第14話 CELEBRATION
勇者捕る!
の報はあっとういまにネットワークを通じて殆どの人鮫族の知るところとなった。が。バーチャル世代でない老齢の人鮫の中にはそんなことつゆ知らず、通常の生活を送っているものたちもいた。
「しかしなあ。イタズラじゃあるまいな」
その道五十年の運送・出前業者のジグラー・ドルフェン氏もその一人だ。
御年七十歳。今日び、潜水艦も船も使わず自らの泳ぎのみで荷物を届けるストロングスタイルにより多くの同業者に尊敬されていた。
彼が今回食料品を運ぶように依頼を受けた場所は、なんと海底五〇〇〇メートルのところにあるという建物であった。本当にそんな場所に鮫がいるのかと疑問を抱きつつも指定された座標に到着すると――。
「おや。イタズラじゃあなかったようだ」
そこにはこじんまりとした、しかしなかなかお金がかかっていそうな建物があった。
ジグラー氏はコンコンと扉をノックする。すると。
「すまなかったなこんな時間にこんなところに」
――ええええ!?
思わず大声を出しそうになるのをなんとか堪えた。
水が中に入らないように気泡の魔法を遣いながら建物から出てきたのが、どうみてもヒューマン族の女の子だったからだ。
金色の髪の彼女はすまなそうに料金に一・五倍ほど上乗せした金額を握らせると扉を閉めた。
――いったいどういうことだろうか。
あまりに気になったので壁に耳をつけて聞き耳を立てるとこんな会話が聞こえてくる。
『おいみんな。食べ物が届いたようだぞ』
『おーやったー!』
『姉御。わざわざすいません』
『問題ない。みんなはゆっくり食べてきてくれ。見張りはわたしたち三人に任せて』
『いやいや! 姉御たちこそ先にゆっくり食べてきてくださいよ!』
『そういうわけには。コレをほおっていくわけにはいかない』
『だいじょうぶだよメグたん。別に見張りなんていなくても理論上は大丈夫だから。ちょっと祝勝会でもやろうよ』
『そうは言ってもだな』
『おまえら二人で行ってくれば? 酒もサブマリンのほう行けばあるぞ』
『アレクくんもいっしょじゃなきゃつまらないー。ほらほら早く行こうってー』
はて?
ジグラー氏は首を傾げながら建物を後にする。
――というわけで。アレク、メグ、ヒカリの三人はちょっとした宴会を開始した。
「えー本日はお足元の悪い中お集まり頂きまして誠にありがとうございます――」
場所はジンベイザメサブマリンの中の宴会場。
テーブルには先ほど注文した料理、けっこう高そうなワインやシャンパン、それから三年ほど前に発売して売上爆死した鮫魔王様ぬいぐるみが並んでいる。
「えーそもそもみなさんにお集まり頂きましたのは――」
「なーがーいー」
「なぜそんな堅苦しい挨拶をする必要があるのだ」
「……いや昔から宴会の幹事とかやらされまくってったからクセでさ」
もういいよ! カンパーイ! というヒカリの声と共に三人はグラスを合わせる。
グラスを空にするや、メグは猛烈な勢いで料理に手を付け始める。
ヒカリはそれを横目に見つつワイングラスの柄を持ってくるくると回転させていた。
「おまえも食べればいいのに」
「うーん。なんかお腹の調子がわるくて」
「いつもそんなこと言ってんな」
「ほっとけー。それしてもカワイイねえ」
対面に座るメグが食べ物をすごいいきおいで頬張る様子をじっと見つめる。
アレクは「なにが?」と首を傾げた。
「食べる勢いはもんのすごいんだけどさ、一口づつがめちゃくちゃ小っちゃくてリスみたいでかわいい」
「まあサメじゃないからな。でもこいつの大食いエピソードを聞いたら笑えんぞ」
メグが「んー! んー!」などと止めるのを聞かず、みんなでやっとこ捕えたマッコウクジラ一匹を一人で三日で食べたこと、ダイオウイカの足をポッキーのスピードで食べること、正月に全長五メートルはあるタカアシガニを十二匹完食したことなどを暴露した。
「なるほどー。それでいつも鍛えてるわりにはお腹がちょっとムッチリしてるんだね」
その言葉を聞いてメグは激高。
「おのれ! 貴様は何故そんなに痩せているクセに胸ばっかりあるのだ!」
そねみの言葉を吐きながらリュウグウノツカイを両手で持ってど真ん中にかぶりつく。さらにグラスに入った白ワインを一気にあおった。
「おまえは射手矢侑大か」
「なんでそこなの。普通ギャル曽根でしょ」
「いやたまたま見てた大食い番組に出てたから」
アレクとヒカリはヒューマンリージョンのテレビの大食い番組の話で五分ぐらい盛り上がった。メグは全然聞いていない。
「それにしても――」
ヒカリはエゾバフンウニの中身をスプーンで掬ってちびちびと口に運んでいる。
「キミたちも『仲間』を食べるんだね」
アレクはその言葉の意味をアタマの中で少々咀嚼してから言葉を返す。
「こりゃあ保存食品だけど、当然狩りはするよ」
「普段あんなに『トモダチ』に頼ってるのにぃ?」
「そりゃ直接の友達は殺さんけどな」
フォークでメインディッシュのカジキマグロステーキを突き刺しながら反論。
「ヒューマンみたいに『ヴィーガン』にもなれないし、食物連鎖ってやつの中で役割をこなさないと結局おかしなことになる」
「でもさ。その理窟で言ったら――」
イジワルそうな顔で手にしていたスプーンをアレクに向ける。
「人間がサメを殺すのも正当ってことになるよ」
「ふん」
マグロステーキを口に運び案外ちゃんとカミカミする。
