社会に合わない君と僕
9月。暑さが緩和される事はなく、今日もいつも通り蒸し暑い診察日。
この1ヶ月間、毎日輪仲さんの事を考えていた。あの痣と側湾の関係性はあるのか……あるのだとしたら、いじめられていたとか。その説が頭に浮かぶ度「彼女の性格からしてそれはないだろう」と思ってきたが、他の説が僕の脳から出てくる事はなかった。
「……聞いてます? 澤口さーん」
「えっ、あ、はい。なんでしょう」
「ちゃんと聞いててくださいよ?」
担当の女医さんが呆れた顔でそう言う。そういえば先月もこんな感じだったからか、と自分の中で納得した。医者の話は聞かなければ。
さて、女医さんがさっき言った事というのは……。
診察から、ずっと気持ちが沈んでいる。
彼女から告げられたのは、成長が止まっている事だった。夜以外は着けなくてよいと言われ、やっとこの不便なロボット人間生活から解放されると嬉しくもなったが、それよりも超低身長男子というレッテルが一生剥がれなくなった事を意味するあの宣告を心から喜ぶ事なんてできる訳がないという思いが
項垂れているこんな姿を輪仲さんに見せるのはどうかと思ったが、あの人は僕と会う事を楽しみにしている感じがあるから寄った方が良いだろう、という気持ちが先行し、彼女の病室前へと足を運んだ。
真っ白なドアをノックする。……何も聞こえてこない。部屋を間違えたか? と思ったが、側にはちゃんと『輪仲奏』と書かれている。もう一度、今度は何回もノックするが、やっぱり何も聞こえない。何かあったのかと不安になり、扉をゆっくりと開けた。
中に居たのは輪仲さんだった。輪仲さんだったのだが、いつもと違う輪仲さんだった。
____泣いていた。泣き声が漏れないように、誰にも気付かれないように。
「輪仲さん……? これってどういう……」
声をかけると、やっと僕の存在に気付いた。彼女は驚き、必死に涙を止めて話した。
「陽太くん、今日も来てくれてありがとね。あ、手術終わったよ!! もうすぐしたらこのコルセットも外して、2週間後くらいに退院」
「その事を聞いてるんじゃなくて。なんでさっき泣いてたの」
「またまたあ、泣いてなんかないって!! 天界の奏様だぞ?」
「冗談挟まなくていいから。何があったの」
満面の笑みでえっへん、と胸を張った彼女だったが、次第にその顔は悲しい表情に変わった。少しの間この狭い部屋が静寂に包まれると、また輪仲さんの方から話し始めた。
「私、こう見えても学校では地味子でさ、友達なんかいなかったし、ずっとこの身長をからかわれてたんだ」
その言葉を始めに、彼女は涙を浮かべたまま辛い過去を話し始めた。
「身長は低いわ影が薄いわで、ずーっとハブられてたんだけどさ。6年の時に親から『なんか身体曲がってない?』って言われて、整形外科で見てもらったら既に35度位曲がってて。すぐコルセット着ける事になってね。親は泣いてたな。
そんなこんなで、勿論学校にも着けて行ったんだけど、初日に同クラの男子とぶつかっちゃって。そいつが輪仲はロボットだ! って言い出していじめが酷くなった。シカトだけじゃなくなって、私に聞こえるように悪口言ったり暴力振るったり。先月に君が気付いたこの痣もその時のやつ。骨折はしなかったけど結構強く殴られたから今も残ってるんだと思う。……ごめん、また涙が……」
「無理しなくて良いよ」
僕が背中をさすると、彼女は「いや、ここまで来たなら全部話さないと」と答え、ティッシュで涙を拭いて再び話し始めた。
「まぁそんな事があって不登校になったんだけど、その頃から学校でいじめられる夢を時々見るようになって。起きたら息が荒くて汗だくにもなってて、相当辛い。それがさっきもあって、ついつい泣いちゃってね。……私、弱いよね。ごめんね、心配かけちゃって」
「そんな事ないよ。辛かったね」
僕の言葉が、少しでも生きるのが楽しくなるきっかけになるようにと願って声をかけた。
側湾症患者は、否、側湾だけではない。何かしらの病気を患っていたり、運動やコミュニケーションが苦手だったりと、平均から大きく外れた人は、それを感じさせずに周囲の人間と仲良く楽しく暮らせる人間もいれば、全く馴染めずに辛い夢を見てしまう輪仲さんのような人間もいれば、その中間辺りに位置する僕のような人間もいる。
それが決められるのは、自分ではなく周囲の人間なのだ。要するに、その人の近くに居るクラスメイトだったり先生だったり同僚だったりが、自分と違う所を持っていたり自分よりも劣っている人の事をどう捉えるかによって違ってくる。
人類は十人十色だ。一つのその人らしさだと考える人も、普通じゃない人なんて要らない人間だと考える人もいる。輪仲さんのまわりには、後者のような人間が多く居たのだろう。
「そんな事をされたのは君のせいじゃない」
周りの人が君の良さを理解してないだけ。辛いよね、と言うと、輪仲さんは僕を抱きしめて泣きじゃくった。彼女の涙が止まって帰宅する頃には、高く昇っていた太陽は横にずれ、日差しも強くなっていた。
彼女の話を聞き終わった今では、自分はまだ周りの人間に理解されていた方なのだろう。無視はされているが、暴力は一度も振るわれていない。まるで透明人間みたいだな。
……まぁ、これもこれで悲しいんだけど。
それから10日経った雨の日、病院から電話がかかった。僕は、窓の外の暗闇を眺めながら応答した。あのお医者さんの都合が悪くなったから診察日を変えてほしい、とかそういう感じかなと思い、ゆっくりと。
「もしもし、澤口です。どうされました?」
「澤口さん、そちらに輪仲さんはいますか!?」
僕と輪仲さんが出会った時の看護師さんが慌てた様子で問いかけてきた。
「いませんが……何かあったのですか?」
「彼女が院内にいないんです!!」
なんとなく、悪い予感がした。
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