離以上、近付いて来られない。

 狭い通路の中で逃げ場のない堕天使が1人、2人と光弾の餌食えじきになって息絶えた。


 これで3人。

 残りは4人。

 このまま押し切ってやる!

 そう思ったその時だった。

 頭の中に激しい痛みを覚え、僕は思わず声を上げた。


「つあっ……」


 な、何だ?

 まるで脳を針で直接刺されているかのような強烈な傷みに神経を遮断しゃだんされてしまったかのごとく僕は動きを止めた。

 指が震えて【Prompt】ボタンから外れてしまい、射撃が中断してしまった。


「くっ!」


 か、体が思うように動かない。

 だけど当然、敵は待ってくれない。

 堕天使の一人が剣を振り上げて襲いかかってくる。

 僕は震える指で必死にEガトリングを眼前に持ち上げて堕天使の剣を受け止めた。


「くあっ」


 その衝撃に押されて僕は後方に飛ばされ、鉄格子てつごうしに叩きつけられた。

 背中に強い痛みを感じて僕は思わず顔をしかめた。

 それほど多くはない僕のライフがわずかに減る。


「アル様!」


 後ろからジェネットの心配する声が聞こえるけれど、久々に聞くその声に僕は勇気を奮い立たせた。

 ジェネットを助け出すんだ。

 頭の痛みはわずかにやわらいでいる。

 指の震えもさっきよりはマシだ。


 僕は立ち上がると目の前に迫り来る堕天使に向かってEガトリングを撃ち放った。

 光弾が一発射出されるごとに激しい頭痛に襲われたけれど、それが何なのかを考えている余裕は1ミリもない。

 僕は痛みで視界がぼやけるのも構わずに光弾を撃って撃って撃ちまくった。


「うあああああああっ!」


 その時、背にしていた鉄格子てつごうしの感覚が消え、フッと背後から誰かに抱きしめられたんだ。

 

「アル様。もういいのですよ。もう終わりました。堕天使たちのライフはゼロです」


 それはジェネットの優しい声だった。

 その声に僕はハッとしてEガトリングの射撃を止めた。

 前方を見るとその場にいた全ての堕天使が倒れて動かなくなっていた。

 僕は全身の力が抜けるのを感じながら茫然ぼうぜんとその場に立ち尽くす。

 ジェネットはそんな僕を背後から抱き締めたまま静かに言った。


「アル様。助けに来ていただいてありがとうございます。アル様のお顔が見られて嬉しいです」

「ジェネット……。なかなか助けに来られなくてごめんね。無事でいてくれて良かった」


 そう言う僕の体をくるりと反転させて自分のほうを向かせると、ジェネットは僕のほほを両手で包み込みながら言う。


「アル様。もっとお顔をよく見せて下さいまし。かなりお疲れのご様子ですね。また無茶をされたんでしょう? 私がどれだけ心配したか。もうっ。アル様は本当に悪い人です」

 

 そう言うとジェネットは僕の胸に顔をうずめてほほを押しつけるように首を左右する。

 く、くすぐったいし、恥ずかしいよ。

 そんな僕らを横からジト~ッと見つめるのはブレイディだ。


「あ~コホン。イチャついているところ申し訳ないんだけど、ジェネット。次はアリアナ嬢を救出にいかないといけないんだ。あまり時間はないのだよ」


 その言葉に僕とジェネットはハッとして離れた。

 

「そ、そうだ。今、ミランダたちが中央広場で戦ってくれていて、早く行かないといけないんだよ」


 僕は簡潔に状況をジェネットに説明した。

 ミランダ、ヴィクトリア、ノアの3人がスキルの使えない状態の中央広場で戦い続けていること。

 ジェネットとアリアナを救出して、すぐに3人の加勢に向かわなければならないこと。

 その話を聞いたジェネットは試しに僕に対して回復魔法である神の息吹ゴッド・ブレスを使ってみた。

 すると中央広場と違ってこの場所では確かに魔法が発動することが確認できたけれど、残り80%ほどに減っている僕のライフは回復しなかった。


「アル様の言う通り、回復手段は奪われてしまっているようですね。口惜しい」


 そう言うジェネットの横でブレイディが変わらずに僕をジトッとした目で見ている。


「アルフレッド君。さっきキミ、ジェネットといい感じになって一瞬ミランダのことを忘れていたね? 魔女殿に言いつけるよ?」

「わ、忘れてないよ! とにかく急ごう」


 そう言って歩き出そうとした僕は息を止めた。

 ヒュンッと空を切る音がして目の前に光る何かがひらめいたと思ったら、ジェネットが僕の眼前に腕をサッと出したんだ。

 両目を見開いたまま息を飲む僕のすぐ目の前で、ジェネットの人差指と中指の間にナイフがはさまっているのを見た僕は状況をようやく理解した。

 ぼ、僕の顔を目がけて投げられたナイフを、寸前でジェネットがつかみ取ってくれたんだ。


「フン。邪魔が入ったか」


 陰鬱いんうつな響きの声とともに通路の奥から現れたのはせ身の悪魔だった。

 その姿に僕は驚愕きょうがくと共に声を上げた。


「マ……マット!」


 そこに現れたのは裏天界で僕らを襲ったせ悪魔にしてキャメロンの助手を務めるマットだったんだ。

 彼は裏天界の教会で絵画の中に吸い込まれていたんだけれど、そこに現れたローザの手によって全焼した教会の中でゲームオーバーを迎えたんだ。

 そしてコンティニューしてまたここに現れたってことか。

 マットは鋭い視線を僕に向けた。


「貴様。まだしぶとく生きていたか。また俺のナイフの餌食えじきにしてやろう」

「キャ、キャメロンを裏切って何をしようっていうんだ!」

「フンッ。あの小僧はもう用済みだ。そして貴様らに話しても無駄なこと。なぜなら貴様らはここで死ぬからだ」

 

 そう言うとマットは両手にナイフを構える。

 僕は咄嗟とっさにEライフルの銃口をマットに向けたけれど、それを見たマットはニヤリと口の端をゆがめて暗い笑みを浮かべた。


「忘れたか? その銃では俺を傷つけられんということを」


 そ、そうだ。

 裏天界でマットと戦った時、この銃の光弾は彼の目の前で消失してしまったんだ。


「マヌケめ。あらかじめその銃の除外リストには俺とローザの名前が登録されている。だからいくら俺を撃ったところで無駄なこと。言っておくが解除は出来ないよう細工されている」


 そ、そういうことだったのか。

 だからローザにもこの銃の光弾が通用しなかったんだ。


「あきらめて俺のナイフを味わえ。この前は左足だったな。こんどは腹に突き立ててやろう」


 そう言って自慢のナイフに舌をわせるマットを前に僕はくちびるを噛んだ。

 だけど、そんな僕を守るようにジェネットが眼前に立ってマットと対峙する。


「そのナイフでアル様を傷つけたのですか……」

「そうだ。貴様も同じ目にあわせてやる。言っておくが楽に死ねると思うなよ」

「……それはこちらのセリフです。私の大切な人を傷つけた報い、その身をもってあがなっていただきます」


 そう言ったジェネットの表情がスッと変化した。

 僕がゾクッとするほど静かで、そして勇ましい表情だった。

 た、戦う時のジェネットの顔だ。

 彼女は前を向いたまま言う。


「アル様。ここは私に任せて、ブレイディと共にアリアナの救出に向かって下さい」

「え? で、でもジェネット。懲悪杖アストレアが……」


 今のジェネットは装備武器である懲悪杖アストレアを持っておらず丸腰だ。

 だけど僕はそれ以上の言葉を口にすることは出来なかった。

 彼女の後ろ姿に揺るぎのない意志を感じたからだ。

 僕は後ろ髪引かれる思いを断ち切るようにくちびるを噛みしめると、きびすを返した。


「分かった。すぐに戻るから待っててね。ジェネット」

「行こう。アリアナ嬢のいる牢獄はこの裏側だ」


 そう言うブレイディの薬液を使って再び鳥になると、僕らは通気口のダクトへ飛び込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る