第7話 アルフレッドのアイテム攻勢

 槍と斧がぶつかり合って火花が舞い散り、硬質な金属音が鳴り響く。

 緑銀色に輝く蛇竜槍イルルヤンカシュを振りかざして竜人ノアが長身女戦士ヴィクトリアを攻め立てている。

 幼い容姿と小さな背丈に合わず、ノアは槍を見事に操って実に多彩な攻撃を繰り広げていた。

 彼女の持つ蛇竜槍イルルヤンカシュは自在に伸縮し、その特性を利用したノアの攻撃は優雅かつ効率的だった。

 一方のヴィクトリアは攻め立てられているものの、冷静にすべての攻撃を嵐刃戦斧ウルカンで防いでいた。


 とてもレベルの高い攻防だ。

 だけど……。


「やっぱりヴィクトリアはノアを本気で攻撃できないんだ」


 ヴィクトリアは防御こそ見事だったけれど、ノアへの攻撃にはイマイチ気迫が感じられない。

 幼い容姿のノアへの攻撃を、ヴィクトリアの体が本能的にブレーキをかけているような感じだった。

 さらにここでノアが次なる一手を打ってきた。


縛竜眼ドラゴン・バインド


 そう言うノアの目から金色の光が照射されてヴィクトリアを包み込む。

 途端にヴィクトリアの体の周囲にキラキラと輝く金色の糸が現れて彼女の肢体に次々と絡み付いていった。


「くうっ!」


 ダメージはないけれどヴィクトリアは忌々いまいましげにくちびるを噛んだ。

 彼女の体にまとわりつく金色の糸はすぐに消えていったけれど、ヴィクトリアの能力値に異変が起きたんだ。

 素早さを表す敏捷びんしょう度が3割から4割近くまで下がってしまっている。

 これによってヴィクトリアの動きが目に見えて鈍くなってしまった。


「くそっ!」


 これは以前にも、ノアがよくヴィクトリアに対して使っていた戦法だった。

 全体的に高いヴィクトリアの各種ステータス値の中で、スピード値だけはやや低めなんだけど、その数値をさらに下げられるのは辛いところだった。

 動きが遅くなったヴィクトリアはそれでも経験と技術でノアの攻撃を懸命に防ぎ続けるけれど、明らかにその表情には余裕がなくなっている。

 今までと同じパターンだ。


 さっき見た映像だと、ここから戦いは長期戦になっていって攻め手に欠くヴィクトリアがジリジリと追い詰められ、最終的に敗北を喫することになるんだ。

 今回もノアは同じパターンでヴィクトリアを追いこもうとしている。

 それが彼女にとっての最も手堅い必勝パターンなんだろう。


 だけど今日は今までとは違う。

 僕がいる。

 2対1となった数的有利なこの状況を活かすんだ。


 ヴィクトリアとの接近戦が始まってからノアは僕には全く興味を示さなかったけれど、僕はそこで彼女の注意を引くべく行動を開始した。

 僕がアイテム・ストックから取り出したのは、小瓶に入った竜酒ドラコールと呼ばれる液体で、ドラゴンをおびき寄せる時に使うんだ。

 世の中には竜殺しドラゴン・キラーという危険極まりない職業の人たちがいて、彼らがよく使う薬品だった。


 え?

 そんなもの一体どうするのかって?

 こうするんだ。


「えいっ!」


 僕は決然と声を発し、小瓶こびんふたを開けてその液体を思い切り頭からかぶった。

 うひぃ~!

 冷たい!


