♮172:煉獄ですけど(あるいは、マサクゥルーセッツ/硬化大愕)
一瞬の静寂。それは甲高い声によって破られる。
「ハッ、何とも。それで凌ぎ切ったとか思ってんじゃあないよねえ? 額には命中しなかったようだが、身体の各所に撃ち込まれた弾丸はお前らの動きを封じた。そこでアホのように突っ立ってるだけになったってぇわけだ。反撃ももはや無理。これで残るは5人……諦めて投降しな。一発で楽にしてやるからよお」
自らも小銃の弾をバラ撒いてきたソバ女が高らかに笑うけれど。確かに、凌げたわけでは全然ない。全滅させられるまでの時間稼ぎにも思えてしまうのだけれど。執事さんとマルオさんは両腕を広げた態勢のまま、微動だにしていない。二人共表情には出していないけど、息は荒くなっているようだ。結構な衝撃が与えられたと、そう思われる。どうしよう、どうしたらいいんだ。僕は情けなくも自分の銃にDEP充填することさえ出来ずに固まってしまったままだが。
刹那、だった。いや、まあまあの間はあっただろうけど、僕にはそう思えた。
<……よくやった、ジローネットよ>
「恐悦至極」
硬直した執事さんの右肩に拳銃を構えた手を置いた姫様は、そう低く言い放つと共に、既にその引き金を引き絞っていたのであった。一瞬、その射線上にいたソバ女は顔をひくつかせる、が。
「……!?」
ぽひゅん、とちょっとお間抜けな銃声が確かに鳴ったかと思ったら、姫様のその銃口からは、やけにゆっくりとした挙動のパステルっぽい色合いの水色の「弾丸」らしきものが飛び出してきたのだった……その丸い球体は、硬直してしまった我々の視界の中を、その力無い推進力で、へろへろと漂うように飛んでいくのだけれど。
「ふ、ふはは何だいそいつはぁ!! 『DEP弾』の威力は充填された『DEP』の威力によって左右されるが……随分とへなったDEPを入れたようだねえ……せっかく下僕らが作ってくれたチャンスだったけど、残念至極なこった。そしてもう茶番は終わりだ。次の茶番が待ってるからよぉ……」
ソバ女が小銃を構え直すと、仲間たちへ手でおそらくまた一斉射撃の合図を送る。うう、やばい今度こそ詰んだ……そう思ってしまった。しかし、
「……お前さんはよう、予選での姫様を見てなかったのか?」
腰かけていた石からどっこいしょと立ち上がりながらそう静かに言ったのは、最近、いまいち存在感の薄いアオナギであったわけだけど。
「ああ? なにもったいぶった話し方してんだ、たとえこの弾丸が威力あろうがなかろうがなぁ、当たらなければどうということもねえんだよ!!」
あ。ソバ女がアオナギのペースに巻き込まれておる。そんなことを直感で掴んでしまった。もう何かあるとしか考えられなかった。アオナギの顔を思わず見やると、例のにやにやとした悪い笑い顔。なつかしい。こんなこと何度もあったなあ……
そんな意味なさそうな感傷に僕が浸っている間に、こんなの上体反らしで交わせらぁッ!! と、ソバ女は勝ち誇った顔で、ゆるゆる飛んで来た「弾丸を」背を後ろに傾けて避けたりしてる。嗚呼……そうなんだ。
詰んでいたのはこいつらだったんだ……
<着弾位置ハ目測通リ>
姫様の、そんな毎度の感情がこもってない合成音声が静かに、しかし確かに響き渡る。瞬間、眩いパステルアクアブルーのぶっとい光の柱が、ソバ女の背後辺りで、遥か天空向けてそそり立たんがばかりに立ち昇っていったのであった……
「……!!」
その直径、およそ10mはあろうだろうか、いや、僕の目の前でそれはブボボブボボと直径を増してきていて、そこに巻き込んだもの、木々や、草や土や岩や、あらゆるものを同等に、そして林の中に隠れていた輩たちも平等に、その眩いばかりの光で染めていっている……破壊。圧倒的な破壊の絵図が、そこにはあった。
「ウワァァァァーッ!! ウワッ、ウワアアアアアアアアアアーッ!!」
絶叫としか表現できないほどの叫びを上げながら、後ろの惨状を振り返ったままの姿勢で固まったソバ女の身体をも、無慈悲にその「光の柱」は飲み込んでいくのであった。
<異常事態発生!! 途轍もない強力なエネルギーの波動がッ!! このVR空間をも突き破らんが如く展開していますッ!! 避難をッ!! はやく避難をッ!! ダメです、間に合わ……参加者が……参加者たちが掃除機に吸い込まれるゴミのように……ッ!! ウワァァァァーッ!! ウワッ、ウワアアアアアアアアアアーッ!!>
運営だろうか、そんな注意喚起を促すアナウンスが入るものの、それに対応する間もなく「光の柱」はどんどんとその勢力を増していく……輩たちをその光の奔流へと変わらない吸引力のまま巻き込みながら。
「「「ウワァァァァーッ!! ウワッ、ウワアアアアアアアアアアーッ!!」」」
その惨劇を目の前で見せつけられて、さしもの若草さん、主任さん、翼も、一様に喜怒哀楽のどれにも当てはまらないけど皆同じような顔つきで硬直しながら、そんな絶叫を上げ放つほかは無さそうなのであった……
かくいう僕も、驚愕過ぎて声帯が委縮して声は出なかったものの、心の中では恐怖根源から為された大絶叫をかましていたわけで。ウワァァァァーッ!! ウワッ、ウワアアアアアアアアアアーッ!!
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