第5話 兄貴! 兄貴!

「夜通し続いた姐御あねごの戦いをこの目で見て震えが来やした。姐御あねごはあっしらとケンカした時よりずっと強かった。まるでいにしえの魔王ドレイクかと思いやしたぜ」

 

 ゾーランは興奮してそうまくし立てた。

 悪魔の坑道の中に再度戻ったミランダは、ゾーランの一派のライバルとなる悪魔の集団をたった1人で一晩かけて殲滅せんめつさせたという。

 その話に興味津々きょうみしんしんなヴィクトリアは、隣に座ったゾーランを無遠慮にジロジロと見てから、ミランダに話の続きをうながす。


「で、その悪魔軍団の数はどのくらいだったんだ?」

「私がその場に到着したときには多分300を超えているくらいの数だったわね」

 

 ミランダはゾーランたちに絶対に手出しをしないようにと厳に言いつけて、たった1人で悪魔の集団に突っ込んでいったんだって。

 誰が見ても無茶な行動だったけれど、彼女は嬉々として悪魔たちを倒し続けた。

 悪魔たちの数は多く、倒しても倒しても増援が現れた。

 それからミランダは無数に現れる悪魔たちを相手に夜通し戦い続けたらしい。

 

 そして夜が明ける頃についに悪魔たちは全滅したんだ。

 最終的にミランダが倒した悪魔の数は千を超えるそうだ。

 すごすぎる。


「それで新スキルはどうだったの?」

「なかなかいい具合だったわ。いずれお披露目ひろめするから楽しみにしていなさい」


 そう語るミランダの顔は満足げだった。


「とにかく姐御あねごのおかげであっしらはこの坑道の所有権を手にすることが出来たわけでやす。それから姐御あねごはあっしらを率いて天樹の塔への進撃を開始しやした」

「そしたら途中でアルが脱獄して天界へ向かったって話を聞いたから、進路を変更してはるばるあんな空の果てまで向かったのよ」 


 そして僕らがいる裏天界に悪魔の軍団を率いて突撃したってことか。

 なるほど。

 ようやく昨日からのミランダの足跡を知ることが出来て僕はスッキリした気持ちになった。

 荷馬車を破壊したのも彼女が悪いわけじゃない。

 無論、それを天使たちに説明して分かってもらうのは簡単なことじゃないけれど、僕はミランダの口から本当のことが聞けただけでも満足だった。

 

「さて、これでここまでの話はオシマイ。今度はあんたの話を聞かせなさい。アル」


 そう言うミランダに僕は昨日からここまでの話を一通り彼女に話して聞かせた。

 聞き終えたミランダは座り続けていたせいか体が凝り固まってしまったようで、立ち上がって大きく伸びをしながら言う。

 

「なるほどね。あのウジャウジャいた堕天使どもはどこかのどいつに量産された兵隊だったってわけか。ところでゾーラン。あの後結局、堕天使どもはどうなったの?」


 裏天界はバラバラに壊れてしまい、そこで繰り広げられていたゾーラン率いる悪魔と堕天使らの戦いがどうなったのか僕らには分からなかった。

 

「デカい竜が突っ込んだせいで城が壊れた途端、堕天使の奴ら、統制を失って散り散りに逃げていきやした。追撃をかけて大半は仕留めやしたが、逃げおおせた奴も一定数いやす」

「そう。ってことは、あの城に堕天使たちをコントロールする秘密があるってことか」

「おそらく。奴ら、城を守るのに躍起やっきになってやしたから」


 それを聞いたミランダは、席を立ってアビーと共に寝台のノアの様子を見ていたブレイディに視線を向ける。


「ブレイディ。あんたの得意分野でしょ。見解を聞かせなさい」


 突然、話を振られたブレイディだけど、興味深い話だからか、彼女も楽しげに答えた。


「やっぱり堕天使たちが必死に守ろうとしていたところを見ても、あの城が堕天使製造の中枢ちゅうすうを担っているってことだろうね。城の残骸ざんがいとかは持ち帰れなかったかい?」


 そうたずねるブレイディにゾーランは首を横に振った。


「それが裏天界の瓦礫がれきは全部、あの奇妙な雲を抜けられずに消えてちまって……」


 そうだ。

 僕もつい先ほどこの目で見た。

 大量に落下して地上に甚大じんだいな被害をもたらすのではないかと危惧きぐしていた裏天界の残骸ざんがいは、表と裏の世界をへだてる雲の中で消えてしまったんだ。

 その話にブレイディが残念そうに言った。


「なるほど。おそらくは証拠を持ち出されないように細工して、表世界に出ると消えてしまう仕様にしてあるんだろう。用意周到だね。でもワタシは証拠映像を押さえている。そうそう思い通りにはいかないってことをこの件の首謀者に思い知らせてやらないと」


 ブレイディはそう言うと寝台に寝かされているノアに視線を落とす。

 そこで眠るノアにアビーが自分のメイン・システムからアクセスを試みていた。

 アビーのクリッとした目が青く光っている。

 どうやらノアの体内をスキャンしているようだ。

 ミランダの悪魔の囁きテンプテーションを直接体内に吸い込んだノアは随分ずいぶんと深い眠りに落ちているようで、身じろぎひとつしない。


「ん~。パッと見たところ異常はないように思えるのです~。プログラムからも特段のバグは見当たらないですし~。精密検査ではないので一概には言えませんが~、健康体そのものに見えるのです~」


