#044:大概だな!(あるいは、YAPPA!!銀河系いちヤベぇやーつ)


<……てな『未来』も供給可能なんだえ>


 と突然、やけに凪いだ感じのクズミィ神の顔にピントが合う。


 ウワァァァッ、ウワッ、ウワアァァァァァァアアアアッ!!


 ……という自分の発したとも思えぬほどの絶叫が、喉奥から迸り出ていた。ふと気が付くと、俺は「目覚めた」かの感触で意識が「反転」する前の状態、すなわち、身体の左半分を赤い「剣山状」の無数の針に貫かれたまま、漆黒に白い点を散らした例の「暗黒空間」に浮遊していたわけで。


「……」


 何が起こったのか、一瞬で理解することは不可能であったが、ひとまず野郎との距離を取らないとまずいとの考えから、自らの青き「記憶珠」を自転させつつ左半身側を駆け巡らせて、ウニの棘のような「赤い針」たちを折り取ってから、後ろにのけぞりつつ飛びすさる。


 そこまで深くは突き刺さっていなかったのは幸いだったが、刺された後に来た、あの「幻想」……いや幻想には思えないほどに五感ははっきりしていたし、思わずこれからの身の振り方さえ考えさせられちまったリアルに近い現実感……ていうかアレ何だったんだよ……また俺の逡巡とかはあっさり流されていくじゃねえか勘弁してくれよ……


「銀閣さんっ、流石はです!! ヤツの甘言……というか妄想めいた『世界』に踊らされずに戻ってくるとは!! これも……『ケレン味』の力……なのかもしれませんね……」


 頭上に鎮座していたネコルはネコルで、そんな興奮混じりの声で言うてくるけど。えええ……結構な「世界」構築されてたよな……あれ無かったことになっちゃうんだ……


<フアッハッハァッ!! 今のはほんの小手調べ……つまりは、貴様の思うがままの『世界』に、案内あないすることが可能だと、そういうことだえ……我が軍門にくだれば!! そこのショボ猫が本当に、奇跡的幸運にて偶然創ることのできたこの世界を改竄し、己の欲望のまま!! 自在なる『世界』を展開させること、それすらも可能……どうする、ギンカクとやら!! 我に服従を誓うのならば、貴様にこの世界の半分をやろう……>


 距離10mくらいから、5mはありそうな、やけに歪んだ巨顔から、そのような大魔王的な言葉が紡ぎ出されてくるものの。


 「世界」か。思うがままの「世界」かよ。


 ……ふと己の身に立ち返って考えてみた。これまでのスカスカな人生もアレだが、かといって他者からはいよと渡されるもんでも無えだろ。「世界」。「世界」だとぉぉぉ……


「ッ……そんなものはなぁぁぁああああッ!! 己の大脳が作り出す、哀しい妄想の中にしか無えんだよおおおぉぉぉッ!! 知ってんだ!! 俺知ってんだ!!」


 そんな餌チラつかされて尻尾振るようななぁ……こちとらそこまで牙抜かれちゃあいねえんだよ……(ケレンミー♪


<なッ……十中八九、乗るところの提案を、受け付けない……だと? そんなバカな!! そこまでてめえの人生に達観している人間なぞ、いるはずはなぁぁぁぁいッ!!>


 クズミィ神が、その巨顔を歪ませ、そんな叫びをカマしてくるが。


「……未知なるが『世界』だぜ、女神さんよ。俺は、俺以外のすべてのッ!! 予測できねえ未知なる場所せかいを目指して走破してッ!! ……そうして辿り着くんだ……ほんとの『自分』ってやつになぁぁぁぁあああああッ!!(超!絶!ケレンミー♪)


 俺の腹からの叫びは、それを呑み込み凌駕していく。


「キタキタぁッ!! ケレン味完了だィ、ちくしょうめいッ!! 最終超絶カード転送中……>


 と、頭上から、もはや懐かしいばかりのネコルの例の機械音声が響いてくるが。俺は自分の頭の上へノールックで右腕を伸ばし、その指先の間にちょうど収まるようにして射出されてきた「カード」をつかむと、自分の眼前へと振り下ろすようにして提示する。


 こいつがッ!! こいつこそが正真正銘最後ッ!! 最後のケレン味だぜぇぁあああッ!!


