幼馴染の変化の兆し
愛沙のノートは可愛らしく読みやすい字で、とても丁寧にまとめられていた。
真面目な性格が反映されており、各授業の後に必ず授業内容を振り返り、まとめ直している。これのおかげで休んだ部分も板書内容だけでなく中身もしっかり頭に入ってきた。
「すごい……。めちゃくちゃわかりやすい……」
「ふふーん。なんてったって私のお姉ちゃんだからねー」
なぜかまなみが偉そうにするが、たしかにこれが身内なら誇らしくなるのもわからなくはない。自慢の姉というやつだろう。
「しかしそうか……毎回ここまでやるから高西はあの成績なのか」
成績上位三十名は張り出されるが、愛沙はその中でもさらに上位の常連だ。さすがとしか言いようがない。
と、そこで愛沙の様子がおかしいことに気づく。褒めたつもりだったのに機嫌が悪い。
「えっと……気に障ったなら申し訳ない?」
もしかしたら俺ごときに成績を語られるのも腹立たしかったのかも知れない。
と思ったら、愛沙の怒りの原因は想定外のところにあった。
「名前」
「え?」
名前……?
「なんで私だけ苗字なの」
「あ、あぁ……」
クラスの距離を考えれば、普段から口に出すときはこうしておく必要があるので癖になっていた。
「えっと……ごめん?」
「ごめんじゃない。名前」
圧を感じる。
「あー……」
愛沙が言いたいことはわかる。が、こう改まられるとなんか緊張する。
ただまぁ、やらないと愛沙の周りだけ冷房いらずの冷たい空気がさらに冷え込んでいっているので、ためらいがちに声に出す。
「……愛沙」
ふわっと愛沙が笑った。
「うん。よろしい」
名前を呼んだのも、そんな柔らかい表情で笑いかけてきたのも、久しぶりすぎてなんだかよくわからない気分になる。
それはどうも愛沙も同じだったらしく、さっと顔をそらして机に向き直った。
ただ長い髪をかきあげたときに見えた耳が真っ赤になっているのだけは、はっきり見えてしまった。
「ふふーん。康貴にぃ、お姉ちゃんは可愛いでしょ」
ここで余計なことを言うとまた機嫌を損ねかねないので、とりあえず愛沙には見えないように黙って頷いておく。
「さてさて、可愛いお姉ちゃんを堪能したから、次は私の番でーす!」
そう言って教科書をほっぽりだしてこちらへ飛び込んでくる。膝枕のような体勢になった。
「疲れたのか?」
ナチュラルに飛び込んできたので頭を撫でてやろうとしたが、愛沙がいることを思い出して慌てて手を引っ込めた。
基本的にまなみから来る分にはギリギリで良いが、俺が何かするのは認めないというのがここまで愛沙を観察して得た教訓だった。まなみはちょっと不服そうだ。
ただ、恐る恐る様子を伺った愛沙の態度は、いつもと違っていた。
「休憩にしよっか」
穏やかな表情の愛沙はそう言って立ち上がり、下に降りていった。
あれ? 思ってたのと違う。
戸惑う俺を見ながら、まなみは膝の上で楽しそうにニヤニヤしていた。
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