愛沙とデート

 駅前の謎のモニュメント、立体歩道の上に突き抜けるようにかかった赤い橋を見上げる。

 うだるような暑さだった。もちろんその橋は鳥以外が使うこともなく俺たちを見下ろしているだけだ。


「なによ……」


 愛沙はすぐに見つかった。


「もうちょい涼しいところにいろよ」


 少し歩けば駅とつながるデパートもあるのだからこんなところにいないでも……。

 ここだと、人の往来が激しすぎて愛沙は非常に目立つ。いやまぁ、それは駅の方に行っても悪化するだけか……。美人も大変だな。


 白地に水色があしらわれた涼し気なワンピースに、こちらも水色のリボンが目立つ麦わら帽をかぶった愛沙。俺も知り合いじゃなかったらどこかの芸能人かと思ってちらちら様子を伺っていたかもしれない。実際今も居心地悪い視線が突き刺さっていた。

 こんな可愛い子の相手がどんなやつかと見ていれば俺みたいなやつがきたわけだからな……。


「行くわよ」

「お、おう」


 突然手を取られて引っ張られるように駅ビルのデパートへ歩き出す愛沙。ちょっとざわめいた。


「ふんっ」


 愛沙も視線が気になっていたのか、俺の居心地の悪さを察してくれたのか。

 手をつないで歩く姿をみて流石に声をかけようとしていた男も下がってくれたので助かった。が、これ……万が一クラスの奴らとかに見られたらなぁ……。


「なに?」

「いや……似合ってるな。それ」

「なっ……」


 ま、いいか。今日は愛沙のために尽くすと決めたんだ。

 何でも言うことを聞くという恐ろしい罰ゲームが、たった1日の荷物持ちで終わるというなら軽いものだった。


 ◇


 そう思っていた時期が俺にもありました……。

「女の子の買い物は長いからねー?」とまなみに言われてはいたが、まさかこれほどとは思わなかった。

 幸い駅の周囲にデパートが集中しているおかげでそんなに移動はないが、俺の目には大した差に見えない細かいこだわりのために同じような店を行ったり来たりしている。

 そうこうしている内にも気づいたら紙袋は増え、そろそろ片手では持ちきれなくなったところだった。


「ねえ! 聞いてる? どっちが良いかって……」

「あぁ、ごめん」


 ついぼーっとしてしまっていた。

 夏物の服を身体に当てて聞いてくる愛沙。ちょっと不機嫌そうになっても今日はトータルで機嫌がいいので表情は柔らかい。

 そしてそうなると……。


「えーっと……どっちも可愛い」

「……もうっ! 康貴がそればっかだからきまらないんだからねっ」


 基本的には本心というか、正直愛沙くらいになるともはや何を着ていても似合ってしまうんだ。それが仮にいつもと違う服装でも意外性があって良しになる。結果、決めきれない。


 まなみから素直に褒めつつちゃんと意見を言うこととアドバイスは貰っていたが、これは予想外だった。ちゃんとした意見が役に立たない。


「で、結局どっちも買ったのか」

「だって……しょうがないじゃん……決まらなかったし」


 この調子で迷った挙句荷物が増えるということが繰り返されていた。


「さて! じゃあ次は」


 楽しそうにする愛沙をじっと見つめていたら、何か勘違いしたらしくシュンとなって声をかけてきた。


「あ、疲れたよね? ごめんね?」

「いや、そんなことは……」

「ぼーっとしちゃってたし……やっぱりもう今日は……」


 そこでふとまなみの言葉を思い出す。



「今日は素直に褒めてあげること! 可愛かったら可愛いっていうし、見惚れちゃったら見惚れたっていう!」

「いや……それ機嫌損ねないか……?」

「褒められて嫌な気持ちになるはずないでしょ! 万が一お姉ちゃんが怒ったりしたら私がなんとかしてあげるから!」



「見惚れてただけだ。ほら、次はどこだ?」

「やっぱり見惚れて……えっ?!」


 そんなに反応されると恥ずかしくなるからやめて欲しい。


「見惚れ……?」

「早く行くぞ」

「わっ! ちょっと引っ張んないで! それに康貴どこ行くかもわかってないでしょ!」


 照れ隠しで手を引っ張ってデパートを当てもなく歩き出すと、最初は抵抗した愛沙も大人しくなる。すっかりいつもの調子はなりを潜め、うつむきながら「あっち」と「こっち」だけで目的地に誘導し始める。

 大人しく後ろをついてくる愛沙は少し、昔を思い出させた。


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