第6話 着替えの話


「あんなに仲間が居たのに最後の一人になっちゃったね」


 トゥユは暗にエアハルトの指揮が下手なせいで部下が全員死んだ事を伝える。


「ふん、あんな奴ら最初から頼りにしておらんわ。俺さえ生き残ってればまた仲間を集めて村を襲えるからな」


「アハハハッ、生き残ってもまた野盗やるんだ。じゃあ、これ以上ごみが増えないように掃除しとかなきゃね」


 流石に何度も挑発に乗って来る事はなく、エアハルトは大きく息を吐くと一気に距離を詰める。

 エアハルトの剣とトゥユの戦斧が交差し、鉄と鉄がぶつかる甲高い音が辺りに響いた。


 ──流石に元百人長って事だけあるね。他の人と踏み込みの速さが違って驚いちゃったよ。


『腐っても王国兵って事だな。足元を掬われるなよ』


 ──大丈夫、腐った兵に足元を掬われる程、私の足腰は弱くないよ


 そんな会話を聞くことができないエアハルトはいったん距離を取り、今度はトゥユの左側に回って剣を振り下ろす。

 右手で持っている戦斧を頭の上に掲げ、この攻撃を防ぐが、エアハルトは更に左に回り今度は横薙ぎに剣を振るう。

 どうやら今までのトゥユの行動を見て右利きなのを看破し、防ぎにくい左側に回り込むことで勝機を見出そうとしているようだ。


 ──右手しか使えない訳じゃないけど、わざわざ教えてあげる事もないよね。


『そうだな。そこに勝機があると思い一生懸命攻撃してくるのも一興』


 何合かエアハルトの攻撃を受けると、何の面白みもない攻撃にトゥユは飽きてしまった。


 ──せっかく頑張っているんだけどもう十分かな。どうやっても負ける気しないし。


 エアハルトの一撃を受けると左に回る姿を見て、素早く右に回りその遠心力を使い戦斧で足を払う。

 エアハルトからしてみれば思っても見ない速さで動いたトゥユの姿を捉える事ができず、見えない速度で払われた戦斧の一撃に反応もできず、なすすべもなく両膝の所を斬られてしまった。

