第9話:少しだけ、甘えさせてください。

「あっ……やっ……んっ……気持ちいっ……」

「どこが気持ちいいですか? ここですか?」

「そこっ……激しっ……あっ……千草っ……上手だね……本当に初めて……? そこっ……もっとして……」

「ドMですね……そこまで感じてくれると俺も嬉しいですっ……もちろん初めてですよっ……」


 肌と肌が当たる音が部屋に響き渡る。一定の間隔を刻みながら激しく。


「だって……気持ちいいんだもん……やっ……んっ」


 艶やかな声が感情を高ぶらせる。


「その声……可愛くて興奮します……」


 ゆさゆさと彼女の体が揺れ動く。


「やっ……自然と出ちゃうっ……」




****




 ひとしきり泣いた後————。

 俺は優しくしてくれた先輩に感謝しつつ、お礼と明日誕生日なのを理由にマッサージをすることにした。

 ベッドにうつ伏せにさせ、その上に跨った。彼女の肩の上に自分の左手を置き、その上から右手で叩きながら、トントントンっと音を響かせた。

 肩から足先まで、全身に渡ってマッサージをした。揉んだり叩いたり。大丈夫。ズボンも履かせたし、お尻は触ってない。


「気持ちかったですか?」

「うん! すごく……気持ちかったぁ~。最初はいかがわしい事されるかと思って少し焦った……」

「あははっ! そりゃ良かったです。焦ってたの面白かったです」

「だって何も言わないし、ベッドに寝ろってそりゃ想像しちゃうよ」

「だからわざとやったんです。恥ずかしいところ見られたので」

「嫌な奴!」


 彼女は見て取れるくらいに彼女の身体は気が抜けていた。

 俯せのまま、だらけきった身体。そのまま寝てしまうんじゃないかと少し焦る。そこに寝られたら俺はどこで寝るの? 隣?


「このまま一緒に寝る?」


 見透かしたように彼女はわざとらしく、まるで誘うようにベッドから少し横に移動して、スペースを空けた。


「いいんですか? 俺だって男の子ですよ? 襲わないとは言い切れない。先輩は可愛いからつい狼になってしまうかも知れません」

「さっきまでわんわん泣いてたくせに、いつも通りになって少しつまんない」

「先輩はどこで寝ます? 床?」

「ちょっと!? なんで私が床なの!? え? 意地悪言ったから?」

「じゃあ床という事で」

「待ってごめんって! ソファー! ソファーで寝るから!」


 ガバッと起き上がって、わなわなと焦りながら静止してくる。


「冗談ですよ」

「じゃあそういう事なら一緒に寝よっか?」

「話変わってる!?」


 どういう事だよ……。俺がソファーで寝るからいいよ……。一緒に寝ないし。


「先輩がソファーで寝てください。俺はベッドで寝るから」

「こいつッ! やっぱり嫌なやつだ!?」


 このどっちがどこで寝る問題。中々に決まらず、時間だけが過ぎていく。

 俺がソファーで寝ればいいんだけど……彼女は一緒に寝たいらしくて、さっきから「一緒! 一緒!」というコールをひたすらに、執拗に、耳にタコができるくらいにうるさかった。

 その執念に押し負けた俺は、自分にも甘いと思いつつも一緒に寝ることにした。

 二人で寝るには狭いシングルベッドに寝転がり、電気を消す。


「一緒に寝たかったんでしょ~? 本当は」

「まあ美女と寝る機会なんて中々ないですからね。それとあんまり調子に乗ると襲いますよ?」

「そんなこと言ってしないのが千草だもんねぇ」

「それはどうでしょうか」


 彼女に覆い被さるように移動する。


「これ、屋上思い出すね」

「確かに……。……でも屋上ではもっと近かった。こんな感じで」


 彼女に顔を近づける。

 少し動けば、唇が触れるくらいまで。


「ドキドキしてる?」

「……してる」


 五畳の狭い部屋で、暗く、常夜灯しかつけてない部屋に男女が二人。することは一つだが……。


「ま、ここまでしてしないのが俺のいいところなんだ」

「キスして……いいんだよ?」

「しない」

「ちぇ。少し期待したのに……」


 体勢を戻して、横に並び直した。


「あのさ、話変わるけど明日さ」

「うん」

「多分、新しい噂が流れると思う」


 種を蒔いた。あいつは俺たちが付き合っているとは思ってない。去り際の一言でこじ付けの噂を流すはず。

 あいつがあの程度でやめる気がしない。それに噂を流してる奴はあの高校に存在して、何かしらを使って流している。それが何なのかはわからないけど。やけに広がるのが早い気がするからだ。そして噂を流してる奴を炙り出す。


