第15話 キャメロン少年

 竜人ノアがやみ洞窟どうくつを訪れて来て、すったもんだしている最中だというのに、やみ祭壇さいだんに新たな来訪者を告げる警報が鳴り響いた。

 ミランダ退治にやってきたプレイヤーの訪問かな?

 取り込み中だけどやみ洞窟どうくつは通常営業だから仕方ない。

 こんな時でもミランダはプレイヤーの相手をしなくちゃならないんだ。

 僕も所定の位置に戻らないと……待てよ?

 そこで僕はふと足を止めた。


 そういえばヴィクトリアもNPC化したら一度ここに来てくれるって言ってたけど、まさか彼女か?

 ノアもいるこの状況でヴィクトリアが入ってきたら大混乱になるんじゃないだろうか。

 僕はその火と油のごった煮みたいな状況を想像してゲンナリした。

 だけどそんな僕の予想は外れて、洞窟どうくつを訪れたのは見たことのない3人組だったんだ。

 3人の真ん中に立つ人物が仰々ぎょうぎょうしく僕らにお辞儀じぎする。


「ごきげんよう。皆様おそろいで。お取り込み中にお邪魔いたしますよ」


 そう言ったのは、口調は大人だけど見た目は子供という奇妙な少年だった。

 見た限りは12~13歳くらいに見えるその少年は、銀色の髪と灰色の目が特徴的で、パリッとのりのきいた清潔な白いシャツに身を包んでいた。

 高価そうな服だな。

 どこかの御曹司おんぞうしだろうか?


 そんな少年の両脇には若くせた男性と、同じく若い女性が立っている。

 黒髪の男性のほう病的なまでに青白い肌がいかにも不健康そうで、くすんだ焦げ茶色の目は1ミリの愛嬌あいきょうも感じられない陰気な表情の人物だった。

 女性は薄い金髪を後ろでひとつにまとめていて、水色の目で黙ってこちらを見つめるその様子は不愛想だけどりんとしていた。

 彼らの独特な雰囲気に思わず見入っていた僕はハッと自分の仕事を思い出した。


「こ、この先には恐ろしい魔女がいるから……」

「ああ。結構。ワタクシどもはミランダ様に挑戦しにきたわけではございませんので」


 そう言うとその少年らは僕の前を通り過ぎてやみ祭壇さいだんの前まで進み、そこでミランダたちに向かってうやうやしく頭を下げた。


「ワタクシはキャメロン。しがない商人でございます。後ろにいるのは助手のマットと秘書のローザ。以後お見知り置きを」


 少年とは思えないような礼節作法のキャメロンに対して、ミランダは不機嫌さを隠そうともせずに言い放つ。


「今忙しいんだけど。見れば分かるでしょ? お坊っちゃん。何を売りつけにきたのか知らないけれど、私に挑戦しに来たんじゃないのなら空気を読んでさっさと帰れ」


 礼節や作法という言葉から最も縁遠いミランダはキャメロンを無視してノアをにらみ付けている。

 そんなミランダの態度に気を悪くした様子もなく、キャメロンは深々と頭を下げる。


「誠に申し訳ございません。ですがワタクシも仕事でして。そちらのノア様とこちらのアルフレッド様にはぜひともこれより我々にご同行いただきたく、お迎えに上がった次第でございます」

「同行? 僕が?」


 驚いてそうたずねる僕にキャメロンは鷹揚おうような仕草でうなづいた。


「ええ。現在、このゲームは他のゲームとのコラボ企画を画策しております。こちらのゲームのキャラクターが他のゲームに出張したり、その逆もまた然り。そして実験的な試みとして少数精鋭のキャラクターが他のゲームに乗り込んでその実力を披露するイベントが開催される予定なのです。僭越せんえつながらワタクシはその実行委員を務めておりまして、あるゲーム世界にお2人をお連れしたいと考えております」


 僕?

 また僕なの?

 何だか今日はよく指名を受ける日だな。

 しかも何でノアと?

 それに少数精鋭って、ノアはともかく何で僕?

 唖然とする僕をよそに、誰よりも早くミランダが雷鳴のように声を上げた。


「はぁ? このノアとかいうクソガキはどうでもいいけど、何でアルまであんた達についていく必要があるのよ。どいつもこいつも私の家来を勝手に使おうとしてんじゃないわよ!」


 そう言って今にもキャメロンに食ってかかろうとするミランダを、ジェネットが押し留めた。


「放せジェネット! 何であんたはいつもいつも邪魔ばかりすんのよ!」

「落ち着きなさい。そんなに怒ってばかりいると、眉間に怒りジワが残りますよ」

「うるっさい! ちょっとアリアナ! ボサッと見てないでこの冷静すまし顔女を何とかしなさいよ!」


 いきなり名指しされたアリアナはビクビクしながらこれに答えた。


「ミランダ。せっかくアル君が帰って来たばかりなのに、また出かけちゃうなんて寂しいんだよね。分かるよ」

「はあっ? そ、そんなことこれっぽっちも思ってないわよ!」


 ギャーギャー騒ぐ彼女たちを横目で見つつ、僕はキャメロン少年に話しかけた。

 当事者である僕はこの状況をいい加減に落ち着かせないといけない。

 そう思ったから。


「あの、キャメロンさん。僕、さっき戻って来たばかりで、これからこの洞窟どうくつで普段の務めを果たさないといけないんです。どういう理由で僕が選ばれたのか分かりませんけど、一緒に出かけることは出来ません」


