真24話 反逆のモードレット

「はは……あははは! 何を言うかと思えばそんなバカな話、信じられる訳がない! 第一、私とあいつの接点は存在しない! ……さては貴様、我々をここに呼び出し、先ほど差し出した飲み物に毒をもったか!? 私が飲まなかったのを見て、こうしてでまかせを──」


「ち、違います!」


「モルトさん、落ち着いて!」


「隊長! 落ち着いて下さい! 我々に変化はございません!」


「なっ……くっ…………」


何とか落ち着きを取り戻したモルトが椅子に座り直した。


 「……アグリピナさん、今言った事は本当……なのでしょうか?」


 私の問いかけに彼女は一度席を離れると、後ろの引き出しからあるものを取り出し、私達に見せた。それは──


 「そ、それは……!?」


 「……貴女も持っていますよね? 


 モルトが慌てて自分のロケットを取り出す。中の写真以外、色や形状は同じものだった。つまり──


 「アグリピナさんがモルトさんのお母さん……なのですか?」


 「ッ!」


 モルトが肩をビクッと震わせ、向かいに座る彼女を凝視する。


 「いえ! !」


 「え?」


 まさかの回答に私が驚くと、モルトが彼女の襟を掴んで問い質す。


 「言え! 母を……母の居場所を知っているのだろ!」


 「し、知りません! た、確かにモーガン姉様は私の姉ですが、あの日の以降、どこにいるか、私も知らないです!」


 「モーガン……!」


 その名前に反応したモルトが彼女を掴んでいた手を放した。私がアグリピナを自分が座っていた椅子に座らせた。そして落ち着いた頃合いを見て、あの日の事を聞いた。


 「あの日とは?」


 「……姉様……モーガン姉様がゼウスのとの間に授かった子……それがモードレットという名です。貴女がゼウス討ちに必ずここへやって来ると信じて、ロケットを渡したのです」


 「……母は……生きているのか……?」


 下を向き、顔を合わせようとしないモルトがアグリピナに尋ねる。


 「……わかりません。その代わり、姉様から剣を預かっています!」


 「剣?」


 「外の物置小屋に──」


 


            ◇


 


 私達は今いる場所から出て、外にある小さな小屋に向かうと、アグリピナが錠前を鍵で開け、中から私が持っている聖剣と同じ位の大きさで、布に包まれたそれを持って現れた。布をめくると中から姿を現した赤黒い剣が見えた。


 「姉様が言うには、これは【魔剣──紅羅煉砥クラレント】。斬った者の血を吸い、研ぎ澄ます、邪悪な剣だそうです。貴女にこれを譲渡しても、絶対その場で鞘から出すな! ……と、姉様から──」


 


 スゥ──────キッ


 


 「モルト!?」


 『この時を待っていた……!』


 


 ブオオオオオオオオオン!!


 


 突如、モルトの周囲から凄まじい風が吹き出すと、辺りいた私達を吹き飛ばした。


 「うっ……! すごい風……。これじゃ近づけない──────モグ!」


 「わかってる! ……よっ!」


 


 ブワッ!


 


 モグが強風を強風で打ち消し、禍々しいオーラを放っているモルトの姿を捉えた。私は剣を構え、アグリピナの前に出る。マスクを取ったモルトの表情は──────嗤っていた。


 『ほお……。風を打ち消すスキルの使い手がいたとは……いや、この気配──マリンか。だが、隣にいるそのエクスカリバーを持つ女は知らねえなあ? 誰だ?』


 「この声、まさか!?」


 モグが明らかにモルトではない声の主に身震いする。その様子に私は誰なのかを分かってしまった。そう──


 「…………ゼウス・マロー王……!?」


 モルト……の身体を乗っ取ったマロー王がコソコソとモルトに何かを伝えた。すると、乗っ取ったマロー王の気配が一瞬にして消えた。恐らく、モルトが自我を取り戻したのだろう。モグも落ち着きを見せたので、安心した私がタッタッタと彼女に近づく──────その時だった。


 「…………………………すまない」


 


 ──────ザシュッ!


 


 「え…………?」


夥しい量の血吹雪が私の目に映る。そのままドサッと倒れた私にモグが一瞬で移動し、回復スキルで私の命を何とか繋ぎとめる。ぼやけた視界の中、前にいる魔剣を掴むモルトの悲しげな表情を魅せる彼女を最後に、私の意識はなくなった。


 


 


 


 


 時は少し戻り、モルトがアグリピナから魔剣を手にする直前、モルトの身に異変が起こる。


 


 「あれが……魔剣──紅羅煉砥……。これさえあれば奴を……!」


 『欲しいか? その剣が』


 「ッ!?」


 モルトの頭に直接誰かの声が流れる。意識を頭に移し、声の主を探る。


 


 


────誰だ? 貴様は


 くくく……いずれ分かる。剣を手にしろ。そして鞘から剣を出せ。


 ……だが、彼女曰く、邪悪な力が身に降りかかると──


 詭弁だ。そんな話はまやかしだ。さあ、剣を……


 


