第8話 綺星だけが見る真実の一部
「……うぅ……おしっこ」
すっきりすることが終わり、教室に戻ろうとした。だけど、ふと廊下の窓、サッシの部分になにか挟まっているのが見えた。
「……紙?」
引っ張り出してみる。折りたたまれていたそれを広げてみる。
どうも本を切り取った紙のようだ。端っこに破った跡がある。ということは、あの白い本の一ページをちぎったか……。
でも、それだけじゃない。ペンで……ある言葉が書かれてきた。
『知りたいことがあるなら、一階に降りてこい』
これ……間違いない……。文音だ。
慌てて教室の中に入ろうとした。だけど、それはすぐに踏みとどまった。いま一度紙を見て考える。
……もし、これを奈美に見せたとして……奈美はなにを言ってくる? たぶん、あの子なら、「また不安をあおる気」だと言って、この紙をビリビリに破いて終わりだ。
響輝なら、あるいは……。でも、そうなったら、奈美と響輝で対立する……。また、空気が……嫌な感じになる。
……それに……響輝だって、文音に対して……怒っているみたいではあるし……。
でも……自分は……
「あたしは……信用したい……」
たぶん、文音は文音なりに……自分を助けようとしてくれた。これまでも、みんなを助けようと……。なら……きっと……。
綺星はメモをぎゅっと握り締めると、ひとりで四の二教室を過ぎ去り、一階に向かう階段を下りていった。
階段を下り進めて、一階の廊下にたどり着いた。これが、綺星にとって初めての一階到達になる。見た感じ、近くに化け物がいることはなさそう。
ひとりということもあり、いつもよりずっと緊張してしまう。周りに対してできる限りの注意を払いつつ、階段から離れ廊下に出ようとした。
「来ると思っていたよ、新垣綺星」
「ひっ!?」
後ろから声をかけられるなんて思ってもいなかった。全身がビクリとなり声を上げてしまう。
遅れて振り向くと壁にもたれかかっている文音の姿があった。
持たれている壁は階段のすぐ手前。ただし、綺星が降りてきた二階とつながる階段ではない。一階であるはずなのに、さらなる下に向かって続くほうの階段。
……つまり、……地下に向かう……。
「文音ちゃん……」
少しそっと文音のほうに近づく綺星。対して文音は壁から離れると、一気に綺星のほうへと近づいてきた。
「綺星……、お前はどうしたい?」
「……どうしたい?」
質問の意味がわからない。素直に気持ちを伝えていいならば、「なにが?」って答えたくなる。
でも、文音はそんな答えなど絶対にのぞんでない。
なら、……思っていることを言おう。
「……文音ちゃん。……みんなと一緒に……来てくれないの?」
文音はしばらく目を閉じ、黙ってから声を小さく出した。
「……それがお前の望むことなのか?」
「……うん……。だって、こんなときだもん。みんな一緒に力あわせたほうが……いいんじゃないの?
なんで? ひとりでいようとするの? なんで、みんなを追い込むようなことを言うの? あたしたちも……頑張ってるんだよ?」
とにかく思うことを文音に伝える。文音がひとり……孤独に走ろうとするのがどうしても見ていられなかった。
奈美やほかのみんなと仲良くしてほしい。ただ、その一心で言ったセリフだった。
「……頑張って……ね」
文音は閉じていた目をそっと開ける。
「……君たちはあの六年生ふたりを中心に動いているんだろう?」
綺星は黙ってうなずく。文音は特に綺星を見ることなく言葉を続けた。
「だが、悪いが言わしてもらう。あいつらについて行くだけじゃ、この状況を打破できるわけがないんだ。それだけなら、わたしはわかっている」
文音は後ろを向くと少し地下に向かう階段に足をかけた。
「……綺星」
名前を呼び、少しだけ顔を向ける。
「ついてこい」
ただそう言って文音は薄暗い階段を降りていく。綺星は少し遅れて同じように背中を追った。一直線に降りていく先には、鉄のドアがあった。
文音はそのドアの前で立って綺星が降り終わるのを待っている。綺星も文音のとなりにたどり着くと、文音はゆっくりとドアに手を触れた。
「このドアの先には“真実の一部”がある」
真実、その単語に息をのんだ。だけど、すぐに言葉の違和感に気づく。
「……一部?」
「あぁ、すべてを知るにはまだ足りないことはある。だけど、これを見れば、綺星もわたしが言っていることを理解できるようになる」
「……」
言葉が出なかった。このドアの先になにがある? ……いまの綺星には想像すらできない。
文音は少しドアから離れると綺星にうながすように手を向けた。
「さぁ、綺星。選択のときだ。真実を受け入れる覚悟があるなら、自身の手で開けてのぞいてみるといい。
自分の意思で開けられるものだけが見られる真実を」
こう言われて、おもわずドアノブに視線が向けられた。
「……あたしが?」
ゆっくりとドアノブに手を近づけようとする。そんなところに、文音はさらに言葉をかけてくる。
「最初に言っておくが、これを見たところでなにも変わらないぞ。むしろ、お前は絶望をより実感するだけだ。
わたしも偉そうなことを言っているが、まだこの状況を打破する術は見つけられていない。
それを理解した上で、それに逃げることなく向かい合う覚悟を持って、開けろよ?」
思わずドアノブの手前で手が止まる。でも、すぐに改めしっかりとドアノブに手をかけた。ゆっくり、ひねるとガチャリと音がなる。
ドアを手前に引くと同時、重たい音があたりに響きだした。
やがて、綺星の視界に……“それ”が映り始める。
「……こ……これは……、なに? ……どういうこと?」
「理解できないのは当然だ。すぐに受け入れられるものでもないのはわかっている。わたしだって、これを初めて見たときは、吐いたほどだ。
でも、いまのわたしたちは、これを受け入れるほか、ないんだ」
これを見たいまにしたら、思う。自分たちは、どこか楽観的すぎた。たぶん、どうにかなると、心のどこかで思っていた。
だけど、実際は自分たちの運命など最初から決められていて……、ただ、だれかが敷いた道を歩いていただけなんだ。
奈美は生きていれば助けが来ると言っていた。響輝はどこかに脱出口があるはずだと信じていた。だけど……、そんなものは……あるはずがない。
綺星が見たものが、自身にそれをはっきりと思い知らす。
「気分が落ち着いたら、またわたしのもとに来い。綺星……あらがうぞ」
後ろから文音の声が聞こえる。だけど、それに返事する余裕はない。
「……うぅ……おぇぇ……」
たまらず、綺星は床に吐いてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます