#015:平坦だな!(あるいは、愛のネ/喰らいネ/ナハトムGIC)


「ッ阿呆アホウなのッ!? 今日からドの付く阿呆アホウなのッ!?」


 ネコルの叱責により気絶から目覚めた俺が、い、いやあ、傷口が残らなくて何よりでしたなあ……とおもねりつつ、その刺された跡が何故か俺と違ってまったく残っていない猫脇腹を指でこしこしと擦ってやると、ゴロゴロ音を出して何とか奴さんは機嫌を直してくれたのだが。


 とは言え、だいぶ日も傾いてきやがった。仰臥状態から立ち上がりぐいと腰を伸ばしつつ見渡せば、俺の見知ったる天空の赤き球体……「太陽」的なものが、「西」なのかどうかは分からないが、遥か彼方の山際に沈んでいこうとしている。夕焼けはこの世界でもやはり赤い……ということに、ここは前いた世界から突拍子も無くかけ離れたとんでもない異世界じゃなさそうだという安堵感も覚えながら、俺は取りあえず倒れ伏したままの長髪ロンゲの元へと向かう。


「……」


 息はあるようだ。先ほど撒き散らした「カード」たちの上に仰向けになったまま動きは見せないが、掠れて不規則な呼吸音が近づくにつれて聞こえてきた。と、


「銀閣さんっ、そいつは憎きクズ女神ミィしんが手先ッ!! 下手に情け心出してまた襲われたら目も当てられま……ってあ、ああ……そ、そうそう手慣れてますね……」


 金目のモノは無いか、まずは手早く長髪の懐辺りを改め始めた俺に、ネコルが小うるさく何か言おうとして言い淀んでくるが、構わずざっと野郎の所持品を並べてみる。が、


 短剣ナイフ、ランプ、ひときれのパン、それだけだった。こいつカネも持たずに出歩いてたってことか? あわよくば大金を掴んで異世界豪遊でもしゃれこもうと考えていた俺は、それでも突如襲って来た空腹に、そのひからびてスカスカなパンを前歯で丹念にしゃぶり咀嚼しながら歯噛みをすれども。


そんな「絶望」の二文字を両頬に浮かべているかのような俺の傍らに、ネコルがひょこひょこ近づいて来たかと思うや、顎をしゃくって地面を示す。


「『カード』ですよ。これって『換金』とか、あるいは本当に『通貨』みたいにも使えるんです」


 !! ……そいつは僥倖。奴の周りにいまだ散らばっている札は百枚はくだらねえと見た。「豪遊」、その二文字が再び俺の額と顎辺りに浮かんでくるが。


「ネコル君……先ほど言ってた『街』までは、ここからメートル法でどのくらいの距離だい?」


 手早くそして根こそぎ落ちていたカードを拾い集めた俺は、ついでに奴の羽織っていた漆黒のマントも頂戴して、懐の温まった者特有の余裕ある口調にて問う。


 ええ……「42km」くらいですけど……みたいな気の抜けた声で返してくるネコルだったが、


「よしゃ!! そんなら全力ダッシュだ~、乗り遅れんなよ~」


 俺は勢いよく地を蹴り、鼻唄なんぞを響かせつつマントをはためかせながら走り始める。気合い入れりゃあ二時間ちょっとくらいでたどり着けるだろーよ。そんで街に着いたらこのカードで豪遊だっつーの。


「ええええ、大金を掴んだ途端、この軽さ、この浅さ!! カネとか、権力とか、諸々を持っちゃいけない人材ヒトな気がしてきたんだけど今ッ!! だ、大丈夫かなぁ~」


 後ろをそんな腐った猫声が追って来るが、構ってる場合じゃねえ。三時間切りサブスリーを目標に掲げ、俺は繰り出す脚のピッチを上げていくのであった。


……


 ……体感3時間後。夜も更けかけてきた頃、結構なほうほうの体で「街」の外れにようやっと辿り着いた俺の脚はぱんぱんだ。おまけに膝もゆっくり歩くだけで痛みを呈してくるほどになっている。「回復」……しときましょうか? とかネコルがまた空怖ろしいことを言ってくるのを制しながら、「カード屋」とかいう、これまたノー身も蓋な店舗へと、ひとまずは案内してもらうのだが。