 僕がそう言うとキャメロンは残念そうに肩を落とす。


「そうですか。残念です。しかし何ぶん突然のお話でしたので、そうおっしゃられるのも仕方ありませんね。とんだ御無礼をお許し下さい」


 よかった。

 意外とすんなり引き下がってくれたぞ。

 そしてキャメロンは僕からノアに視線を移した。


「ノアさんはいかがですか? もちろん報酬は弾みますよ」


 そうたずねられたノアはそれまで興味なさそうにしていたけれど、ふとあることを思い付いたようにキャメロンに問いかける。


竜酒ドラコールと変幻玉を持っていまいか? ノアはそれが欲しゅうてたまらぬ」

竜酒ドラコールと変幻玉ですね。少々お待ちを」


 え?

 今、持ってんの?

 そんな都合よく?


 キャメロン少年は自分のメイン・システムを手早く操作していく。

 するとすぐに彼の手の中に竜酒ドラコールの小瓶と変幻玉が現れた。

 マ、マジか。


 それを見たノアはハッと表情を変えるとタタタタッと小走りにキャメロンに近付き、彼の手の中のそれらの商品を凝視した。

 顔をすぐ近くまで寄せた無遠慮なガン見だ。

 一連の様子に驚く僕の顔を見てキャメロンは笑顔を絶やさずに言う。


「ワタクシは近ごろちまたで有名な巨大通販サイト『サバンナ』のプライム会員ですので、頼んだ商品は0.2秒で手元に届きます」


 れ、0.2秒って。

 唖然とする僕の隣でジェネットが首を傾げる。


「『サバンナ』はまだこのゲームでは正式導入されていないはずですが……」


 そうなの?

 っていうか僕、サバンナっていう通販サイトは聞いたことないな。

 ジェネットの言葉を耳ざとく聞きつけたキャメロンが諸手もろてを広げてうなづいた。


「ええ。おっしゃる通り。さすがジェネット様ですね。よくご存じで。サバンナはいくつかのゲームにまたがって展開されている巨大通販サイトですが、こちらのゲームではまだ未導入となっております。ですがこの度、こちらの運営本部が導入に向けてβテスターとしてサバンナを利用可能な仕様にしたモニターキャラを数十人投入したのです」

「では、あなたがそのうちの1人ということですか?」

「ええ。便利ですよ。サバンナ」


 キャメロンがそんな話をしている間もノアは彼の手元の竜酒ドラコールと変幻玉に目を奪われている。

 キャメロンはそんなノアに笑顔で言った。


「これは差し上げます。お近づきのしるしとして」


 そう言って彼はノアの眼前に2つのアイテムを差し出す。

 気前のいいキャメロンの言葉にノアは目を輝かせた。


「そしてもし依頼をお受けいただけるのでしたら、通常報酬とは別に、これらを好きなだけ差し上げましょう」


 その言葉にノアの尻尾がパタパタと揺れる。

 さらにもうひと押しとばかりにキャメロンは竜酒ドラコールの小瓶のふたをポンッと開けた。

 途端に鼻をひくつかせたノアは即座に竜酒ドラコールと変幻玉を受け取り、キャメロンと握手を交わした。


「商談成立」

「ありがとうございます」


 チョロいな!

 ノア、あっさり陥落。

 ま、まあ彼女は欲しいものさえ手に入ればそれでいいんだろうし。

 とにかく僕のことをあきらめてくれさえすれば、何でもいいよ。

 食べられるのは嫌だし。


 それからノアはキャメロンから指定された王城へと向かうことになり、キャメロンの秘書のローザに伴われ、挨拶あいさつも無くさっさと洞窟どうくつから出て行った。

 他のゲームへの転送装置がその場所にあるらしい。

 一連の流れを見ていたミランダはすっかりやる気を無くしたみたいで、肩をすくめるときびすを返してやみの玉座に戻っていく。


「バカバカしい。よそでやれっつうの。終わったんならあんたらもとっとと帰ってくんない? そんで金輪際こんりんざいアルに近づくんじゃないわよ」


 そう言うミランダの背中に向けてキャメロンは笑みを浮かべたまま声をかけた。


「実は……当初はアルフレッド様ではなくミランダ様にジェネット様、そしてアリアナ様にイベント参加をお願いするつもりだったのですが、事前申請で運営本部からの許可が下りなかったのです。そこで唯一許可が下りたアルフレッド様をお誘いするべくお邪魔したのです」


 キャメロンのその言葉にミランダはピタリと足を止めた。


「何ですって?」


 そう言って振り返った彼女の顔には険しい表情が浮かんでいた。

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