 膝から下を失くしたエアハルトはそれでも倒れた体を手で起こし、足を投げ出すように座る姿勢で剣を構える。

 本人としてはまだ戦う意思を失っていないのだが、その剣は痛みで小刻みに震え、口からは何度か悲鳴が上がりそうになる。


「へぇ、声上げないんだ。凄いね」


「誰が声なんぞ上げる物か。まだ勝負はついておらん、掛かってこい!」


 どう見ても勝負はついているのだが、野盗の矜持か最後まで抵抗する事をエアハルトは選んだ。それがエアハルトにとって地獄となる事も知らず。

 トゥユは溜息を吐き、素早く戦斧を振るうとエアハルトの両腕が体から離れ地面に落ちる。


「えっと、この後どうするんだっけ? そうそう、顔を地面につけるんだったね」


 痛みで今にも意識を失いそうなエアハルトの後ろに回り、頭を足で押して顔を地面に付けさせる。


「アハハハッ、言った通りになったね」


 エアハルトを踏みつけ、高笑いをする姿はこの場面だけ見るとどちらが野盗か分からない。


 マールはトゥユの高笑いを聞くと意識を取り戻した。最初の一撃であわや殺されそうになった後は、魂が抜けたようにその戦いを見つめていたのだ。

 只の少女が二十人に及ぶ野盗を切り伏せただけではなく、王都でも名の通ったエアハルトを子供の手を捻るようにあしらってしまった。

 こんな話一体誰が信じよう。もしマールが同じ話を他人から聞いたら相手の事を大法螺吹きと思うだろう。それぐらい有り得ない事だ。

 ふと、隣を見ると自警団の一人も同じように惚けているので、声を掛けて現実世界に戻す。


「マールさん、俺は夢を見ていた気がするけど、まだ夢の中に居るのかな?」


「いつまでも何を言っておる。周りを見て見ろ。この状況は本物だ、トゥユちゃんが勝ったんだよ」


 マールに言われて辺りを見渡すと、そこにあるのは大量の野盗の死体。そして頭に足を乗せられ身動きの取れない首領の姿だった。

 マールも一旦落ち着き、周りを見回した後、自分の持っていた剣に視線を落とすと、その剣は一切汚れておらず新品同様のままだ。


 トゥユがエアハルトから足を外すと「村人の皆さーん、この人自由にしていいですよー!」と大きな声で叫ぶと、家に隠れていた村人がぞろぞろと出て来る。

 こんな姿になってもエアハルトがまだ何かをしてくるのではないかと様子を窺っていた村人の一人が小さな石をエアハルトに向けて投げる。


 コンッ!


 と石がエアハルトに当たり、エアハルトの頭からは血が滲んでくるがエアハルトが反撃をしてくる事はない。

 それを見た他の村人も石を持ち今までの恨みを晴らさんばかりに投げつけた。雨のように降る石に抵抗できないエアハルトを見る事もなくトゥユはマールの前に来ると仮面を頭に着け直し、


「マールさん、お願いがあるの。私、水浴びがしたいな。色々な人の血がついちゃって気持ち悪いもの」


 そう言って微笑んだ笑顔は、年相応の可愛らしい物だった。

 マールは「ワハハハッ」と大笑いをするとトゥユの頭を乱暴に撫で始めた。


「お願いだなんて遠慮するな。お前はこの村の救世主だぞ。それに水浴びじゃなく風呂を用意してやる。俺の家には風呂がないが、風呂がある家を紹介してやる」


 そう声を掛けると自警団の二人も興奮した様子で話し始めた。


「お嬢ちゃん凄いな! あれだけの数の野盗を一人で全滅させるなんて信じられない! お嬢ちゃんは村の救世主だよ」


「そうだ! あんな凄い戦い見た事ない! 俺は興奮したよ!」


 自警団の一人はトゥユの体を持ち上げて祝福をしようとしたが、戦斧を持っているせいでトゥユを持ち上げる事ができなかった。

 自分のやろうとした事が失敗に終わった恥ずかしさもあり、村長にお風呂の準備をして貰うように言ってくると言ってこの場から離れた。


 ぐしゃぐしゃになった髪を手ぐしで直し周りを見ると村はお祭りのような騒ぎになっていた。

 村人たちは誰彼構わず抱き合い、涙を流して野盗からの脅威が去ったのを喜び、半鐘を鳴らしてリズムを作りそれに合わせて踊っている人もいる。


「ウトゥスは今回沢山食事できた? 沢山やっつけたと思うけど満足できたかな?」


『うむ、我は満足だ。まだまだ行けるが、食べ過ぎるのも良くないしな』


 自警団の一人が走って戻ってきてお風呂の準備ができたから付いて来るようにとトゥユに伝える。トゥユはお風呂に行く前に戦斧をマールの鍛冶小屋に戻し、村長の家に向かった。

 途中で色んな村人から祝福として抱きつかれたり、お礼の言葉を貰ったのだが、恥ずかしいので余り大袈裟にしないで欲しいと思う。


 村長の家に着くと、村の女性陣が待機しており、お風呂のある所まで連れて行ってくれる。


 グチャ。


 脱衣所で服を脱ぐと服が気持ちの悪い音をたてた。どうやら服に染み付いた血が脱いだことで染み出てしまったようだ。

 お風呂から上がった後にまたこの服を着る事を考えると少し萎えるが、今はお湯につかる事を優先する。


「ふぅー。 良いお湯だなぁー」


 かけ湯をして体に付いた血を流すとトゥユは湯船に浸かった。

 結構大きなお風呂で優に四、五人が一緒に入れるぐらいの大きさがある。後で聞いたのだが、たまに村長が村民のためにお風呂を開放していて、その時何人かで一緒に入るために大きく作ってあるのだと。

