第15話 手紙

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 拝啓はいけい アルフレッド様

 

 天使長イザベラ様より言伝ことづてを申し使って参りました見習い天使のティナと申します。

 天使長様は現在、大変な苦境に立たされております。

 堕天使の集団に天樹の塔が占拠され、ライアン主任を初めとする同胞たちの多くはとらわれの身となってしまいました。

 さらにはサーバーダウンにより力を奪われた天使長様を守るべく、ミシェル様たちお側付きの方々が執務室に立てこもり、堕天使たちの侵攻を必死に食い止めています。

 しかしそれも長くはもたないでしょう。

 

 アルフレッド様。

 あなた方を投獄しておきながら、このようなことを申し上げられる立場にないことは重々承知いたしておりますが、恥を忍んでお願いいたします。

 どうかあなた方のお力で天使長様と天樹の塔をお救い下さい。

 一刻も早いご到着をお待ち申し上げております。

 敬具


 追伸

 私は天使長様より権限を委譲され、転移装置のシリアル・キーを着脱できます。

 とびらさえあれば、この世界のどこにでも転移装置を出現させられるのです。

 そしてサーバーが復旧すれば転移装置は使用可能になります。

 この装置を守るために私は派遣されました。

 必ずやあなた方の脱出のお力になるとお約束いたします。

 以上

                           天使見習い ティナ

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 見習い天使であるティナからの手紙を読んだ僕とミランダは顔を見合わせる。


「この手紙の通りなら、転移装置ってやつは思っていたよりも使い勝手がいいじゃないの」

「そうだね。でもどうしてイザベラさんはこんな大事なものを彼女に持たせたんだろうか」


 馬が言っていたティナの特別な力とは、天使長であるイザベラさんから受け継いだものらしい。

 僕の言いたいことを察してミランダはうなづく。


「見習い天使って思い切り下っじゃないの。あのムカツク天使長があんな小娘に頼まなきゃならないほど天使どもは人材不足だったのかしらね」


 そう言うミランダに馬はブルルッといななきながら首を横に振る。


『大事なものを持たせていると堕天使たちに悟らせたくなかったのでは? 見習い天使にそんな権限が与えられているとは誰も思いますまい』


 逆を突いたってことか。

 ともかくそうして僕らに転移装置の鍵を渡してくれたってことは、イザベラさんは囚人である僕らを許してくれたのかな。

 そんなことを思う僕の隣でミランダが口の端を吊り上げて意地悪な笑みを浮かべる。


「フンッ! 人のことを犯罪者扱いしておいて、自分たちが困ったら手を差し伸べてもらおうっての? 虫が良すぎるでしょ!」

「ミランダ。イザベラさんは僕らが逮捕された時には瞑想室にこもっていたから知らないはず……」

「ハッ! どうだかね。何にせよ自分の住処すみかも自分で守れない奴に手なんか差し伸べてやるもんですか! いい気味だっつうの!」


 ミランダは苛立いらだってここぞとばかりにイザベラさんをこき下ろす。

 まあミランダの気持ちも分かるよ。

 僕だってあんな風に牢屋に入れられたことを思うと正直気分は良くない。

 けど冷静になって考えれば、あの時は天使たちもああするほかなかったんだと思う。

 イザベラさん不在のためにその時点での最高責任者となったライアン主任は、僕らを投獄する判断を下したけれど、彼自身そんなことをしたくはなさそうだった。


 なんてことを考えていると、すぐにミランダにはバレてしまうんだ。

 鬼の首を取ったように息巻くミランダは僕のほっぺたをグイッとつねる。


「ま、どうせ甘~いあんたは、天使たちを助けてあげたいとか甘~い寝言ほざくんでしょ」

「イタタタ……そ、そうだね」

「チッ! いいわよ。どうせ天樹にいる堕天使どもは皆殺しにするつもりだから。そしたら結果的に天使どもは助かるでしょ。その代わり、助かったあかつきにはイザベラも含めて全員で私に土下座だから! 天使全員土下座! いいわね!」


