第6話 文音はわかってる

「……またやん……。デジャブやわ~」

 四の二教室、その中で先に入っていた文音。それを見た喜巳花が笑いながら同じく教室に入ろうとする。


 だけど、奈美がそんな喜巳花に向けて手を挙げて、それを制止させた。


「どういうつもりかな? また、たたかれに来たの?」


 奈美はずいぶんと冷たい口調を文音に向ける。合わせて、上げていた右の手ひらも文音にそっと向けてアピールをしていた。


 そんな奈美の手のひらを見る文音。そういえば、前の時に文音は奈美にほおをひっぱたかれていたんだったな。


 ひきつった笑みを見せつつ右手を軽く横に振る。


「それはお断りしたい。けっこう痛かったんだぞ? 本来ならお礼してもいいぐらいなんだけどね」


「……へぇ? どうお礼するつもりかな? 君は育ちもよく礼儀がなっているようだから、期待してもよさそうだね」


 奈美と文音の間で本当にピリピリとした空気が流れている。奈美は文音を前にするとやたらと目を鋭くするし、文音も当然のように挑発してくる。


 やはり、どう見積もっても相性は最悪。


「待って奈美ちゃん」


 そんな空気に負けじと入ってきたのは綺星だった。奈美の前にたって、真剣な表情で見上げている。


「わざわざ文音ちゃんが待ってたってことは、必要な話があるんだと思う。それだけは……聞いても……その……いいのかなって」


 上目遣いで奈美に声をかける綺星。奈美はその姿にひるんでしまったよう。綺星に手を当てそっと避けさせつつ、また視線を文音に向けなおす。


「……文音ちゃん? ずいぶんと年下を手なずけるのが得意みたいだね?」

「君も同じ特技を持っていると見受けられるが?」


 文音はしばらく奈美とにらみ合ったあと、ため息をつきつつ立ち上がった。


「安心していい。別に不安をあおりに来たわけではないからな。ただ」

「事実を言いに来ただけ、って言いたいわけ?」


 奈美の推測は間違っていなかったらしい。文音は口を閉じるとその通りと言わんばかりに指を向けた。


 ピリピリとした空気が教室の中を走る。中でも一段とその高い空気を放っている奈美の肩へ、響輝は軽く手を置いた。


「いいじゃねえか三好。聞くだけきいてやろう。こいつがなにかしらの情報を持っているのはほぼ間違いないんだ。


 で? なにが言いたいんだ?」


 響輝の顔もいつになく真剣なものだった。奈美ほどではないが、それでもピリピリした空気を十分かもし出している。


 綺星はそんな三人の間柄に挟まれオロオロとしている様子だった。さすがにちょっと見てられなかったので一樹が手招きして綺星を呼び寄せた。


 そんなことをしているなかで、文音は軽く鼻で笑いつつ答える。

「言いたいことは事実……というよりは忠告というほうが正しい」


「忠告?」


 綺星が一樹のとなりにきたころ、耳に入った話に思わず聞き返してしまった。そんな一樹に対して、文音は指をピンと立てて反応してくる。


「あぁ。君たちはこの四の二教室にやってきたのは食料を求めてなのだろう。ハラをすかせたから食料のある場所へ? まるで動物。


 そうやってただそうやって食べ物を求めて移動しているだけでは、何もわからないぞ?


 もっとも、なにも変わらないままでいい、というのであれば止めはしない」


 文音のセリフが終わるころ、響輝は文音の笑いを吹き飛ばすかのように、大きく短い笑いを張り出した。


「悪いな。俺たちだって行動はしているぞ? それなりに校内を探索して情報を手に入れているつもりだ。


 ただ、黙って仕組んだやつの言いなりになっているつもりはもうない」


「そやで。あんたにもう言われるまでもない話やで」

 喜巳花も文音をあおるように声を重ねてくる。


 だが、文音はその響輝と喜巳花の言葉を聞いてもなお、鼻で笑うのを止めなかった。


「なら、わかったはずだ。……助けが来ることはない、そして……脱出できる方法も……ありはしないとな」


「……あっ? 勝手に決めつけるなよ。まだ未知の場所はある。可能性は十分にいるはずだ」


 文音ははっきりと言いきっていた。少なくとも一樹たちはまだ地下を含めた鍵のかかった部屋には少なからず可能性を見出しているところ。


 これは……ただの投げやりの発言なのか?


 響輝が反論していたが、文音は特に表情を変えることはない。


「可能性が残っている……。つまり、結局はなにもわかっていないということじゃないか。


 君たちがそうやってグダグダやっている限りは……ぜったいになにも変わらない。わたしはもう、それくらいならわかっている」


 ……ただの決めつけじゃない……。なにかを知って、たしかな確信をもって言っている。文音は……なにを知っている?


 響輝と文音がにらみ合うなかで、奈美が一歩前に出た。響輝の前でかぶるように立つ。


「……やっぱり、あたしたちに不安をあおるのが目的だったみたいだね。……悪いけど、やっぱり出ていってもらうよ。


 いや、……君が先客だったんだ。あたしたちが出ていくべきか」


「それだよ、三好奈美」

 文音は間髪を入れず指を奈美に向けてきた。


「……なに?」


「今の君が取った行動の真意を当ててやろう。みんなを不安にさせないため?


 それだけじゃないな。この事実を、なにより自分自身が考えたくないんだ」


 文音は言葉をつなげつつ、奈美のもとへゆっくりと近寄る。


「この学校を探索したというのなら、薄々と感じているはずだ。わたしたちの置かれた状況のことを。自信の目標は到達しえないのではないかと。


 だけど、それを認めれば先にあるのは絶望しかない。残り少なくなっていく食料を消費しつつ途方にくれるしかなくなる。


 そういうのをなにより、君は想定したくないから……避けようとしている」


 文音の指先が直接奈美の胸元へ向けられた。

「そうやって事実と向き合おうとしない限り、ぜったいに変わりはしない。


 断言してやる。

 わたしたちは普通のやり方ではまず助からないとな。


 本当に助かるためなら、もっと先を見てあらがう必要があるんだよ」


 ……なにをもってこの人はこのセリフを吐いているのだろう。状況から考えれば説得力はある。


 だけど、この考えは一樹からすれば少し卓越しすぎているため、いまひとつ受け入れがたいものになっていた。


 奈美自身、かなり図星だったのだろう。特に反論することなく、胸に向けられた文音の手を乱暴にはたいた。


 反論はしない、だけと文音の話は認めない。そういう態度に見えた。


 文音はこの返しが想定内だったらしく、大きく反応することなく教室の出口に向かって歩き出した。


「あぁ、最後にひとつ。別に君たちが出ていく必要はない。わたしがここを出ていく。こんなところでくすぐっていても、助かる見込みはないからな」


 そういい、文音はひとり、四の二教室を出ていった。

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