#279:活版で候(あるいは、最たるは/己がRe:最たる)


 「試合」開始のゴングが打ち鳴らされた。四角いフィールドに敷き詰められた緑の人工芝が、その刹那、ざわと蠢いたようであり。


 轟、と響き渡る観客たちの、自らも「人質」となっていることによるものなのか、悲鳴のような怒号のようなうねりが、降り落ちてくるかのようであり。


「ひとまず、敵陣を目指せ。ガンフ、体を張って自陣への侵入も阻止するのだ」


 そのような中を、馬上の姫様の御声が、冷静ながらも確かなる強さをもって下の我々に向けて放たれる。我々の騎馬は、自陣を底辺と置いてみると、右下の角辺りにいる。中央に躍り出るにはいささか不利な配置ではあるが、そうも言ってられぬ。しかして「前」を張るガンフ殿……その突進は背後より見ていても迫力は存分なれど、若干、スピードには乗れていないのが体感される。騎馬の速度は「前」の者のそれに因るところがどうしてもあるがゆえ、すなわち、後手を引きそうな予感がする……どうすれば。


 その時だった。


「か、カワミナミくんッ!?」


 ふたつ左隣の騎馬より、ミズクボ殿のそのような泡を食った声が。瞬間、馬上でのけぞる彼女を物ともせず、「前」に位置するカワミナミと呼ばれたる青年が、低い姿勢から凄まじい加速をもって、横並びだった騎馬の群れから、一気に三馬身くらいの差をつけて疾駆していく。


 後ろに付いた、どこぞの民族衣装に身を包んだ男女二名をも引きずるようにして、真っすぐに敵陣を、いや、中央の赤い「ボタン」を目掛けて進んでいるように見受けられる。敵の騎馬はまだ遠い。先んじることが出来た……ッ!!


<No.5:DEP着手可能時間:1”04>


 ミズクボ騎は中央線センターラインを越えて赤ボタンのすぐ前へ。そこで迎え撃つつもりだろうか……途端に私のモノクルにも情報が入って来る。「着手可能時間」とやらが、加算されていっている……


「……フィールドの右側を駆け上がれ。ワカクサが引き付けてくれている隙に、奴らの背後に回り込む」


 などと悠長に傍観者気分でいる場合ではない。そして姫様の指示……それは的確と思われた。機動力に劣る我らと言えど、いや、それでこその戦い方があるはず……!!


 しかし、


「コポポポポぉぅッ!! 鈍重なる騎馬ッ!! それを見逃すワタクシでは無いのですぞぉッ!!」


 気付かれた。肥満体の眼鏡男の騎馬が、フィールドの右端ギリギリを進んでいた我々に気付くと、踵を返し向かってくる……!! まずい。こちらは無防備な横腹を晒してしまっている……左側面からぶつかられただけでも場外へと出てしまう。何も説明はなされていなかったが、おそらくそれは「失格」と判断されてしまうはず。どうすれば……!!


 など、またも私が詮無い思考に囚われている瞬間だった。


「はああッ!!」


 「前」のガンフ殿が思い切り腰を落として、自分を中心に騎馬自体を無理やり反時計回りに振っていく。何たる膂力。そして、


「コポぉッ!?」


 その、突っ込んでくる相手を弾き返すように、ガンフ殿はその黒と白と橙色に彩られた雄々しきマスクに包まれた巨大な頭部を。


 相手騎馬の「前」に男の顔面目掛け、下から突き上げるようにして放り込んでいったのである……奇妙なる叫び声を残し、眼鏡男の騎馬の連結はほどけ、さらに後方へと勢いよく吹っ飛んでいく……


 ……凄まじい。鈍重さよ。


「次」


 しかして姫様は物の途中、というような声を発せられると、さらにの進撃を促される。うむ……いけるやも知れん……この戦い。


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