 鼻息荒くそう宣言するミランダをなだめながら、ボクは見習い天使ティナの手紙をアビーに渡した。

 アビーが分析すると、確かにこの手紙の中にはある種のシリアル・キーが隠しプログラムとして含まれていた。

 それはこの世界のとびらを転移の門に変化させるための鍵だった。


機能導入システム・インストールなのです~」


 アビーは自らのスキルを使い、転移装置のシリアル・キーを自らの体にインストールする。

 そして試しに2階の部屋のとびらを開いてみると、部屋の奥に先ほどは無かったもう1つのとびらが出現していた。

 転移装置が起動したんだと僕らはすぐに分かった。

 ただし現れた奥のとびらを開こうとすると、エラーメッセージが出て、先に進むことが出来ない。

 アビーはやはりといったように肩を落とす。


「やはり~サーバーダウンの影響なのです~」


 今すぐの脱出は難しいみたいだ。

 出来れば証拠を握るブレイディや戦闘に加われないアビー、エマさんはこの場で帰してあげたかったけれど仕方ない。

 ただ、これで僕らは脱出の足がかりを得ることが出来た。

 今は無理でもサーバーが復旧すれば転移装置を使えるようになる。


 あとはジェネットとアリアナを助け出せれば、元の世界に戻る態勢は整うわけだ。

 ずっと次に踏み出す足場を奪われたような気分だったけれど、ここにきてようやく次の一歩を踏み出せるようになったことに僕は確かな手ごたえを感じ取っていた。


姐御あねご。ご無事で何より。ご指示を」


 馬屋から外に出るとゾーラン率いる悪魔の一団が僕らを待っていてくれた。

 多くの溶岩百足ようがんムカデあふれ返る坑道から最小限の犠牲で脱出できたらしい。

 ミランダは即座に彼らに指示を与えた。


「ゾーラン。あんたは手下を連れて天樹の外側から派手に仕掛けなさい。本気で堕天使の守備隊を打ち破って突入するつもりでやんなさい」

「望むところで。そのまま突入して中で大暴れしてやりやすよ」


 ゾーランはムキムキの腕に力コブを作っていきり立った。

 それからミランダは僕らの方を振り返って続きを話した。


「ゾーランたちが正面で騒ぎを起こしている間に、私たちは天樹を回り込んで後方から一気に塔の内部に突入するわよ」


 そう宣言するミランダにヴィクトリアは疑問をていした。


「そんなに簡単に敵陣に入れるのか? 当然のように連中は裏も守りを固めてると思うぜ」


 だけどミランダは問題にもならないというように胸を張って見せる。


「元々は私とゾーランたちだけで天樹を攻める予定だったんだから、どうってことないわ。そこにいるエロいシスターが天樹の内部マップと全ての出入口のデータを持ってきたから攻め方は分かってるし」