 天井から落ちて来る水滴が水面に当たり心地よい音を奏でる。この音がトゥユをリラックスさせてくれる。


「よく考えると私お風呂って初めてかも。こんな気持ち良い物なら何時までも入っていられるよ」


 危うくのぼせそうになりかけたが、多少フラフラする程度でお風呂から出ることができた。十分に疲れと汚れを洗い落とした後、脱衣所に戻るとトゥユの服は何処にもなかった。

 素っ裸で外に出る訳にもいかずどうしようか悩んでいるとドアの外から声がかかった。


「トゥユちゃん上がった? 服は汚れていたから今洗濯してるわ。代わりの服を用意してあるから出てらっしゃい」


 ──そっか、洗濯してくれているのか、盗まれちゃったと思ったよ。


『フハハハッ、あの戦いを見た後でトゥユの服を盗めるなら相当見込みがあるぞ』


 確かにこの状況で服を盗む者が居たらそれは大物かもしれない。着る服がないので仕方なくタオルを巻いて脱衣所を出ると、そこには数人のマダムと沢山の服が置いてあった。

 その服を見てどれが良いか目を輝かせるが、ここからトゥユは地獄のような時間を過ごす事になる。


「トゥユちゃんはちっちゃいから何を着ても可愛くなっちゃうのよね」


 一人のマダムが頬に手を当てながらトゥユの姿を見て嬉しそうに感想を述べる。


 ──これって何着目? まだ終わらないのかな?


