第6話 綺星への問い

 綺星の目の前に現れたのは柳生文音。半分化け物の姿という状態で一番後ろにいた化け物を壁にたたきつけて登場してきた。


「……あっ」


 助かったと思ったけど、文音の化け物じみた姿を見て、別の方向でまた不安になってしまう。


 一部青色に変色した皮膚に、ところどころに生える赤い毛。長い爪は……なんというか……まがまがしい。


 対して化け物の視線は綺星から文音のほうに向けられていた。二体の化け物が同時に文音に向かって襲い掛かる。


 だが、文音は軽く体を動かし二体の攻撃を避けつつ後ろにたたき倒す。そのまま綺星の近くで立ち止まってきた。


 そして、床に座り込む綺星を見下ろす姿勢をとる。


「君の名は?」

 文音によるぶっきらぼうな質問。


 こぼれていた涙を拭きとり、文音を見る。

「……綺星……新垣……綺星」


 答えると文音は大きく鼻で笑うと後ろに迫ってくる化け物を直接見ることなく裏拳を放った。


 せっかく立ち上がった化け物は再び床に崩れる。


 文音は上げたそのこぶしを下げつつ質問を重ねてくる。


「そうか、で、君はいつまでそうしているつもりだ?」


 その質問の意味がわからず答えられなかった。ただ、目の前の文音に助けを願うことしかできないでいる。


「質問の意味がわからないか? なら言い方を変えよう。


 君、本来ならすでに一回死んでいた。あたしが今、ここにいなかったら、ここにあったのは新垣綺星、君の死体だ」


「……っ!?」

 死体、あまりに物騒な単語に全身がビクリとなってしまった。


「……で……でも……代わりに……な……奈美ちゃんが助けてくれた」


「無理だな。いまでもここにいないのがその証拠だ。そもそも、この状況で助けを求めようとすること自体が愚かだとは思わないか?


 自分の身は自身で守れなければならない」


「……でも」

「でもでも、うるさいな」


 文音は荒っぽい一撃で化け物をたたきつつ、声を張り上げた。


「だれかの助けを求め、自分は立ち上がろうともしない。


 戦う気はないのか? そんなので、これから先もやっていけると思っているのか?

 それとも、ここで死ぬつもりだったか!?」


「……そんなこと……いきなり言われても」

 そもそも戦うなんて……。何も持っていないし……。


「力がないからか? ならくれてやろう。受け取れ」


 ふと、文音の手からなにかが投げられた。それが自然と綺星の手の中に納まる。


「……なにこれ?」


 それは一言で言えば注射器。でも、針は本当に小さく細い。本体も小さな綺星の片手でも握り締めることができるほどの細さ。


「そいつを体内に入れれば化け物を打ち倒せる力を手に入れることができる。それを打てば、君はこのピンチを脱することができる」


 文音の後ろで化け物が大きく手を振りかぶってくる。文音は後ろを見ることなく、それを避けた。


 化け物の腕は文音がいた場所をすり抜け、綺星の手元近くの空気を切り裂いた。


「ひっ!?」

 化け物はさらに腕を振り上げ綺星に攻撃を加えようとしてくる。あまりにキツイ状況に目をつぶった。


 しかし、化け物の攻撃が綺星に届くことはなかった。ゆっくりと目を開けると、目の前には化け物の爪が伸びていた。


 それは文音の手によって寸のところで止められていたのだ。


「……また死んだな?」

「……っ!?」


 文音の手によって化け物から引きはがされる。そのまま鋭く放たれた足の一撃が化け物の首をきれいに打ち抜く。


「綺星……君がこれから先、生き残り続けるための手段はひとつしかないぞ? その注射器で力を手にして戦う意思を持つことだ。


 戦わなければ、死ぬだけ」


 思わず手の中にある注射器を握り締めた。でも、すぐに緩む。代わりに首を思いっきり横に振った。


「……無理だよ……。怖いもん……。それに……ほかにもみんないるし」


 もし、この注射器が本当に力を得られるものなのだとしたら、絶対に自分以外にふさわしい人がいる。


 奈美や響輝が使えば……ライトでもいい。彼らが使ったほうが確実。ここで綺星が使うのは無意味。


 そもそも、そんな勇気、あるはずがない。


「この状況でも守られようとするな! 他者にすがろうとするな! 自身の中にある強さと価値を否定するな!」


「……っ!?」

 ここで一番の荒げた声が綺星の胸に響き、体が跳ね上がってしまう。


「今はお前を守ろうとしてくれる人はいるかもしれない。だがこれから先、絶対にみんな、そんな余裕はなくなる。


 自分のことだけで精一杯になり、他者を守れるほど余裕のあるやつはいなくなる。


 自身を守れるのは自身だけ。生き残りたいのならば、戦え! 戦わなければ生き残れないぞ!?


 いま、君の手にはそれをなせる力があるんだ!」


「……そんなこと言われても……わかんないよ……。だいたい、これは一体なに!? あたし、おうちに帰りたいだけなのに!?


 化け物と戦いたくなんかない!」


 綺星が必死に声を出すなかで、文音はまだ動ける化け物にトドメの一撃を放っていた。あたりは静かに、綺星を襲おうとしていた化け物は全員、倒れた。


 この場にいる化け物が全滅したことを確認した文音がしゃがみ込む。綺星と視線を合わせるようにしてきた。


「まだいまはいい。わたしもまだ、君を守れる余裕はあったからな。だけど、いずれこうはならなくなる。


 君はいずれ戦わなければならなくなる。


 たぶん、わたしたちはこれから先で、大きな選択を迫られることになる。そのときまでに、戦う意思を持っておくといい」


 そう言い残し、文音はそっとトイレの出口に向かって歩き出した。

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