 そう言うミランダにエマさんは妖艶な笑みを浮かべて優雅に手を振る。

 さすが神様の忠臣なだけあって、事前の準備にぬかりがない。

 ただエロいだけの人じゃないぞ。

 ミランダは一同を見回すと黒鎖杖バーゲストを頭上に振り上げた。


「黒幕が誰だろうとサーバーダウンが何度起きようとそんなもんは関係ないわ。敵を殲滅せんめつして我が道を行くのみよ! 戦争を始めようじゃないの!」

「オオオオオオッ!」


 威風堂々たるミランダの言葉に悪魔軍団が呼応して戦意が鼓舞される。

 その様子に僕はいよいよ敵陣に攻め込むんだと実感し、緊張に身を固くした。

 戦争なんて僕のガラじゃないけれど、とにかくジェネットとアリアナを救い出すことに集中しよう。

 僕らは村を出ていよいよ天樹に向けて出発することとなった。


姐御あねご! 行ってまいりやす!」


 作戦通り、ゾーランたちは先行し天樹へ真正面から攻撃を仕掛けるために飛び立っていった。

 堕天使らの守備隊と悪魔軍団が争うすきに天樹の反対側から僕らは侵入するんだ。

 そして僕らの移動手段については馬が馬車を引く役を買って出てくれた。

 ミランダやノアは飛んで行ったほうが早いんだけど、魔力や体力を温存するために馬車を使うことに決まったんだ。


『そういうことでしたらこの私めが馬車を引きましょう』


 張り切ってそう言う馬にミランダがにらみを利かせる。


「また遠回りなんてしたらどうなるか分かっているわよね? 馬肉」

『ひぃぃっ! し、しませんしません!』

「全力で走りなさい。少しでも手を抜いてると感じたら尻から焼いてやるわよ。馬肉」

『ひぃぃっ! というか馬肉と呼ばないで!』


 ミランダのおどしに震え上がりながら、馬は僕ら7人を乗せた馬車を引っ張り走り出した。

 馬車の周囲にはゾーランが護衛のためにつけてくれた腕利きの悪魔4人が飛んでいる。

 無愛想だけど彼らは仕事に忠実でピッタリと馬車に付きながら周囲を警戒していた。

 ゾーランの部下たちは悪魔なのに皆まじめだよね。


 それから僕らは天樹に向かう道をひた走る。

 最短距離なら10分で着く道のりだけど、街道を避けて森の中の道を進み、天樹を回り込むように移動するため、もう少し時間がかかるとのことだ。


「い、今のところ誰も襲ってこないね」


 僕は馬車の中から首を出して周囲を見回しながらそう言った。


「ビクビクするんじゃないわよ。今はゾーランたちが正面から攻め込んでいるから堕天使たちも他に人員を回す余裕がないんでしょ。ほら。聞こえるわよ」


 そう言うミランダの言葉を聞いて耳を澄ませると、遠くでうねりのような音が聞こえる。

 大勢が争い合う声だとすぐに分かった。

 ゾーランたちと堕天使の守備隊とがぶつかり合っているんだ。


「始まったみたいね。今のうちよ」


 ミランダの言う通り、それから僕らを乗せた馬車は堕天使に襲われることもなく天樹の近くまで進むことが出来た。

 馬車の中ではエマさんがミランダやヴィクトリア、そしてノアのライフを最大まで回復してあげている。

 ブレイディやアビーは持っている回復アイテムを前線で戦うことになるヴィクトリアたちに譲渡していた。


「戦いが始まったら、ワタシ達は足手まといにならないよう、コレで天樹の内部に潜入しているよ」


 そう言ってブレイディは薬液の小瓶を3つ取り出した。

 ブレイディとアビーとエマさんの3人は僕らとは別行動になる。

 彼女たちはヤモリに変身して天樹内部に潜入し、ジェネットらのとらわれている牢へと向かうことになっている。

 アビーが神様から預かっているプログラムでジェネットとアリアナを牢から救い出すためだ。

 そして僕らと中で合流するんだ。


 天樹の塔への突入を間近にして撲が緊張に拳を握りしめていたその時、アビーが鼻をヒクヒクとさせて言った。


「前方からげ臭いニオイがするのです~。どんどんこちらに近付いてくるのです~」


 嗅覚に優れたアビーの言葉に皆が緊張の面持ちで前方を見据えた。


「馬! 止まりなさい!」


 ミランダは即座に声を上げて馬に命じ、馬車は森の中の一本道で停車した。

 だけど両脇は木々に囲まれているので、馬車を隠すことは出来ない。


「堕天使どもが来るなら迎え撃つわよ。1人も逃してやるもんですか」


 そう言うミランダの肩に手を置いてヴィクトリアが言った。


「ミランダはさっき暴れたろ。今度はアタシにやらせろよ。敵の本丸に突入する前に準備運動しておきたいからな」


 そう言うヴィクトリアに続いてノアも槍を握った。


「ノアも堕天使どもに借りがある。奴らを刺し貫かねば気が済まぬ」


 そんな2人にミランダが舌打ちしたその時、前方からその姿が見えてきたんだ。

 それは荷台が炎に包まれた馬車と、それを追う数名の堕天使だった。

 追われる荷馬車の御者台には……1人の子供が座っている。

 その姿を見た僕は呆然と声を漏らした。


「キャ、キャメロン……」


 そう。

 堕天使らに追われ必死に馬車を走らせて逃げていたのは、キャメロンだったんだ。

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