第17話 ラグジュアリーホテルに住む女U子48才
私の趣味は、月に一、二度ラグジュアリーホテルでランチをしたり、ディナーをしたり、三か月に一回くらい、
一人でお泊りしたりすることだった。
幸いなことに、東京に住んでいれば
ラグジュアリーホテルに通うのには苦労がない。
東京オリンピック2020に向けて、
これでもかとホテルがオープンしたし、老舗のリニューアルも盛んに行われた。
私は片っ端から行った。
一番最近では、浜離宮恩賜庭園を眺めるホテルだ。
部屋に設置されたピアノで、
唯一弾ける、エリーゼのためにを弾いた。
悪くなかった。
だけど、最近以前のような、
感動がないのだった。
何故か?
どうして?
と考えて、私はやっとその理由がわかった。
帰宅した時に、自宅が貧相だからだということに気づいた。
だって趣味って自分を高めるものでしょう?
なるほどね、と私は膝を叩いた。
『私今まで何をしていたんだろう?世界中のラグジュアリーホテルに泊まったって、帰宅して貧相な部屋だなんて、今まで投資した意味がないわ。これまで学んだ全てを生かして、我が家をラグジュアリーホテルにしたらいいんだわ!』
そう閃いた。
アルバムを開き、若い頃から泊まり歩いた世界のホテルの写真を集めた。
スマホの写真をプリントアウトした。
色々行ったわ、、、。
ロンドン、マンチェスター、パリ、フランクフルト、ローマ、リスボン、ファロ、アテネ、コペンハーゲン、アムステルダム、ドバイ、ナイロビ、アンボセリ、マサイマラ、バンコク、シンガポール、クアラルンプール、バリ島、ハノイ、北京、台湾、マニラ、マウイ島、サイパン、グァム、、、。
写真を並べてみた。
どこを見ても胸がジーンとする。
不思議なことに、最近何をしてもあまり感動できない私の心が、
その時の感動としてなら蘇ることができた。
感動は、過去にあるというのか?
例えばここ、サイパン。
18才で行った初めての海外旅行だった。夜中にホテルに着いて目の前に
海があることなんて気づかないまま眠った。朝になってカーテンを開けた時のあの感動を超える感動は、もうおそらくこの先はあるまい。
エメラルドグリーンのサンゴ礁がキラキラと目に、脳に、魂に飛び込んできて、親友とキャーキャーいってフィルム入りのカメラで写真を撮った。
松田聖子の青いサンゴ礁という歌が大流行していた頃のことだ。
サンゴ礁って美し過ぎると思った。
インテリアが籐でデザインされていて、テラスに椅子とテーブルが海を向いて置いてある。
18才の私にとって、それは、ロマンチックでたまらなかった。
帰国してすぐさま、籐のタンスを買った。新婚の時も籐のタンスを買った。しかし二つとももうない。あれは、日本にはあまりそぐわないということに気付いたのは何年か使ってからだ。
ホコリが隙間に入るし、籐がピロピロほつれる。だから、南国インテリアはなしね。
ナイロビのホテルで忘れられないのがカフェテラスの真ん中に大きな樹があって、その樹にメッセージがベタベタ貼られていたことね。
御神木みたいに大きな樹で、切らずに生かしてホテルを演出しているのが良かったなぁ、、、。サファリのロッジのログハウスは素晴らしかったけど、あれも日本には合わないと思うのよ。
現地ならではというのがあるでしょ。家は風土よね。
ということで言うならやはり、イギリスのインテリアを採用したいと思うのね。マンチェスターのホテルで見たリバティ柄のカーテン、ジュータンは鼻血ものよ!
あとは、コペンハーゲンの簡素美と静けさと、羽毛布団の素晴らしさったらなかった。
リバティ柄とコペンハーゲンの簡素美と羽毛布団は絶対に採用ね。
とはいえ、ソファはやっぱりイタリア製のニコレッティの鮮やかなオレンジは欲しいのだ。
、、、よく断捨離は祭りだ、と言うけれど、本当に毎日狂ったように私は家の大改革をした。
趣味につぎ込むために貯めていたお金を、ソファ、リビングテーブル、カーテン、カーペット、ダイニングテーブル、ベッドカバー、間接照明を買うために使った。
ダイニング、リビング、夫婦の寝室を、ラグジュアリーホテルのように仕立て上げた。
BGMでジャズをかけた。
大変だった。
何がって、きれいを保つための掃除に明け暮れることになった。
ホテルが心地よいのは掃除が、行き届いているからなのだなぁ、、、。
ただし、劇的に気分が良くなった。家の中でも、ワンピースを着て、化粧をして、アクセサリーもつけた。
夫が優しくなった。
夫婦生活も復活した。
こんなことがあるなんて、、、。
朝、夫を送り出すとき
(早く行けよ)
と思っていた私が、
さみしくて泣きたくなってしまうなんて、、!
幸せだった。
あの瞬間までは、、、。
ある朝のことだった。
高校生の娘が起きてきて言った。
『今日、ママなにするの?』
『掃除と、、』
と言いかけた私に娘は言った。
『聞くまでもないか、掃除でしょ。かわいそうな人生だね。毎日掃除ばっかりして。ママみたいには絶対にならないから、あたし』
『ママが掃除しているからあなたもパパもきれいなお家に住めるんでしょ?』
『別に望んでないよ。そんなの。ママってセンスないよね。インテリアもガチャガチャして、なんなの。変だよ。統一感なし。それよりママ、前みたいにお出かけしたりして、楽しめば。なんか掃除ばっかりしてる姿見たくないんだよね。家でワンピースきても不自然なんだよね』
『、、、』
なんだかその日から突然、私は掃除が嫌になってしまった。
私のラグジュアリーホテルは
日々、みるみる汚れていく。
夫のことも、また
(早くいけ)
と思いながら見送っている。
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