 竜酒ドラコールは酒とはいってもアルコールじゃないし、もちろん毒物や劇薬でもない。

 人にとって無害な無色透明の液体だった。

 この戦いに参加するにあたってアイテムの持参はチームで7個まで許されている。

 だから僕はノアとの戦いに有効と思われるアイテムを城下町で吟味ぎんみして買いそろえておいたんだ。


 7種のアイテムのうちの一つ目。

 竜酒ドラコール

 水とは違ってすぐ気化して乾くけれど肌への刺激はない。

 そして匂いはそれほどキツくなく、僕が動くとほんのわずかに甘い香りが漂う程度だ。

 僕ら人間にとってはこれといって気になることのない液体だったけれど、僕がこれをかぶった途端にノアが明らかな反応を見せた。


 さっきまで僕のことなんかまるで見向きもせずにヴィクトリアと戦っていた彼女だけど、今は僕のほうをチラチラと気にしている。

 集中力ががれたせいでヴィクトリアへの攻撃が甘くなっていて、防戦一方だったヴィクトリアに余裕が生まれ始めた。

 これは思った以上に効果があるぞ。

 でもヴィクトリアがノアに仕掛ける攻撃も相変わらず甘くて槍で簡単に払われてしまう。


 よし。

 ここで次の手だ。


「ノア!」


 僕はそう叫ぶとノアの後方に回り込むように走り出した。

 そんな僕をノアは目で追い続ける。

 いいぞ。

 僕は走りながら途中でクルクルと体を回転させ、竜酒ドラコールの香りを振りまいた。


 いや、端から見るとアホみたいだけど、僕のそんな姿に釘付けになっていたノアはとうとうきびすを返して僕に向かってきた。

 竜をおびき寄せる竜酒ドラコールの香りに竜人であるノアの本能も抗えなかったんだ。

 彼女にとっては非常に気になる匂いなんだろう。


「待てノア!」


 ヴィクトリアはそんな彼女の背を追うけど、これも事前の打ち合わせ通りの行動だった。

 ここからは上手くいくかどうか少し不安だったけど、やるしかない。


 僕はアイテム・ストックから2番目のアイテムを取り出した。

 変幻玉。

 それはちょうど両手で持てる皿くらいの直径の球体で、虹色の不思議な光彩を放っている。


「ノア! これあげる」


 陶器で出来ているため落としたら割れてしまいそうなそれを、僕は向かってくるノアの頭上に向けて投げた。

 ノアはパッと反応し、頭上から落ちてくるそれを反射的に蛇竜槍イルルヤンカシュで突いた。

 ガチャンと陶器が破裂して粉々になると、その中から虹色に輝く粉が舞い落ちてきて、ノアはそれを頭から全身に浴びた。

 濛々もうもうと立ち込める粉塵ふんじんから逃れるように僕とヴィクトリアはそれぞれ後方に下がる。

 そして僕らは並び立ってノアに目を向けた。


「うまくいったのか?」

「お、おそらく……」


 粉塵ふんじんはすぐに晴れていき、そこからノアが姿を現した。

 その様子に僕は息を飲み、固唾かたずを飲んで見守っていたヴィクトリアは両目を大きく見開いた。


「ノア……なのか? あれが?」

「ホッ。効果があったみたいだね」


 晴れていく粉塵ふんじんの中から現れたのは、先ほどまでのような幼女のノアではなく、スラリ長い四肢の美しい大人の女性だった。

 体を覆う金色のうろこ綺麗きれいな白い尾があるためそれがノアだと分かるが、胸の膨らみやお尻の丸みは先ほどまでのノアとは大きく異なり、すっかり成長した女性の姿に変わっている。

 ノア自身、自分の変化に驚いているようで、動きを止めて己の体をしげしげと眺めていた。


 そんな彼女にヴィクトリアは猛然と襲いかかった。

 獲物を仕留めようとする肉食獣のようにヴィクトリアは吠える。


「オラァ!」


 ヴィクトリアは嵐刃戦斧ウルカンを振り上げて思い切りそれをノアの肩口に叩きつける。

 その刃はノアのうろこに当たってガキィンと金属音を上げ、ノアはその勢いに大きく吹き飛ばされた。

 

「よっしゃあ!」


 防御力の高いノアのうろこを傷つけることは出来ないけれど、その衝撃はノアにわずかなダメージを与えたようで、彼女の総ライフポイントの7が6に減った。

 たった1だけどダメージを与えたという事実が僕とヴィクトリアを勇気づけてくれた。


「でかしたぞ! アルフレッド!」


 ヴィクトリアは嬉々として斧を振るい、ノアへの攻勢に打って出る。

 変幻玉は効果覿面てきめんだった。

 それを浴びた相手がどんな姿になるのかはそのキャラクター次第なんだけど、大人の姿になったノアに対してヴィクトリアは遠慮することなく攻撃をすることが出来るようになったんだ。


 よし。

 ここで気を緩めず一気にペースを握るために次の手だ。

 僕はすかさずアイテム・ストックから第3のアイテムを取り出した。

 それは小さな透明のガラスびんであり、ふたを開けると中から手の平サイズの小さな妖精が現れた。


 風妖精だ。

 フワフワとした真っ白な羽毛が特徴的なその妖精が持つ効果は単純明快。

 投与したキャラクターのスピードをその戦闘中、一定量アップさせることが出来るんだ。


「風妖精。ヴィクトリアに力を与えてあげて」


 僕の求めに応じて風妖精は文字通り風のように宙を舞い、ヴィクトリアの元にたどり着くとその首すじを羽でひとでしてすぐに消えてしまった。


「うひっ! くすぐった!」


 ノアを攻め立てていたヴィクトリアは一瞬そのこそばゆさに首をすくめたが、その効果はすぐに表れた。

 ノアの縛竜眼ドラゴン・バインドによって制限されていたヴィクトリアの動きが良くなった。

 彼女のスピードが元に戻ったんだ。

 

「よしっ!」


 スピードが元に戻ったことでヴィクトリアの攻撃に鋭さが増した。

 これにはたまらずノアは交代しながら槍で防戦に追い込まれていく。

 さっきまでとは真逆の展開だった。

 形勢逆転だ!

 白熱する戦いに僕はいつしか手に汗を握っていた。

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