「そのとおりだよ。まあヤツらは食っても『ヒレ』のみだけどな」
赤ワインをお上品に口に運んだ。口が馬鹿でかいため飲みづらそうである。
「別に俺は自分が正義で人間が悪なんて言う気はさらさらねえよ。ただオヤジや仲間を殺されてムカついてるだけだ」
「ふーん。メグたんはどう思う?」
「うう?」
右のほっぺたにはウニ、左のほっぺたにはカニがパンパンに入っていることが形から容易に見て取ることができた。
「どうも同じ考えみたいだね」
「……ほっぺたちぎれるぞ。ちゃんと飲みこめ」
メグの口にシャンパンボトルを突っ込み、飲みこませようと試みる。
「んぐううう!」
「ほら。早く飲めよ」
「やめなよー。強制フェラチオみたいでエロいよ?」
――一時間後。
「ひぃぃぃぃぃぃぃっく! だいたいおまへはらあ……」
メグは完全に出来上がった状態になっていた。
「呂律が周ってないじゃねえか。あんなに飲むからだ」
「キミが飲ませたんでしょー? イマラチオ方式で」
「いや元々かなり飲んでたよ」
「うるはい!」
横に座るアレクをヘッドロックで捉える。
褐色の肌が真っ赤に染まり、じっとりと汗を掻いていた。燃えるように火照った肌の感触、バクバクと激しく動く心臓の音。さすがにアレクも照れくさいらしく、頬を染めながら必死に暴れて脱出する。
「だいたいおまえはいつも――」
「ぎゃあああああ! 肝油!」
「出たよ。疑似セックス」
「いつもいつも夜更かしばっかりして昼ま近くで寝ててこのボンクラ! 毎朝起こしに行く私の身にもなれヨゴレ! 朝ごはんが食べられないではないか殺すぞ! おまえの朝ごはんしか食べたくないのに死ねえ!」
「よく聞くと一文字残らずかわいいことしか言ってないね」
「それに! 本質的なサメのアレになってわたしがアレに乗るヤツを最近ちっとも行わせてはくれないし!」
「なあに? それ」
メグは肝油を摘まんだり、離したり、噛んだりして暴れ倒している。
見かねたヒカリはテーブルの下から黒光りした太い棒を取り出した。
「ほら。怒り上戸のオッサンにはカラオケ歌わとけばいいって私が八歳のとき働いてたキャバレーの店長も言ってたし」
「ん? 八歳?」
「寄越せ!」
メグは意外と冷静にリモコンをピピピと操作して曲を入れた。
そしてテーブルの上に立って、なにやら甘ったるい歌詞だが曲調はむやみに激しい歌を熱唱し始める。
「い、いつ聞いてもおそまつだぜ」
「かわいい! 一ミリたりとも音程があってない! えーとカメラカメラ……。よーし。この痴態を配信しちゃおーかな」
ヒカリはごっついカメラを撮り出して撮影を始める。
「見て見て! このコメント欄の荒れよう! 『音痴世界一』『地獄の歌姫』『滅びの唄』『騒音だぼけ』『鼓膜が爆発した』『窓ガラス割れた』『飼いネコザメが死んだ』『かわいいから許……いやムリ』。だって! キャハハハハ!」
「楽しそうだな」
「うん。楽しいよー。いつも楽しいけどね。キミたちといるのは」
そういってアレクを覗き込む。頭から食べてしまいそうなくらいに顔が近い。
「もうどれぐらいになるんだっけ」
「えーっと。ここに住むようになったのが半年前で、AJくんが初めてダイレクトメールをくれたのが一年前だね」
「まだそんなもんだっけ、それしては馴染んだなぁ」
「だろ?」
おどけた表情で親指を立てるヒカリ。
アレクは目を逸らしながらこんなことを言った。
「その……ありがとな」
「なにが? 産まれきてくれて?」
「いやそうじゃなくて。その……メグの友達になってくれてさ」
ヒカリは目を見開いてアレクを見る。
「あいつさ。オヤジが死んでから随分ふさぎこんでたからな。おまえがいてくれて助かったよ」
「友達かあ。どうなんだろ」
「なんだかんだあいつもおまえのことスキだよ。そうじゃないヤツとは口喧嘩なんかしねえ。そういうタイプだ」
「ふーん。そうかなあ? まあなんにせよ」
ヒカリはなぜだか少々複雑な表情を浮かべる。
「『トモダチ』想いだね。キミは」
メグはそんな会話が交されているとはつゆしらず全力の怪音波を放射し続け、とうとう机の上のワイングラスをすべて割った。視聴者に死人が出たという説もある。
――一時間後。
メグは散々暴れたあげくとっても疲れて就寝。机にほっぺたを乗せてすうすうと息をついている。
アレクも横で片肘をついてぼーっとそれを見つめていた。
「今、『天使みたいな寝顔だなー』とか思って見てたでしょー?」
「ば、バカいえ」
なぜか椅子に正座で座り直す。ヒカリはそれを見てクスっと笑った。
「さてそろそろ見張りに戻らなきゃならんな。こいつは使いものにならんから二人で見張るか」
アレクは大あくびをしながらそんな風につぶやく。
「あー。私一人で見張っとこうか? 眠いでしょ?」
「大丈夫かー?」
「だいじょぶだいじょぶ。理論上は見張りなんか必要ないわけだし。それにさ。わたしは明日の『処刑配信』の準備あるからもうちょっと起きてなきゃだし」
「……わりいな」
いいってことよ! とアレクの肩を叩く。
「よろしくな。片付けは俺が明日しとくからほっぽといていいぞ」
「うん。ありがとう。おやすみー」
アレクはメグを担いで宴会場を後にする。
ヒカリは無邪気な笑顔で二人に手を振った。
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