「どゆこと?」

「そうだな。予想だと俺たちの関係は……セフレだったって感じかな」

「なんでまた!?」

「俺がそう伝えたみたいな所はある……ごめん」

「いいけど……それって夏樹が噂を流した張本人ってことでいいのかな?」

「まあそうなるかな? まだ決まったわけじゃないけど」

「根源は別にいたかぁ」


 そう思うのが普通かもしれないが、まだ確定したわけじゃない。彼は関わってるだけかもしれない。


「聞きたいことがあるんだけど、あいつは中学の頃の彼氏でよかった?」

「あれを彼氏っていうのも癪なんだけど……一週間で別れた子供のお付き合いみたいなものかな? 束縛ひどくて、男の子と話してただけですごい怒鳴ってくるし……叩かれた事もある。だから彼とは何もしてない。ただ一緒に帰ってただけ」


 なんだそれ。最低じゃん。そりゃ怖いわ。それに付き合ってたって言うのかよ……。よく無事に別れれたね。ソクバッキーな上に暴力まで……。あいつ嫌いだわ。


「そうか。大丈夫だった? どこ叩かれた?」

「頬と頭……。痛かったなぁ」


 思い出すように頭と頬を手で撫でる。

 思い出させてしまった事に申し訳なく思った。


「それは痛いな……ごめん」


 頬に手をやり、優しく摩った。


「な、何!? もう過去のことだから! だだっ大丈夫だから!」


 身を引き、手から逃れて行く。そんなに嫌がらなくてもいいじゃん。少し傷ついたわ……。


「ごめん……もう一つ聞いていい?」

「何?」

「あいつと友達のやつはうちの高校にいるか?」

「うちのクラスに一人いる。名前は柳斗真やなぎとうまくんだったかな?」


 あっさり。噂を流してる奴に辿り着けてしまった事に驚き。


「多分その子しかいない。あと朝原先輩も同じ中学」


 うん。それだけ分かればオーケー。噂流してんのはそいつだな。あとは朝原周。彼もやはり怪しい。この先何かしらの接触があれば、彼も関係してそうだ。


「わかった。ありがと」

「なんかするの?」

「しないよ。むしろ穏便に済むようにしたいくらいだ。暴力じゃ何も解決できないでしょ? それに俺は貧弱すぎてすぐやられちゃう……」

「何それ! 千草弱っちいの?」

「よわよわだよ」


 すぐ泣いちゃうから。さっきみたいに。


「解決しちゃったらこの関係も終わりだね……」


 寂しそうに彼女はそっぽを向いた。


「そうだな……でもまだ続くから……」

「どうだろ。終わっても一緒にいてくれる?」

「もちろん。……逆に離れて行くのは、なしでお願いします」


 意味が伝わっただろうか。

 伝わらなくても、いずれ自分から伝えればいい。

 時間がかかっても。


「離れるわけないじゃん。私、千草の事好きなんだから」

「そうだった」


 もうすぐ全てが終わる。

 決着まであと少しだ。


「霞、こっち向かないの?」

「そんな時ばっか名前で呼ばないの」


 と言いつつも、彼女は素直にこちらに向いてくれる。


「何?」

「少し抱きついてもいいですか?」

「……だめ」

「そっか。残念だ」

「嘘!」


 ガバッと抱きついてくる。


「ツンデレじゃん」


 偽物の関係もそろそろ終わりが近づいている。

 俺はこの関係を気に入っている。だけど、いずれ来る別れを覚悟しなければならないのも事実。



 だから少しだけ。

 少しだけでいいので。

 今だけは甘えさせてください。

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