 が。


<『法則:体毛の等価交換~ただの毛根じゃねえかこんなもん~』>


 あ?


「こ、ここでこんな『URアルティメットレア珍戴獣焚レアオブジゴデスカード』を引いてくるなんて!! やっぱり愛されてるぅッ!! 銀閣さん!! あなたはやっぱり勇者!! ケレン味の神様に完全に愛されし者ですよぉうッ!!」


 え? そんな感極まった感じでネコルは頭上で叫ぶものの。え? そこじゃないよな?体毛え? 毛根えええ?


 刹那、だった……(ファイナル刹那!! GO!!


「あんぎゃあああああッああああはああああああああはっはあああぁッ!!」


 足の薬指第二関節辺りから、始まる激痛。体毛を逐一毛抜きで抜毛されていくような、いやそれ以上の激痛が、俺の身体を、確かな感覚を刻み付けながら、這い上がり始めてきたのであった……


 ……そこに、ケレン味はあるのか?


 苦痛と驚愕に歪む己の顔を何とか下向かせると、サンダル履きの自分の両足から、何かが光の珠と化して自分の周囲を飛び回り始めるのだけは見て取れた。だが、それに伴う痛みは、確実に俺の精神を蝕んできやがる……何だよこれ、先ほどまでのとは違った、根源的なヤバさを全・毛穴が察知し始めているよ怖いよ……


 そんな純度の高い混沌をさらに煮詰めるかのように。


「……人間の体毛は表面に出てきてないものも含めて約『500万』ッ!! それらをすべて等価交換して、クズ女神ミィしんんッ!! お前の『6500万』のショボ珠を駆逐するッ!! 彼我差『13倍』くらいならばッ!! どっこいこっちの勝ちなんだがばぁあああッ!!」


 ネコルがそんな空恐ろしい声でイキれ叫び出すよ怖いよ……とか思ってる間もなかった。「光の珠化」は、いまや俺の剛なる脛の毛を一本残さず激痛と共に変化せしめていく……


 なぜだぁああああああ、なぜこんなんなるんだあああぁあああ……言葉にならない不条理さを、俺はただただ自分の周りに泡沫あぶくのように湧いてきている無数の「珠」を無軌道にぶん回すという代償行為にてやり過ごすことしか出来なかった。


 クズミィ神からの、無限に思えた赤い珠の奔流が、徐々にその勢いを失い、奴への最短距離を示すかのように左右に力無く割れていく。その先には俺以上に驚愕に振り切れたような女神の何ともいえない顔が現れてきていた。


 一瞬、その震える目と目があったような気がした。その目が少し笑いかけてきたようにも、思えた。いや錯覚か。絶え間なく与え続けられる針で刺されるより緻密な激痛の中で見た、幻だったのかも知れねえ。


 いいのか? いいのかこれで? というもっともに過ぎる自問自答といもずっと脳内で無軌道に跳ね回っているものの。


 これが俺なら……現在のcurrentmeというものなら……ッ!! 逃げねえッ!! もっともらしく、したり顔した「世界」なんてよぉぉぉぉぉッ!! 他人から供される誰かが食べ残したかのような冷めた「世界」なんてのはよぉぉぉぉ、要らねえんだッ断じて要らねえッ!! これが俺だ!! 俺がてめえで切り拓いててめえの内に飲み込んでいく「世界オレ」なんだよぉぉぉぉおおおおッ!!


(愛……燦然……外連……)


 ネコルが念仏のように呟き出した言葉と共に。


「飛べ!! 翔べ自分ッ!! 貫きぃぃ通せぇぇぇぁぁああああああああッ!!」


 徐々に青白く染まっていく視界の中、俺は自分の中に猛る何かを、クズミィ神目掛けて一点に集中させていくのであった。


 ―明転。


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