「……」


 途中で目に入った街並みは、予想していたような「中世ヨーロッパ」的ないわゆる剣と魔法のファンタジー世界といった趣きじゃあなく、昭和30年くらいのアメリカ辺りの片田舎街っぽい様相を呈していて、無論平成生まれ東京育ちの俺はそんな風景は知識として頭にあるだけで、郷愁を覚えることなどついぞ無かったが、それでも何か不思議と落ち着く妙な感じは受け取っていた。


 道は舗装はされてなく、それでも撞き固められた黒っぽい地肌に申し訳程度に石畳らしきものが埋め敷き詰められている。街路樹もそれに沿って植えられていたりするが、何となくの埃っぽさだ。行きかっているのは馬車か? 曳いてるのは四足歩行で馬っぽいが、どこか鹿っぽい顔をしてたりでそこは少しの違和感は感じるものの。


 木造らしき白壁の家々が並び、何の力は分からんが、そこかしこには「光」を灯した「街灯」めいたものもあったり、中心部へ連なると思われる大通りには、にぎやかな食事処や飲み屋とかが軒を連ねていたりして、漏れ出て来る酔っぱらい大声は何故か俺の耳に馴染んだ言葉であるのが逆に違和感はあるが、おおむね俺が想定していたような感じの「街」だった。


 そして、そこにはなかば予期していた通りに「ヒト」が大勢いて、生活を営んでいたわけであって。それに安心感を覚える。


 髪の色だけは、赤・青・黄・紫など突飛な感じであったが、うちのばあちゃんも晩年はそんな感じだったのであまり気にはならず、それよりも目が3つ、とか、尋常じゃない犬歯、みたいなのは持っておらずで安心し、肌の色も緑、とか生理的な気色悪さを呈してくるものでもなかったので、まあ概ね俺は受け入れられる見た目ビジュアルであった。


 何より「日本語」っていうのがココロの「障壁」みたいなんを感じさせなくていいやな……書いてある文字も<3,000¥TB ポッキリ>とか、<60分 9,000¥TB>とかで何か眺めているだけで癒される……


 ここですが、と、そんな弛緩した表情を醸していただろう俺に、下方からそんな冷たい猫声がかかる。そうだそうだまずは先立つものの調達だぜえ、と、俺は気を取り直して、路地裏にあった店舗というよりは景品交換所みたいな、カウンターで仕切られた小スペースな奥まったところで交渉を始める。


「……40,500¥TBワイティービィになりますねえ」


 そこの店主オヤジは土気色だが脂のノリがいいという摩訶不思議な顔色をしながら、やる気なさげにそう言ってくる。相場そんなもんか? と俺はネコルに小声で問うが、まあそのくらいかと、との言葉に了承の意を示す。


「……」


 トレーに置かれて差し出されたのは四枚の紙幣と一枚の黄色味を帯びた金属色の硬貨。限りなく俺の知っている一万円札まんさつと五百円玉に似ている気もするが気のせいなのだろう。おお、まともな通貨もやっぱあんのか、と、ひさびさの現金げんナマの感触にほくほくしてしまうが。それにしても「ワイティービィ」って単位……直球で「円」とかかと思ったが、なんか由来でもあんのか? とネコルに聞いてみると、


 「YEN TOWN BAND」の略ですね、名作になぞらえ私が命名したのですふふふ……とか言われるが、何故にスワロウ/テイル/バラフラーイ……


 真顔になっちまったが、晩飯アンド取りあえずの本日の宿を求めて、俺は暖かくなった懐に手をやりながらネコルの案内のもと、夜の街へと繰り出していく。


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