 アビーの第一声はそれだった。

 そんなはずはないと思うんだけどなぁ。

 アビーの初診を聞いたブレイディが見解を示した。


「今は症状が落ち着いているから、アビーの分析に引っ掛からないのかもしれない。巨大竜になってしまう以外にアルフレッド君がノアに感じたのはどんな異変だった?」


 ブレイディの問いに僕は裏天界でノアが僕とヴィクトリアの前に姿を現した時のことを思い返した。


「裏天界で今の姿のノアと会った時は、意志疎通が出来ない状態だったんだ。心神喪失って感じでまったく話が通じなかった」


 僕の言葉にブレイディとアビーは互いに顔を見合わせた。


「言語と記憶、それから理性のプログラムに支障が出ていた恐れがあるね」

「今は眠っている状態ですから~分からないのかもしれないのです~。後ほどノアさんが起きている状態で~もう一度確認してみたいのです~」


 そう言うアビーにミランダとヴィクトリアが次々と声を上げる。

 

「今すぐ叩き起こせばいいんじゃないの?」

「そうだそうだ。叩き起こしてやろうぜ」


 ええ?

 それはちょっと危ないんじゃないの?

 僕と同じ感想を持ったようでブレイディとエマさんが反対の意を示した。


「けど彼女、目を覚ましたらまた暴れ出すんじゃないの?」

「そうよぉ。こんなところでもし彼女に巨大竜になられたら、わたしたちつぶれて全員ゲームオーバーだから。そんなの嫌よ。わたしは」

「そんときゃアタシがまたふんじばってやるから心配すんな。んで、そのすきにブレイディが例のシステム凍結薬でノアを凍りつかせれば大丈夫だろ」

 

 困り顔のブレイディ&エマさんとは対照的な笑顔でヴィクトリアはそう言った。

 そんな彼女たちを見ていたミランダはスッと席を立ち上がる。

 

「どちらにせよそのガキはいずれ目を覚ますわよ。そうなる前に何とか対策しておきなさい。私は例の女悪魔から情報を引き出してくるから。アル。ついてきなさい」

「う、うん」


 ミランダに続いて立ち上がる僕を見上げてヴィクトリアが言う。

 

「アルフレッド。アタシも行こうか?」

「ヴィクトリアは出来ればここにいてノアのことを見張っててくれないかな。万が一の時はアビーたちを守ってあげて」

「分かったよ。ま、戦い続きだったし、ちょっとした休憩時間だな」


 もし本当にノアが暴れ出したりしたら、止められるのはヴィクトリアしかいないから。

 僕の言葉をうなづくと、ヴィクトリアは椅子いすに座ったまま羽蛇斧ククルカンを取り出して手入れを始めた。

 僕とミランダはゾーランの先導で、女悪魔が捕らえられてるという牢獄に向かうべく休憩室の扉を開けた。

 

「うわっ……」


 休憩室を出た途端に僕は思わず声を上げてしまった。

 部屋の前の坑道には無数の黒い人だかりが出来ていたんだ。

 所狭しと居並ぶそれは悪魔の集団だった。

 呆気あっけに取られている僕の隣でゾーランが一歩前に歩み出て声を張り上げた。


「おまえらぁ! こちらのニイサンはミランダの姉御あねごの右腕、アルフレッドの兄貴だ! 兄貴に失礼なことしやがった奴はこの俺が半殺しにするから、よく覚えとけ!」


 威圧感たっぷりのゾーランの言葉に悪魔たちはオオオッと拳を突き上げて呼応する。

 彼らがゾーラン率いる悪魔軍団か。

 そ、それにしても、そんなたいそうな男じゃないですよ僕は。

 ゾーランと悪魔の集団を交互に見ながらアワアワしている僕を前に、悪魔の皆さんは拳を突き上げて兄貴と連呼し始めた。


「兄貴! 兄貴!」


 やばい。

 兄貴とか呼ばれておきながら実は大したことない奴だとバレたら殴られるかも。

 僕が青い顔をしているのを見たミランダは、隣で腹を抱えて爆笑している。

 ぐぬぬ。

 面白がってるな。

 ミランダめ。


 それから僕とミランダとゾーランは女悪魔を閉じ込めている牢獄を目指して坑道の中を進んで行った。

 ゾーランの話によれば牢獄までは歩いて5分もかからないらしい。


「ゾーラン。あんたの部下の中にもあの女悪魔を見たことのある奴はいなかったの? あの女悪魔もNPCでしょ?」


 そうたずねるミランダにゾーランは重々しくうなづく。


「あっしの部下たちは地獄の谷ヘル・バレーの各地から集まって来ていやす。そんな連中が顔も見たこともねえ悪魔ってのは新しく配置された新参者かもしれねえと思ったんでやすが……」


 ゾーランが調べたところでは、最近は新規に生み出されたNPCはいないらしい。


「モグリとかそういうレベルの話じゃないわね。そんな悪魔は地獄の谷ヘル・バレーには存在しない。そもそも悪魔かどうかも分からない。そう考えるべきよね。要するに……」


 そう言うとミランダはその続きをうながすように僕を見た。


「堕天使ってことだね」

「そういうこと。色々とつながってきたわね。あの女悪魔(仮)から情報を根こそぎ聞き出してやる」

「(仮)って……。でもどうやって聞き出すの?」


 僕がそうたずねるとミランダはニヤリと笑った。


古今東西ここんとうざい、罪人に罪を白状させるのは拷問ごうもんに決まってんでしょ。魔女の拷問ごうもんをあんたに見せてあげる」


 ご、拷問ごうもん……。

 ミランダの拷問ごうもん

 言葉にするだけでこわっ!

 楽しそうなミランダとは対照的に僕は寒気で身震いするのだった。

 

 ……お願いだからこの先も僕のことは拷問ごうもんしないでね。

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