 


 「もらい受ける」


 モルトが剣を手にした瞬間──その意識は誰かに乗っ取られた。


 『この時を待っていた……!』


 ──……ここからの記憶は曖昧であった。剣に……いや、剣の中に潜んでいた何者かに身体を操られ、まるで傀儡の様に動かされる感覚だけがモルトにそれを感じさせた。しかし、得体の知れない者に操られているのにも関わらず、高揚感に包まれている。故に、剣の力で生み出した突風をいとも簡単に打ち消された時、それまであった高揚感が失われていく恐怖に、自らもう一度その力を欲したいと『願った』のである。たとえそれが悪しき王の力だとしても……。


 


        ◇


 


 「────……すまない。私は悪しき王の下に付く。母より預かったこの魔剣と共に……!」


 モルトがモグ達に向かって静かに答えると、一度消えたはずの禍々しいオーラを全身に迸る。その様子にモグ──ではなく、かつての部下『』と『』が彼女の前に立ちふさがった。そして、


 「賢者マリン殿、シエテ殿とアグリピナ殿を連れて、この場から離れよ!」


 「ここは私達がお相手します。どうか、ご無事で」


 「わかった! くれぐれも気を付けて」


 


 ──────シュワン!


 


 「……行っちゃいましたね」


 「なに。私達が食い止めればいいだけの事さ」


 二人は腰に差した剣を抜いた。その行為にモルトは手にした魔剣の切っ先を二人に向けて言う。


 「……おまえたち……本気で今の私を止められるとでも……? いいだろう。魔剣の恐ろしさ、とくと味わうがいい……!」


 


 


 ──────シュン!


 


 「……とりあえずここで。まずはシーちゃんを助けないと」


 「あ、あの! 私もお手伝いします!」


 「ありがとう。でも君は隠れた方が良い。今後の為にも。ヴィア!」


 「はいはーい。任されました。……このヴィヴィアン、全身全霊をもって、彼女をお守りします」


 「頼りにしてるぞ、我が弟子。セレンは他の負傷者の手当てを」


 「ええ」


 「シーちゃん……今、助けるからね」


 「あ、あの! これを!」


 「ッ!? これは! 何故、君が?」


 アグリピナが隠し持っていたある物をモグに渡した。


 「黒龍王の鱗……」


 最後の鱗であるそれをモグは確かに受け取ると、すぐに聖剣と融合させた。これで、マロー王を斬る、絶対的な力をもった剣が出来た。


 「あとはマロー王を討てば、終わる……!」


 と、その時、意識を失っていたシエテが目を覚ます。


 「う……ん……。ここは……」


 「シーちゃん! 奇跡だ! 奇跡が起きたんだ!」


 「奇跡……? それより、モルトさんをどうにかしないと──」


 「彼女なら大丈夫。部下の二人が相手しているよ。それよりも!」


 「だから何よ?」


 「剣だ! ……最強の剣がついに完成したんだよ! アグリピナのおかげで!」


 「ええ!? どういう……」


 「あいつの鱗を持っていたんだ! さっき、剣と融合させたからこれであとはあいつを斬れば──」


 「ッ! 終わるの!? この戦いが!?」


 「……うん!」


 「じゃあ早く! モグのスキルで一番近い所に──」


 「


 「…………え?」


 


 ボキッ! ……カランカランカラン──────


 


 「え、ちょ、モグ、何を……」


 いきなり、聖剣を真二つに折ると、その場にポイっと捨てるモグ。いや、モグだけじゃない、ほかの皆も何かおかしい。


 「モグ……? みんな……? どうしちゃったの……?」


 ゆらゆらとよろめきながらこちらを見つめる皆。モルトに斬られる前に見た、操り人形の様に揺らめき、虚ろな表情でこちらに近づいてくる。


 「一体何が……ッ! そうだ、スキルで──」


 私が拳を上に掲げて、久しく使っていなかったあの言葉を叫んだ。


 「【パーフェクト】……!」


 


 ピーピピンパン!


 


 コミカルな音と共に拳の先から眩い光が全てを包み込んだ。


 


 ピカー!


 


 「──────……ん……ッ!」


 「ちっ。


 「シーちゃん! それ……!」


 「……やっぱり……。私は斬られてなかった! 貴女のその剣は本来、斬った者に悪夢を見させるスキルを帯びた剣。血を吸うっていうのはまやかし!」


 


 ガッ! ──────ザザアアアア


 


 あの時、咄嗟に構えた聖剣で魔剣を受け止めると、モルトを後方に押し返す。そして、


 「この剣は聖なる剣。貴女の剣の影響は受けない。だから私は意識を取り戻せた。そして、何より──」


 こういうのは物語の主人公が言うもので、とても恥ずかしいし、まして少し前まで女子高生だった自分からは絶対口にしなかっただろうその言葉を、この世界に来た記念として、言うことにした。


 


 「────覚えておきなさい。私のスキルは……!!」


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