記憶を踏みつけて愛に近づく

幸野曇

側弯症。それは、背骨が曲がる病気だ。

側弯症の君と僕

 ____中学2年生夏のある日、僕は月1で通っている総合病院に行った。

 けれど、その日はで終わらなく、僕の人生を大きく変える日になったのだった____




「保険証……診察券……あったあった」


 はたから見れば普通の、どこにでもいるような成長期で健康な人間の僕。けれど、他人が見ている服のもっと中では、明らかにを小4から着けている。

 ……コン、コン。財布とカード2枚を掴んでいる手で、から鳴る音が他人にあまり聞こえない程度に、Tシャツの上から自分の胴体を叩いてみた。


「ははっ、やっぱ硬いなぁ」


 これまたあまり聞こえないように呟いた。まるで、標的に気付かれない程度の軽いいじめかのように。



 僕は側弯症そくわんしょうという病気を患っている。子供によくある病気で、背骨が曲がってしまうというものだ。遺伝もするそうだが、僕は突然発症する特発性だ。今は身長が伸びる際背骨がこれ以上曲がらないように、また、少しは改善されるように、がっちりとしたコルセットを着けている。

風呂と体育の時間以外はいつも一緒。時間に余裕がない宿泊研修の場合と調整の時は一日中外している日もあるが……。しかもよくカビが生える物だ、不衛生ったらありゃしない。

 ちなみに、コルセットを着ける頃には、しっかり見れば違和感を覚えるレベルになっている。


 僕は今、25度ほど背骨が曲がっている。しかも胸で。検索エンジンでサクッと調べると、患者が装着するコルセットは主に腰を支えるので、胸辺りの曲がりは腰より改善しにくいと書いてあるホームページを見つけた。まぁ、腰の所が曲がってたら、外している時に痛そうではあるけれど……。


 50度になると手術をするそうだが、その可能性はほぼないらしい。この4年間で曲がりは5度改善しているのだ。この手術というのは、直した背骨の所に後遺症が残るそうなので、自分的にもできればしたくない。そこまで進行しなくて良かったと思っている。



 ともかく、僕の生活はコルセットを着けてから変わったのだ。

 クラスメイトからは時々シカトされ、友達は離れていき、僕の胴体が顔や腕に当たってしまった下級生からはロボットと言われ、垢もすごいしズレたら痛いし、狭い所で体育座りできないし、着けたままだと柔軟も前屈もろくにできないし、一人だけ保健室で着替えなきゃいけないし。


 背骨が大きく曲がっていると発覚してから、嫌な出来事しかない。病院だってあまり好きではないので、早いとこ診てもらってすぐ帰ろうといつも思う。院内では速歩で移動している、分速100メートル以上で進んでいるのではないか??


 待ち合い席では文庫本を開き、活字を目で追う。好きじゃない病院だって、きっと地獄だって、読書をしている時は訳が違う。此処が何処なのかなんて気にする事もなく、物語の世界にのめり込んでいるからだ。


澤口陽太さわぐちようたさん、お入りください」


 ……けれど、総合病院だからといって長時間待つなんて事はあまりない。親と行った初診の時は4時間程待った記憶があるが、その次からは1時間で帰っている。

 さらに物語の全容を一行だけ把握して栞を挟み、本を閉じた。




「次の診察は8月23日にしましょうかね。お疲れさまでした」

「ありがとうございました……」


 整形外科の女医さんから距離をとり、診察室のドアを閉めて自分の姿が見えないようにした。さらに2,3歩歩いた所でため息が漏れた。

 医師に自分の病状を伝えるのは苦手だ。整形外科だけでなく、内科や歯科でも同様に。突然、最適な言葉を見つけるのが難しく感じてしまう。やっぱり病院は嫌いだ。



 診察料払ってさっさと帰ろう。そう思いながら窓口へと向かっていると、一人の女の子を見つけた。

 見た感じ、側弯症の人。僕のよりもしっかりとしており、風を通す穴もほぼ無いコルセットを服の上から着けている。服装はそれを除けば軽装で、ボタンこそ無いが、どことなくパジャマ感もする。

 しかも、彼女が着けているコルセットには、僕の物には付いていない物がある。


 ……顎を支えている。眼科の顎当てを堅くして、それをそのまま持ってきたような。そして、この形のコルセットはいつか某動画サイトで見た事がある。

 ____手術を控えた患者が装着する物だ。

 立ち止まって彼その人の顎辺りをまじまじと見ていると、彼女がこっちに寄ってきた。


「こんな早くから病院行くの凄いね。何処の患者さんなの?」

「整形外科……です、けど……」


 そう答えると、彼女は僕の足元から頭のてっぺんまでをゆっくりと見た。

 ……この人は看護師なのか? 否、そんなはずはない。病院関係者はコルセット着けていないだろうし、第一見た目が幼い。中学生か、小学6年生か。その位の身長と顔だ。

 すると、彼女はドヤ顔で聞いてきた。


「ほほう、君、側弯症だね? コルセット着けてるでしょ」

「なんで分かったんですか」

「だってさ、首とか腕とか脚の細さのわりには胴体が異様に太いじゃん」


 彼女は、いや、そういう体型の人もいるから一概には言えないけれど、と付け足した。人によっては嫌味に聞こえる順序だ、眼科とか歯科に行った患者だったらどうしていたんだ。


「私は輪仲奏わなかかなで。見ての通り入院してる側弯症患者で、中学2年生。再来月手術する」


 同い年だ。女子の平均身長の僕の脇辺りに彼女のがあるので、身長は低めなのだろう。

 君の名前は? と聞かれ、名前と、あと年齢くらいなら良いか、と思って答える。


「澤口陽太、君と同じで中2。4年前からコルセットを着けてる」

「同い年かー!! 大きいから高校生かと思ったよ」

「君の身長が低いだけだと思うけど……」


 本音を口に出してしまうと、私そんなに低くないもん!! と返された。僕はつい笑ってしまう。次第に輪仲さんも笑顔になって、僕らは数分間小さく笑った。


「澤口くん、だっけ。君と一緒にいると楽しい。ねぇ、今度病室に来てよ!! 次いつ来院するの?」

「赤の他人の病室に行くって良くないんじゃ……?」

「何言ってんの、友達でしょ!! で、次いつ?」

「来月の23日、だけど」

「おっけー、待ってるね!!」


 何としても病室に来てほしい!! と言わんばかりの圧がかかり、気付けば次の診察予定日を答えてしまった。


「ちょっと輪仲さん、何抜け出してるんですか!! 戻りますよ!!」

「はいはい、分かったって!! 来月、絶対来てよね!!」


 輪仲さんは看護師さんに連れられ、病棟の方へと歩いていった。

 僕は、二人の姿が見えなくなるまで見送った。さっき話してた子が来月来てくれるんだ!! なんて声も聞こえた。

 どんなに目を凝らしても何処に居るのか分からなくなると、僕は窓口へ行き、代金を支払った。

 それにしても……。


 神様すら予想できないような出会いをした人物に『友達』と言ってもらえた。

 ……友達ができたのなんて、何年ぶりだろうか。


 僕は、輪仲さん強引だよなぁと思うのと同時に、来月が楽しみになってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る