『確か七着目のはずだ。見る限りまだまだ服は残っているな』


 服を着せられてはマダムたちから可愛いと感想を貰い、また次の服を着せられると言う事を繰り返し、終わりの見えないファッションショーにトゥユは疲れてきていた。

 野盗に物を奪われて貧窮していたはずなのにどうしてこれだけ服があるのが気になって聞いてみると、この村は綿花の栽培が盛んなため、服は沢山あるそうだ。


「キャァァァァァ、トゥユちゃん可愛いぃ!」


 何処かのお姫様が着るような刺繍が沢山してあり、フリルの付いた服を着るとそんな歓声が上がった。


「むう。私はもう十六だから可愛いんじゃないんだよ」


 とても十六とは思えない身長と体形で可愛いと言う言葉に不満を表明するが、マダムたちは次に着せる服を選んでいるため、全然聞いていない。


「じゃあ、次はこの服ね。さっ、早くその服を脱いでこっちの服を着てみて」


 更に次の服を着るように言ってくるマダムに最早文句を言うのも諦め、素直に次の服に着替えていく。

 結局トゥユを玩具にした着せ替えは全ての服を一通り切るまで終わらず夕方まで続いた。

 どれを持って行っても良いと言われたのだが、トゥユが選んだのは元の服によく似たシンプルなシャツとズボンの組み合わせだった。

 これなら最初からこの服だけ持ってキレくれれば良いのにと思いつつも、笑顔のマダムたちを見るととてもそんな事は言えなかった。


 ──疲れた……これなら野盗と戦っている方がずっと楽。


『それだけ村人たちも嬉しかったのだろう。我も色々なトゥユが見れて面白かったしな』


 ──むう。ウトゥスの意地悪。もう知らない。


 膨れたトゥユがウトゥスと話していると一人の女性が食事を運んできた。トゥユは今、村長がお礼をしたいと言うので椅子に座って待って居た所だった。


「野盗に取られた物が多いので大したおもてなしはできんが、村民がさっき取ってきた鹿の肉でも食べて寛いでくれ」


 村長が食事を勧める横には女性が座っており、腰の辺りまで伸びている金髪が風に靡かれ太陽の光を反射して綺麗に光っている。

 年齢は二十ぐらいだろうか? 整った目鼻立ちは村にいる女性とは一線を画しており、何処か高貴さえ感じられる。

 だが、高飛車な雰囲気などなく、非常に話しやすそうな、優しい感じでトゥユを見つめてくる。

 トゥユの視線に気付いた村長が隣の女性の紹介をしてくれる。


「これは失礼。こちらの方はトゥユ殿と同じように客人として村に滞在しているレリア殿だ」


 村長の紹介に一度頭を下げた後、女性らしい柔らかい笑みを浮かべトゥユの側に寄って来る。


「ただいま紹介に預かりました、レリア=ヴィカンデルと申します。この度はトゥユ様に村を守っていただき村人を代表して感謝を申し上げます」


 凛とした耳心地の良い声がトゥユの鼓膜を刺激する。トゥユが今まで見た女性の中でも一番と言っていい程の美貌の持ち主だ。

 それは体形も同様で女性らしく、出る所が出て、引っ込んでる所が引っ込んでる、女性のトゥユから見ても非常に魅力的な体形をしていた。

 トゥユは自分の体形を見ると凹凸のない体に敗北感を感じる。


 ──私だってこれから沢山食事をすれば負けないぐらいになるもん。


『負け惜しみは見苦しいぞトゥユ。それにしても綺麗な女性だな』


 ウトゥスから見ても綺麗と思えるんだ。そんな事を思っていると、


「食事が冷めてしまうといけませんので、どうぞ召し上がって下さい」


 レリアが食事を促す。机の上には鹿肉の入ったスープに骨付きの鹿肉、それにパンが置いてある。「いただきます」と言ってスープを口に含むとちゃんとしたスープの味がした。

 マールの所で食べていたのは不味いお茶と硬いパンだったので、ちゃんとした味のスープはとても美味しく感じた。


 パンを手に取り齧り付くと、これもマールの家にあったパンより多少柔らかく、普通に噛みきれる程の硬さだった。

 そして最後に骨付き肉を手に取ると、タレを付けて焼かれたのか非常に良い匂いが鼻を刺激してくる。

 口に含むと程よい噛み応えがあり、鹿の臭みはタレで消され、何個もお代わりがしたくなる程食べるのが止まらなくなった。

 マールの家でもこれぐらいの食事が出れば……と思うが、やはりマールの家では堅いパンと不味い雑草のお茶が合っていると思い少し可笑しくなった。


 食事の間、レリアと他愛もない会話をしていたが、お互いになれて来ると冗談も言い合うようになり、トゥユにはレリアの事が姉のように感じられた。

 トゥユに兄弟姉妹はいなかったので、姉が居ればこういう人が良いと思っていた通りの女性で、その会話はなかなか終わる事がなかった。


 十分に食事と会話を満喫したトゥユは村長に村にいる間はここに泊まっていくように促されたが、丁重に断りを入れた。

 トゥユの中でこの村の寝る場所はマールの家と決めているのだ。


「ごめんなさい、私はマールさんの家に泊めてもらう事にしているの」


 残念そうな表情を浮かべる村長の更に何倍も残念そうにレリア落ち込んでいる。


「レリアお姉ちゃんそんな悲しい顔をしないで。村に居る間は何時でも遊びに来れるから」


 その言葉を聞いたレリアはパッと花を咲かせたような顔をし、


「絶対よ。またお話ししましょうね」


 レリアもトゥユの事を気に入ったようでまた話ができると分かると嬉しさが抑えられないようだった。

 村長の家を出て、上を見上げると空は真っ暗になっており、月と星の光がマールの家までの道のりを示してくれている。

 トゥユがマールの家に着くとマールは驚いたような顔をしていた。だが、その顔はすぐに嬉しそうな顔に代わったが、マールはそれがバレてないと思っている。


「何もこんなぼろい家に戻って来る事はないだろ。トゥユちゃんも相当変わった人間だな」


「私もそう思う。でも私がこの村で帰る家はここだけなんだよね」


 憎まれ口を叩きながら、家に入るように言うマールの顔は家に帰ってきた娘を迎え入れる親のようだった。

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